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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
284/410

283 襲撃3

 ――それから。

 戦えないクリア姫と私、オジロとニルスが書庫に立てこもり。

 サーヴァインとアイシェルは書庫の前で扉を守り。

 ダンビュラは人型と戦う騎士たちに加勢しつつ、森のどこかにひそんでいるはずのファイ・ジーレンを探しに行って。

 お屋敷の内からも外からも戦いの音が響く中、じっと息を殺して耐え続ける時間はどれほど続いただろう。

 黙っているのも恐ろしかったのか、ニルスが口をひらいた。

「いったい何のためにこんなことをしてるんでしょうか……」

 ファイ・ジーレンの目的は何か。なぜ、あんな怪物を使ってお屋敷を襲ったりするのか?


 私も考えてみた。ついさっき会ったばかりのファイ・ジーレンの言動を思い出しながら。

 最初からお屋敷を襲うつもりで来た、ってわけではなさそうだったよね。

 確か、城門のそばに描かれていた巨大な「魔女の紋章」を見に行ったら、騎士たちに怪しまれて追われることになった、みたいな話をしていたはずだ。

 ここが自分の師匠の屋敷だと思っていたようだから、身を隠すために逃げてきたのかな?

 こんなわけのわからない力を使えるのなら、騎士たちをやっつけてしまうことだってできそうなのに。


 考え込んでいると、同じく何事かを考えていた様子のクリア姫が、

「目的は私かもしれない」

と言い出した。「その、杖を持っていた人物がルチル姉様だというのなら」

 いやいやいや。

 私も先程は「ルチル姫だ!」って思い込んでしまいましたけどね?

 顔はフローラ姫だったし。口調は明らかに別人だったし。クリア姫を狙ってきたというのは違うんじゃないかと。

「考えてみてほしい」

 クリア姫は知的なまなざしを私の顔に向けて、

「あの庭園の火災も、姉様が魔女の杖を使って引き起こしたものだとすれば辻褄つじつまが合うのではないだろうか。姉様は私のことを恨んでいたはずだから、その仕返しとして……」

「…………」

 ヤバイ。あのワガママ姫ならやりかねない、とか思ってしまった。

 もともと理不尽な妹イジメを繰り返していたルチル姫のことだ。逆恨みから放火にまで及んだというのもありえなくはない気がする。


 つい流されそうになる私と違い、オジロは冷静な意見を口にした。

「さすがに王女殿下に国宝を盗み出すのは無理でしょう」

 王国の秘宝「魔女の七つ道具」は、お城の宝物庫で厳重に守られていたはずだから。

「私見ですが、あの人物はルチル姫ではないと思います。成人した男性。しかしあまり世間ずれしていない。それなりに身分の高い人物……」

 ……うん。見た目はともかく、中身はそんな感じだったかも。

 超然としていて、独特のペースがあって、いまいち会話がかみ合わなくて。

 お金持ちか、身分の高い人。それで、あんまり人付き合いとかしなくてもいい立場の人。

「裕福な貴族のご家庭には、たまにああいう御仁がいらっしゃいます。働く必要がなく、他者とふれ合う機会も少ないために、ご自分の世界でのみ生きていらっしゃる」

 ファイ・ジーレンの「世界」とは、魔女に関する研究のことだろうか。

 引きこもりの魔女オタクってことですね、早い話。

「いずれにせよ、現段階では推測の域を出ません。あの人物を捕らえて取り調べてみないことには……」


 オジロが話を結んだ時。すさまじい衝撃がお屋敷全体を襲った。

 書庫が揺れる。崩れた本の山が襲いかかってくる。

 一応そういう事態も想定して、全員ひとかたまりになって部屋の隅に避難していたのだが、私はとっさにクリア姫の体を抱きかかえた。

 衝撃は1度ではやまず。

 メリメリ、バキバキと何かが壊れるような音もする。


 何、何、何なの!? すっごく怖いんですけど!?


「おい、ここから出ろ! 出るんだ!」

 ふいに聞こえたのはダンビュラの声だった。

 サーヴァインやアイシェルが「何があったのですか!」と叫んでいる。その疑問に答えたのは、また別の声で。

「竜だ、竜だよ!」

 書庫の扉が開く。そこには顔面蒼白になったクロムが立っていた。

 彼いわく、騎士たちに破壊された動く人型( ほとんどはジェーンとダンビュラが倒したそうだ)が、唐突にひとつに集まって。

 巨大な竜の姿となり、今まさにこのお屋敷の屋根にのしかかり、押しつぶそうとしているのだという。


「このままじゃ下敷きだ! 早く外に出るんだ!」

 私たちは全員、転がるようにして書庫から逃げ出した。

「裏口に回れ! 急げ!」

 ダンビュラとクロムに先導され、私とクリア姫、ニルスの車椅子を押すオジロ、サーヴァインとアイシェルの順にお屋敷から脱出する。

「森に逃げ込め!」

 ダンビュラの指示で森に駆け込もうとしたところで、私たちは足止めをくった。ただの地面がボコボコと盛り上がり、土人形となって立ちはだかったのである。


 オオオオオン!!!


 背後からとどろいた咆吼ほうこうに振り向けば、お屋敷の屋根に、見るも恐ろしい怪物の姿があった。

 牛でも一呑みにできそうな巨大なあぎと、乱立する極太の牙。これまた極太の四肢には鋭い鉤爪がついている。さらにトゲトゲつきのこんぼうみたいに長い尾まで。

 目にあたる場所には、ぽっかりと黒い穴が開いていた。

 それは竜だった。確かに竜に似ていた。しかし瞳を凝らしてよく見れば、その体を作り上げているのは土くれと木切れと草なのである。


 あまりにも信じがたい光景に立ちすくむ私たち。

 本当に、もう。

 さっきからずっとこんな展開ばかりで、たとえば私がパニックを起こして泣き叫んだとしても、誰が責められようかって話だと思うんだけど。

 現実にはパニックになるゆとりさえなく、信じがたい展開はまだまだ続くのであった。


「そこ! 足場になりなさい!」

 急にジェーンの姿が視界を横切ったかと思うと、クロムの背中を蹴って( というより踏みつぶして)舞い上がり、さらにお屋敷の壁も蹴って高く跳び――最終的には、屋根の上に着地した。

 って、どんなジャンプ力だ。お屋敷は2階建て、とはいえ一般住居と比べたら3階くらいの高さがあるというのに。


 グオオオオオ!!!


 再び竜が吠える。目の前に現れた敵を威嚇いかくするように。

 ジェーンは恐れるでもなく、嬉々として竜に向かっていく。

 その手にあるのは剣ではない。……クワだし。なんかもう、いろんな意味でメチャクチャだ。


 唖然としているうちに、騎士vs偽物の竜の戦いが始まった。

 下からだとよく見えないが、初っ端から激しい戦いになっているらしく。

 壊れた屋根の破片やら細かい土ボコリやら、ジェーンが吹っ飛ばした怪物の体の一部やらが頭上から振ってくる。

 ここに居たら危険だ。でも、土人形たちに囲まれて身動きがとれない。せめてクリア姫だけでも、安全な場所に逃がさなきゃ――。


「ダンビュラさん!」

 私は叫んだ。「あの火事の時みたいにできませんか!?」

「はあ?」

 怪訝な顔をする彼に、必死で説明する。

 庭園の火災から脱出した時のように、ダンビュラがクリア姫を背負い、人型の群れがひしめく森を突破することはできないかと。

「そりゃできなくはねえだろうが……」

 ダンビュラが迷いを見せる。多分、自分が居なくなった後の私たちのことを心配して。

「悪くない考えだと思います」

 オジロも私の提案に同意してくれた。

「この状況では増援を呼ぶこともできません。どうか姫君だけでも、殿下のもとに――」

「行けよ、化け猫」

 なおも迷うダンビュラの背中をクロムが押した。「こっちは俺たちとあの化け物で何とかする」

 ちらりと目線を上げて、屋根の上でクワを振るうジェーンを見る。

 化け物と戦う仲間を化け物呼ばわりするのはどうかと思うが、奮戦するジェーンの姿に、ダンビュラも心を決めたらしい。

「来い、嬢ちゃん」

「…………」

 クリア姫は動かない。夕焼けの茜色から、濃い藍色に変わり始めた空をじっと見上げている。

「……姫様?」

 声をかけても動かない。もしや恐怖で意識が飛んでしまったのかと心配していると、

「兄様だ」

 ぽつりとつぶやくように、そう言った。

「兄様が帰ってきたのだ」

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