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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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278 対話1

「おまえたちは何者だ?」

 隠し部屋から出てきた人物が問いかけてくる。やけに尊大に、堂々と胸を張って。

 こっちが聞くべきことじゃないかと思うが……。私は横に居るオジロと顔を見合わせた。

 彼も当然、気づいただろう。

 服装といい、手に持った杖といい。

 目の前に居る人物の姿は、火事の夜、お城で目撃されたという人物と――そして騎士団が追ってきたと主張する不審者の特徴とも一致する。


「我々はこの屋敷で働く者です」

 穏やかに対応しつつ、オジロは心持ち前に出た。

 一方の私は、そろそろと後ずさった。人を呼ぶためである。お屋敷を守る騎士たちか、あるいは護衛のダンビュラを急いで呼んでこなくては。

「私は執事で、彼女はメイドです。今は本の片付けをしていたところですが……、あなたは?」

「我が名はファイ・ジーレン」

 聞こえた名前に、階段に向かいかけていた私の足が止まった。

 何だか覚えがある気がする。つい最近、親しい人の口から、その名前を聞いたような?


「ファイ・ジーレン殿といえば、知る人ぞ知る魔女研究の第一人者と伺っておりますが……」

 ああ、そうだ。ここ数日、殿下がお屋敷にこもって探していたもの。それが著名な研究者であるファイ・ジーレンの著書だ。

 とはいえ、その人が生きていたのは30年も前のはずである。先代国王の迫害にあって、行方不明になったという研究者なのだから。仮に生きていても中年以上、当時20代だったとしても50過ぎにはなるはずだ。

 目の前の人物はもっと若い。顔が見えなくても、そのくらいわかる。

 ローブのすそから突き出た両足は、細く、俊敏そうで。

 あれは若い女の足だ。おそらく、まだ10代の。


「魔女研究の第一人者……か。我はそのように呼ばれておるのか?」

 悪い気はしない、と口の端をつり上げて見せる。

 自分がそのファイ・ジーレンだと認める反応だった。同姓同名の他人ではないと。

 オジロもおかしいと思ったはずだが、それを顔に出すことはしなかった。落ち着いた態度を保ったまま、質問を続ける。


「その高名なファイ・ジーレン殿が、何ゆえ当屋敷に?」

 うん。しかも今、どっから出てきたの。

「少しばかり身を隠させてもらった」

と答える自称『ファイ・ジーレン』。


「騎士団を名乗る男供に追われたゆえな。昔から苦手だ。ああいう話の通じんやからが。己が正義と信じて疑わず、そのくせ鎧兜よろいかぶとの中身は空っぽ。あるのは見栄と虚勢ばかりだ」

 急に雄弁に語り出す。しかもだいぶ偏った意見を。何か騎士に恨みでもあるのか、この人。


「……なぜ、騎士たちに追われるようなことになったのですか?」

 彼らは理由もなく他人を追いかけ回したりはしない。

 というか、その「理由」については、私もオジロも一応聞かされている。

 城壁に描き残されていた、巨大な「魔女の紋章」。そのそばで、不審な人物を見つけたからだ。その人物は「魔女」のような姿をしており、お城の火事で目撃された人物と同一かもしれないからだと。


「真っ当な理由などあるものか」

 いささか気分を害した様子で吐き捨てる、自称『ファイ・ジーレン』。

「我はただ見に行っただけだ。民草が騒いでいたからな。聞けば、誰ぞが城壁に巨大な『魔女の紋章』を描いたという。興味を引かれて何が悪い?」

「それは……」

 オジロは少し考えてから尋ねた。「つまり、あなたが描いたわけではないと?」

「なぜ、我がそのような真似をせねばならん」

 なぜと言われましても。

 そんな魔女みたいな格好をして、盗まれた杖によく似た杖を持って、『魔女の紋章』のそばをうろうろしてたわけでしょ。騎士たちじゃなくても、誰でも怪しむと思うけど。


「だいたい、あのように不完全な落書き、『魔女の紋章』と呼ぶのもおこがましい。カラスの羽の角度が間違っておったし、真円ではなく微妙に歪んでおった。もっと深い闇色で描くべきところを、あの安っぽい黒。おそらくはただのペンキだな。ろくな知識もない者が、安い材料を使い、慌てて描いたのであろうよ。我が描くなら、あんな不完全な仕事はせぬ」

 またぺらぺらと、聞いてもいないことをしゃべり出す。


 私は再び、オジロと顔を見合わせた。

 目の前の人物は、非常に怪しい。現れた状況も姿も、とにかく怪しい。

 ただ、何というか。

 嘘をついているようには見えないような……。

 聞こえてくる声は、あいかわらず男の声と少女の声が重なり合った、不気味な二重奏なんだけど。

 話をしているうちに、さほど怖くもなくなってきたような……?


「では、城で起きた火災の現場に残されていたという『魔女の紋章』については」

 気を取り直すように1度咳払いしてから、オジロは直裁に問うた。「あなたが描き残したものではないのですか?」

「火災の現場?」

「そうです。つい先日、王宮内の庭園で起きた火災です。ご存知ありませんか?」

 自称『ファイ・ジーレン』はぴんとこない様子だったが、やがて「ああ」と手を打った。


「アレクサンダー王が遺した庭園のことだな? それなら確かに行った。あれほど大規模な魔法にはそうそうお目にかかれぬからな。じっくり観察したいと思って見に行った」

 その時に、とつぶやいて、例の杖の先を床の上でくるりと回す。

「あの印を描いたかと言われれば描いたやもしれん。まあ、覚えてはおらぬが」

「……なぜ、そのようなことを?」

「我のクセだ。何事かを考えている時、あの印をつい描いてしまう。つまらぬ書類仕事をする時も、有益な思索にふける時も、無意識に」

 なんだそれ。……まあ、確かに居るけどさ、そういう癖のある人。


「下賤な者供が我に問いを重ねたのだ。そろそろこちらの問いにも答えてもらおうか」

 自称『ファイ・ジーレン』はそう言って、手にした杖の先を私とオジロの顔に突きつけてきた。

「まず、おまえたちは何者だ。この屋敷の使用人ということは、我が師に仕えておるのか?」

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