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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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285 正体1

「別人だな」

 それがファイ・ジーレンの顔を間近で確認したカイヤ殿下の結論だった。

「この者はフローラではない。よく似ているが、違う」


 明るい場所で落ち着いて見ると、私にもそう思えた。

 フローラ姫って、ドレス姿とかはそりゃもう完璧なまでにお美しいんだけど、素顔は結構素朴なんだよね。

 見た目も雰囲気も、わりと普通の女の子で。

 殿下やクリア姫や兄君のハウライト殿下のような、いかにも王族って感じのオーラはない。


 かたや、目の前で気を失っている少女(?)はといえば、すっぴんなのに目もくらむほど美しい。

 その肌は異様なまでに白く、まつ毛はバッシバシで、唇もぷるっぷる。

 ……何だか作り物めいていて不自然だと思った。


 今は椅子に縛られ、拘束されている。

 武器等、危険な物を隠し持っていないことも確認済み。……ちなみに、私とジェーンの2人で確かめた。

 中身はともかく、体は女の子みたいだから、男性陣が身体検査をするわけにはいかなかったのである。


「匂いはやっぱり、あのクソガキだな」

 ファイ・ジーレンに鼻を近づけ、フンフンと匂いを嗅ぐダンビュラ。「それにしちゃ細っこい気もするが……」

 ルチル姫はぽっちゃり体型だ。……ただし、それは数か月前に私が会った時の話。

 その後は精神的ショックで閉じこもっているとか、死霊に取り憑かれて徘徊しているとか、良くない噂しか聞いていない。特に後者の噂においては、「別人のようにやせ細っていた」なんて情報もあった気がする。


「こちらはおそらく本物だな」

 殿下は例の杖を手にとって確かめている。「本物だ」という根拠は口にせず、杖の表面に顔を近づけてしげしげと観察している。

「…………」

 その様子を、クリア姫が見ている。気のせいでなければ、ちょっとうらやましそうに。

 多分、自分もさわってみたいけど、そんなワガママを言ってはいけないと思って我慢してるんだろうな。

 憧れの魔女の杖。物語にも出てきた「節くれ立った木の杖」だ。

 私だって、できればさわってみたい。ついでに少しだけ魔法とか使ってみたい。でも。

「それがあれば無限に魔法が使える……ってわけではないんですよね?」

 前に殿下が言っていた「古文書の記述」によれば、すごく面倒くさい手順を踏んで、ようやく1つだけ魔法が使えるという話だったはず。

「けど、使ってたよな?」

 ダンビュラの言う通り。ファイ・ジーレンは私たちの前で、おかしな力を幾度も行使している。


 考えてもわからないと思ったのだろう。

「当人に聞いてみるしかないな」

と結論づけるカイヤ殿下。「オジロ、気つけ薬を頼む」

「は。すぐにお持ち致します」

 オジロが廊下に出ていく。


 なお、ここはリビングである。

 お屋敷の中は基本どこもかしこも本だらけで、怪しい奴を閉じ込めておくのに適当な部屋もない。

 その上、偽物の竜が屋根の上で大暴れしたために、あちこちで家具や本の山が倒壊して、足の踏み場もない悲惨な状況。

 結果的に、ここしか集まれる場所がなかったのだ。


 今この場に居るのは、気絶したファイ・ジーレンの他に、カイヤ殿下とクロサイト様、クリア姫とダンビュラ、そして私とニルスの計6人。

 ジェーンやクロムら近衛騎士たちは、負傷者の救助を行っている。

 人型との戦いはかなり激しいものだったらしく、騎士たちの中には森の中で動けなくなっている人も居るようなのだ。できるだけ人手が多い方がいいとのことで、サーヴァインとアイシェルも手伝いに行っている。


「目を覚ましたら、またおかしな力を使ったりしないでしょうか」

 ニルスがおずおずと口をひらく。

 彼の不安もわかる。何しろ私たちは全員、こいつのせいでとんでもない災難に見舞われたばかりなのだ。

 魔法の杖を取り上げたとはいえ、果たしてもう危険はないのだろうか。戦えない私や彼はこの場から下がるべきじゃないのかな。それにもちろん、クリア姫だって。

「だいじょうぶだろ」

 なぜかあっさりとダンビュラが断言した。再びフンフンと匂いを嗅いで、

「こいつ自身は、多分弱い」

 ……それって、匂いでわかることなの?

 私の疑問をよそに、なぜかクロサイト様までが静かにうなずいている。

 強い人たちって、相手の危険度がわかるのかな……。そういうものなのかな……。


「とはいえ、得体の知れぬ相手です。尋問の際は十分お気をつけください」

 ちゃんと殿下に釘を刺すことも忘れないクロサイト様。

「わかった」

 本当にわかっているのかどうか、即座に首肯するカイヤ殿下。それから私とニルスの顔を順に見て、

「すまんが、おまえたちも付き合ってくれ」

 ニルスはこのお屋敷に大量に保管されている、魔女関連の書籍の分類・整理を仕事にしてきた。魔女に関することには当然くわしい。

 そして私はオジロと共に、ファイ・ジーレンと直接、言葉を交わしている。何か気づいたことがあれば教えてほしいとのこと。


 雇い主に頼られては嬉しくなかったはずもなく、頬を紅潮させて「わかりました」とうなずくニルス。

 まあ、私も。

 本音をいえば、ファイ・ジーレンのことは気になる。非常に気になっている。

 杖を盗んだ犯人なのか。庭園に放火したのか( 本人は心当たりがない様子だったけど)。仮にそうだとしたら、目的は何なのか。

 そもそも、何者なのか。

 顔はフローラ姫で匂いはルチル姫で、30年前に行方知れずになった研究者の名前を名乗っているのはどうしてなのか。

 ヤバそうな奴だから、できれば関わりたくないという気持ちがある一方で、話を聞いてみたいという欲求も確かに存在する。

「……わかりました」

「すまないな。もしも途中で気分が悪くなるようなことでもあれば、席を外しても構わない」


 最後に殿下は、最愛の妹姫に目を向けた。

「わ、私も! 同席します!」

 おお、言った。殿下が何か言う前に先手を打った。

 前よりも自己主張するようになったなあ、姫様。ちょっと良い子過ぎじゃないかって心配してたから、その成長はメイドとしても喜ばしい。

「この者はルチル姉様でもフローラ姉様でもないかもしれませんが、おそらく何か関わりがあります。話を聞いてみたいのです。どうか、私も一緒に……」

「…………」

 一生懸命、自分の言葉で話すクリア姫を、殿下はまぶしいものでも見るように見つめていた。

 きっと殿下も妹姫の成長を実感しているのだろう。

 兄としては嬉しい反面、寂しい気持ちもあるのかもしれない。

「わかった」

とつぶやく声は、ほんのちょっぴり複雑そうだった。


 ひとまず、この場の全員が同席することに決まって間もなく。オジロが香炉を持って戻ってきた。

「お待たせ致しました」 

 たなびく煙は、気つけの効果があるお香なんだそうで。

 彼が気絶したファイ・ジーレンに香炉を近づけると、そのまぶたが小さく震えて、やがてゆっくりと持ち上がっていった。

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