282 襲撃2
いやはや、自分で言っていても何が何やらである。
ごく普通の木の枝が、折れて、集まって、人型になって襲ってきました、って。
あまりに意味不明ってなものだ。
とはいえ、それが現実に起きている以上、何らかの対処をしなければならない。
黙って襲われるわけにはいかないからね。
「姫様――」
最重要なのはもちろん、クリア姫を守ることだ。
しかし私が姫君の手を引いて逃げるより早く、襲ってきた人型は動きを止めていた。
駆けつけたジェーン・レイテッドの剣に一刀両断され、さらに念入りにブーツのかかとで踏みにじられて。
元が木の枝だから、グロい光景では全くない。ただ。
あんな怪物( としか呼べないよね?)相手にひるむこともなく、いきなり剣を振り下ろすってどうなの。戸惑いとか、ないんだろうか?
「ジェーンさん!」
思わず名前を呼ぶも、彼女は私の方を振り向くことすらなく。
再び、横薙ぎに剣を振った。死角から彼女に近づこうとしていた、別の人型の怪物に向かって。
そちらは木の枝ではなく、土くれのようなものでできていた。子供が泥遊びで作った人形みたいに歪な形をしている。
「あれはいったい――」
つぶやくクリア姫。私たちはみんな同じ気持ちだった。あれは何だ。何が起きている?
困惑しているうちに、他の近衛騎士たちもお屋敷の周囲に集まってきた。
……正確には、逃げてきたのかもしれない。
彼らの後を追うように現れる、正体不明の怪物たち。
木の枝や土くれを固めたもの、森の下草を集めて作ったようなもの……。
その数はおそらく、10や20ではきかない。わらわらと。後から後からわいてくる。
「おい、化け猫! 見てねえで手を貸せ!」
クロムが叫ぶ。彼もまた剣を抜いて戦っていたが、その顔にはジェーンと違い、混乱と恐怖がくっきりとにじんでいた。
「あれは何だ! どっから出てきやがった!?」
叫び返すダンビュラ。
「知るか! いきなり現れたんだよ!」
クロムの言葉を肯定するかのように。
庭の隅っこに積み上げられている枯れ草の山――あれって、何日か前に私がお庭の草むしりをした後で積んでおいたやつ――突如、命を得たかのように動き出し、騎士たちに襲いかかった。
「せいっ!」
ジェーンが剣を振り下ろす。
べしゃっと人型がつぶれた。斬れたのではない。ジェーンの剣の勢いに頭( に当たる部分)をつぶされて、もぞもぞと地面の上でうごめくだけになる。
くどいようだが、グロい光景ではない。
見た目は枯れ草の固まりだからね。お屋敷が襲われているという状況でさえなければ、ユーモラスな眺めと言ってもいいくらいなんだけど。
「むう」
ジェーンが眉をひそめた。「剣では埒があきませんね」
相手は人ではない。木とか土とか草だ。彼女が手にした剣は土くれや草の汁で汚れ、本来持っているはずの銀の輝きを失っている。
「どこかに鈍器のたぐいはありませんか? こんぼうや金棒、斧槍やモーニングスターなどは」
そんな恐ろしいものがお屋敷に常備されているわけがあるか。
ジェーンの目線がこっちを向いていたので、私は「ありませんよね?」とお屋敷の人たちに尋ねた。
オジロもうなずいて、
「あるのは園芸用の農具くらいですね」
地面を耕すクワやシャベル、草刈り用の鎌ならあるとのこと。
ジェーンは思案げに眉を寄せて、
「なるほど、いいかもしれません」
「いいんですか!?」
突っ込む私に構わず、
「場所は? どこにあるのですか?」
と聞いてくる。
裏の物置に、とオジロが答えれば、「取りに行きます。ここは任せました」と言い置いて姿を消した。
「勝手に行くんじゃねえ!」
クロムが絶叫する。「主力のてめえが抜けたら、ここの守りが……!」
彼の言う通りだった。ジェーンが居なくなったことで、騎士たちは明らかに押され始めている。
「加勢した方がいいな」
とつぶやくダンビュラ。
サーヴァインもうなずいて剣を抜く。さらにアイシェルまでも、メイド服の中から短剣を抜き放ち、
「ここは私たちが出ます。ダンビュラ殿はどうか、姫君のおそばに」
窓から外に出ようとする2人を、しかしダンビュラが止めた。
「逆の方がいい。俺が出るから、あんたらは嬢ちゃんを守ってくれ」
「ダンビュラさん?」
彼がクリア姫のおそばを離れようとするなんて珍しい。そう思って見れば、彼もまた私の方を見て、
「なあ、あんた。さっきのルチルみたいなフローラみたいな奴が持ってた杖のことなんだが」
あれが本物の魔女の杖だと思うかと、そう問われて首をひねる。
「わかりませんけど……、何かおかしな力は使ってましたよ」
私を金縛りにしたり、オジロを見えない力で押し飛ばしたり。あれが魔法だと言われれば納得できなくもない。
「だとしたら、これもあの野郎の仕業か?」
これ、とはすなわち、お屋敷を襲う人型の群れのことか。
まあ、ね。タイミング的に、怪しいのは確かだよね。
目的はわからないけど、ファイ・ジーレンがあの杖の力で、この事態を引き起こしている可能性は高いと思う。
「ってことは、あいつを見つけ出して締め上げない限り、どうにもならないってことだろう?」
だから自分が行く。獣並みに鼻がきく彼なら、匂いでファイ・ジーレンを探せるから。
「ダン……」
クリア姫が心配そうに口をひらく。止めようとしたのか、何か他のことを言おうとしたのか。
が、それ以上、話をしている暇はなく。
派手な音を立てて、窓ガラスが割れた。あの人型の怪物が1体、騎士たちの隙をついて窓から侵入してきたのである。
「姫を書庫へ!」
オジロが叫ぶ。ダンビュラが前に出る。私はクリア姫をかばいながら、大わらわになって書庫の扉に向かった。