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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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284 帰還

 クリア姫の言葉は本当だった。

 それから間もなく、カイヤ殿下はお屋敷に帰還した。

 人型の群れに囲まれたお屋敷にどこから帰ってきたのかといえば、空からである。

 飛んできたのだ。比喩ではなく、文字通りの意味で。

 ……ちゃんと順番に説明するので待ってほしい。


 殿下が護衛として雇っているという「使い魔の末裔」。

 自分の留守中、大事な妹姫の身を守るため、殿下は彼らにお屋敷の見張りをさせていたらしいのだ。

 ご自身だって命を狙われているのに、護衛に別の仕事をさせてどうするのか。みっちりお説教したいところだが、今は置く。

 で、正体不明の怪物がお屋敷を襲った時。

 彼らはお城に居る殿下にすぐに伝えた。……連絡手段は知らないけど、多分鳥だろう。経過時間を考えると、馬では間に合わなかったはずだから。


 妹姫のピンチを知った殿下は、飛んで帰ってきた。

 覚えているだろうか。殿下が運び屋のアイオラ・アレイズに借りた「竜を呼ぶ笛」。あれを使ってお城に竜を呼び寄せ、最短距離で戻ってきたのである。

 おそらく、いや確実にお城は大変な騒ぎになったはずだが、それについても今は置く。

 ……考えると怖いし。


 それに、大変だったのはこっちも同じ。

 ほとんどの近衛騎士たちは、アイオラの竜のことなんて知らない。

 まして正体不明の怪物と戦っている真っ最中に、体長10メートルを超す巨体が空から舞い下りてきたのだ。

 その背に第二王子殿下が乗っていることに気づいた人なんて、私とクリア姫の他はごく少数だったと思う。

 うっかり弓で射ようとした騎士も居たくらいだし。

 まあ、その人たちも近衛副隊長のクロサイト様に「静まれ」と一喝されて、すぐに正気に戻ってたけど。……ああ、クロサイト様がどこから出てきたのかといったら、殿下と一緒に竜で戻ってきたの。うん。


 そして、今。

 お屋敷は奇妙な静けさに包まれていた。

 わらわらと現れては襲いかかってきた人型たちも、ジェーンと戦っていた偽物の竜も動きを止めている。

 それらをあやつっていたとおぼしき人物――ファイ・ジーレンが捕らえられたからだ。

 と言っても、ダンビュラや騎士たちが捕まえてきたわけじゃない。

 殿下の帰還直後、

「なんと! それは竜か? 竜だな? 伝説上の生き物ではないか! よもやこの目で見られる日が来ようとは!」

 知的好奇心に瞳を輝かせて、自分からのこのこ出てきたんである。


 今はダンビュラの足の下だ。うつ伏せの状態で押さえつけられて、手足をジタバタさせている。

「ええい、放せ、無礼者!」

 マヌケ以外の何物でもないが、問題は例の杖だ。屈強な騎士たちがその手から取り上げようとしても、のりでくっつけたみたいに離れない。

 挙げ句、ファイ・ジーレンがほんの少し杖を持ち上げただけで、例の「見えない力」が騎士たちを吹っ飛ばす。

 同様にダンビュラのことも吹っ飛ばそうとしたようなのだが、彼の場合は、虎じまの毛皮がほんの少し風にそよいだだけだった。

 怪訝な顔をするファイ・ジーレンに、ダンビュラは言った。

「あいにく、その程度の魔法じゃ俺には効かねえよ。魔女の呪いにならとっくにかかってるんでね」

「……呪い……。とすると、その姿は……。なるほど……」

 一転して、静かな声でつぶやくファイ・ジーレン。

 ダンビュラに踏んづけられたマヌケな格好のまま、「黒い魔女」がどうの、「呪いの効力」がどうのとぶつぶつ言っている。


 その様子を、カイヤ殿下が見ている。

 何があったのか、執事のオジロと騎士たちに報告を受けながら、視線はずっとファイ・ジーレンにそそがれている。

 さほど驚いた様子も見せず、いつもの無表情で、腹違いの妹そっくりのその顔を見つめている。


如何いかが致しましょう」

 報告が一段落したところで、クロサイト様が問う。

「首を落としますか?」

 屋根から下りてきたジェーンが続けて問う。手にしたクワを振り上げて。ただの農具も、扱う人間が違えば凶悪な武器に見えてしまう。

「……いや。まずは杖を回収しなければ」

「であれば、腕を落としましょう」

 クワを構えたまま前に出ようとするジェーンを、「少し下がっていろ。殿下の邪魔だ」とクロサイト様が引き戻す。


「…………」

 そんなやり取りの間も何事かを考えていた様子の殿下であったが、やがてすたすたとファイ・ジーレンに歩み寄っていった。

 ダンビュラの足もとを見下ろし、

「貴公は何者だ?」

「……そう言うおぬしは何者だ」

 ファイ・ジーレンは王族を前にしても尊大な態度は変わらず、「その顔、見覚えがあるな。もしや、リシアの血縁か?」

 殿下の表情が強張った。

「……母上と面識があるのか」

「無論ある。率直に申せば、2度と会いたくはない相手だがな」

「…………」

 沈黙する殿下。ファイ・ジーレンを見下ろすまなざしは、得体の知れないものを見る時のそれだ。

 正直ちょっと意外な気がした。

 ファイ・ジーレンは十分過ぎるほど「得体が知れない」。だけど、そういう普通じゃないものを前にしても、わりと普通の顔をしているのがカイヤ殿下という人だ。

 黙り込む殿下に、ファイ・ジーレンは何を思ったのか。

「して、リシアは存命か。既に墓の下であるというなら、実に喜ばしい」

 世間話のような軽い口調で、とんでもないことをぬかしやがった。


 殿下が反応するより先に、ダンビュラがキレた。

 ひょいと前足をファイ・ジーレンの頭に乗せると、

「このクソ野郎」

 悪態と共に、地面に押しつける。

 むぎゅっと。

 ファイ・ジーレンの体から力が抜ける。悲鳴を上げることすらなく、あっさり気絶したらしい。

 脱力した手から例の杖が抜け落ち、コロコロと転がって――同時に、魔法の効果が切れたのだろうか。人型たちも偽物の竜も、全てがバラバラになって大地に落ちた。

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