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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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280 対話3

「うん?」

 ファイ・ジーレンの動きがぴたりと止まる。

 相手は顔を隠している。だから当然、その視線の向きも見えはしないのだが。

 なぜだろう。その瞬間、フードの向こう側にあるはずの瞳と、確かに目が合った気がした。


 私の背筋を、再び冷たいものが駆け抜ける。

 理屈ではない。本能が危険を訴えてくる。

 今すぐ逃げろ、全力で逃げろと――。


 すばやく相手の手を放し、背後に飛びのこうとしたのだが、できなかった。

 足が動かない。

 唐突に、金縛りにでもあったみたいに。

 足だけじゃない。小指1本、動かすことができなくなっている。


「ほほう……、おもしろい」

 ファイ・ジーレンがにんまりする。私の白い髪に手をのばし、遠慮なくべたべた触れてくる。あろうことか顔を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだり。

「魔法の気配だ。うむ、間違いない」

 金縛り状態の私と、あっけにとられて動けないオジロの前で、ひとつ満足そうにうなずいて、

「おぬし、魔女に会ったことがあるだろう?」

 

 ――どうして、それを。


 知っているのかと聞きたいところだが、今の私には声すら出すことができない。


「実に興味深い。このような魔法は初めて見る」

 ファイ・ジーレンはしきりに感心しながら、尚も私の髪をいじくり回す。

 その姿からは、小さな子供が虫でも見つけてつっつき回しているような、ある種の無邪気さ、残酷さが感じられた。


「彼女から離れてください」

 珍しく険しい表情を浮かべて近づいてきたオジロが、私とファイ・ジーレンを引き離そうとする。

 が、それより早く。

 ファイ・ジーレンはひょいと杖の先を持ち上げ、オジロの顔に向けた。

「邪魔だ」

 一言つぶやくのと同時。オジロの体が弾き飛ばされる。

「……っ!」

 まるで見えない腕が、彼の体をぐいぐいと押してでもいるかのようだった。

 オジロは後ろ歩きみたいな格好で隠し部屋から押し出され、派手な物音と共にその姿が見えなくなった。


 ――オジロさんっ!? だいじょうぶですか!?


 叫ぼうとしても、やはり声は出ない。

 ファイ・ジーレンの視線が、再び私の方を向く。口元を笑みの形に歪め、ぺろりと舌なめずりをして、

「さて、せっかくの珍しいサンプルだ。持ち帰って調べてみるとするか」

「……っ!」

 ヤバイ。ピンチだ。

 ファイ・ジーレンが何を言っているのか、何をしようとしているのかはさっぱりだけど。

 このままではまずい。きっとまずい。逃げないと。とにかく逃げないと。


 動け、私の両足――。


 必死に念じても、体は言うことをきいてくれず。

 ファイ・ジーレンが手にした杖の先を、今度は私の顔に向けてくる。

 思わずぎゅっと目を閉じた時。

 一陣の風が、隠し部屋の中に吹き込んできた。

 それはまさしく風だった。

 室内の空気をかき回し、ごうっと唸りを上げて――。


「…………」

 閉じていた目を、そっとひらいてみると。

 めちゃくちゃに散らばった本の山の中で、ファイ・ジーレンが尻餅をついていた。間の抜けた格好だが、杖だけはしっかりとその手に握っている。

「……何だ、おまえは」

 彼が( いや、彼女か?)顔を向けている先に、ダンビュラが居た。全身の毛を逆立て、鋭い牙を剥き出しにして。

「危うく死ぬところであったぞ。問答無用で斬りかかるとは、無粋な獣よのう」

 ファイ・ジーレンが立ち上がる。そのローブの裾が、ぱっくりと切り裂かれている。

 おそらくは、ダンビュラの爪で。

 全く視認することはできなかったが、さっきの一瞬、ダンビュラがファイ・ジーレンに攻撃をしかけたことは理解できた。


「ちょ、待ってください」

 私は夢中で叫んだ。いつのまにか動けるようになっていたことにも、普通に声が出せることにも気づかずに、「その人、ルチル姫です。殺したらだめです」

 ダンビュラはファイ・ジーレンから目を離さぬまま、

「ああ? 何言ってんだよ、あんた」

と怪訝な顔をした。「あれがルチルのわけあるかよ」

「で、でも、声が。それに多分、顔も――」

「…………?」

 ダンビュラはひくひくと鼻を動かし、

「確かに、この匂いはあのガキの……」

 疑わしそうにつぶやいてから、ファイ・ジーレンに向かって脅すように言った。

「おい、てめえ。今すぐそのツラ見せろや」

「おぬしもか。そろいもそろって、我が尊顔をさらせとは」

 物言う虎に凄まれても、ファイ・ジーレンに脅えや戸惑いの色はない。軽く肩などすくめて、

「まあ、よかろう。そこまで言うのなら」

 あっさりと、フードをぬいで見せた。


『なっ!』

 私とダンビュラの声が、キレイにそろった。

 その顔は。フードの下から現れた顔は。

 知的な鳶色の瞳。柔らかそうな金髪。抜けるように白い肌。

 ルチル姫ではない。私がお仕えするクリア姫――によく似た面影を持つその顔は、

「って、フローラ姫ぇ!?」

 思わず声が裏返ってしまう私と、

「どうなってんだあ!?」

と叫ぶダンビュラ。

 驚きと混乱から生じた隙を、ファイ・ジーレンは見逃さなかった。

 唐突に床を蹴り、隠し部屋から飛び出していく。意外にすばやく、無駄のない逃げ足であった。

「……てめえっ! 待ちやがれ!」

 一瞬遅れて、ダンビュラが後を追う。2つの気配が遠ざかり――。

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