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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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279 対話2

 あらためて言うまでもないことだが、ここはカイヤ殿下のお屋敷である。

 しかしファイ・ジーレンは「我が師」と言った。本だらけの薄暗い廊下を見回して、

「我が師は息災か? 今も昼夜を分かたず、研究に明け暮れておるのか?」

 殿下は研究者じゃない。これまた言うまでもないことだが。


「仰っているのはアジュール卿のことでしょうか?」

 オジロが控えめに問いかける。「やはり著名な魔女研究者であったという……」

「うむ。我が師は生粋きっすいの魔女オタクである。金も時間も、己の全てを黒い魔女に捧げた変わり者よ。あれはもはや愛を捧げたと言ってもよいな」

 うんうんと意味もなくうなずいて見せるファイ・ジーレンに、オジロは静かに告げた。

「そのアジュール卿であれば、10年程前にお亡くなりになったと聞き及んでおります」

 ファイ・ジーレンの動きが止まった。

「……死んだのか」

「はい」

「そうか、もはやこの世にはおらぬか」

「はい。お悔やみを申し上げます」

「ふむ。考えてみれば当然の話か。あれから長い年月がたった」

 ファイ・ジーレンの声に悲しみはない。驚きも戸惑いも、故人を悼む色もなく、

「であるならば、致し方ない。ここにある蔵書は、我が引き取らせてもらうぞ」

 意味がわからないことを当然のように言って、さっき自分が出てきた隠し部屋に戻っていってしまった。

「って、ちょっと――」

 とっさに後を追い、隠し部屋の中へと足を踏み入れる私。


 中は暗かった。ランプの灯をかざしても、部屋全体を見通すことはできない。

 ただ、お屋敷の他の場所と同じく、その部屋もまた本で埋まっていることだけはわかった。

 空いているスペースはごく狭い。庶民の寝室よりもまだ狭い空間に、小さな勉強机がひとつ。

 あとはひたすら本、本、本。製本されていない書類の山もあれば、綴じた紙束もある。どれも分厚くホコリが積もっている。


「見事な蔵書であろう?」

 ファイ・ジーレンが得意げに鼻を鳴らす。

「我がまだ城に居た頃に集めた物だ。中には我が著作もあるぞ。たとえば、ここに――」

 古びた書架から、地味な装丁の本を迷わず抜き出して、

「魔法という超常の力が、クォーツの血筋にどのように現れてきたのか。王家の系図と共にまとめてある」

 ファイ・ジーレンの著作。

 ここ数日、殿下が探していたものが、まさかこんな所に隠されていたなんて。


「もはや残ってはおらぬやもしれぬと覚悟しておったが……。我が師は律儀に約束を守ってくれたようだな」

 感謝する、とつぶやく声には、やはり悲しみの気配は微塵も感じられなかったけれど。

 私は思い出していた。このお屋敷が本で埋まっているのは、「蔵書を絶対に手放すな」という故人の遺言があったからだと。


 ファイ・ジーレンは先代国王の迫害を受けていたという話だから、彼が書いた本も見つかれば処分されていた可能性が高い。

 それを避けるために、隠し部屋を作って保管しておいたのだろうか?

 ……や、でも。

 先代はずっと前に亡くなっている。今の王様に代替わりした後でなら、別に隠す必要はないよね。

 どうして、こんな場所にしまい込んでいたんだろう。まるで、人に見られたらヤバイ物みたいに。


 ためしに1冊、手に取ってみる。

 ずっしりと重く、古びて、ホコリをかぶった本。書名はかすれていたが、「魔女」の二文字だけは読み取れた。


「おい、娘。ふれてよいとは言っておらぬぞ」

 急にファイ・ジーレンがずいと距離をつめてきた。

「これらは我が所有物である。中を確かめたければ、(ひざまづ)いて許可を求めよ」

「…………」

 私は、硬直した。

 人の記憶というのは不思議なものだと思う。

 フードに隠された顔は、口元くらいしか見えない。けれども、間近で向かい合ったその瞬間。

「ルチル姫っ!?」

 かつてたった1度、お城で遭遇したことがあるワガママ姫と、目の前の人物の顔がキレイに重なったのである。

 とっさに相手の手をつかみ、「ですよね!?」と問いかける。

「まさか?」

 驚きに目を見張ったのはオジロだ。

 手をつかまれた当人はといえば、私の勢いに若干引いたような顔をしつつ、

「……違う。我はファイ・ジーレンだ。姫などではない」

と否定した。

「いやいや、違いませんて! その声! 間違いない!」

 あいかわらずエコーのように男の声がかぶさってはいるが、その根底にあるのは歌姫だったお母上似の、カナリアみたいな美声だ。


 話し方は全然違うし、ぽっちゃり気味だった体型は別人のようにスリムになっている。

 それでも、ルチル姫だ。

 おそらく。多分。絶対――そう言い切るためには、やはりその顔を確かめてみないことには。

 今すぐフードをひっぺがしたい衝動をこらえつつ、

「申し訳ありませんが、お顔を見せていただけませんか」

と私は頼んだ。

「断る」

 ファイ・ジーレンはにべもない。

「メイドごときが、我が尊顔を拝そうとは無礼であろう。その手を放すがいい」

「そうは参りません」

 振り払われそうになった手を、逆にしっかりとつかみ直し。「どうか、お顔を見せてください、ルチル姫」

「くどい。我は姫ではないと言うておろうが。それ以上続ける気なら――」

 ファイ・ジーレンは私につかまれているのとは反対の手で、例の杖をゆっくりと振り上げた。

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