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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
277/410

276 呪いの印

 ミラン率いる騎士団が立ち去ったのは、それから30分ほどもたってからのことだった。

 立ち入りを拒むのは何か隠したいことがあるからだろう、そうでないなら中を見せろと、随分しつこく食い下がっていたそうだ。


 一般人の住居ならまだしも、王族のお屋敷に押しかけて、言いがかりをつけて。

 どう考えても、後で問題にされそうだよね。いくらミランが宰相閣下のご子息だとしても――いや、あの閣下に限って、実の息子だからと寛大な処置をするとは思えない。

 今回の件が、宰相派と騎士団長派の火種になることはおそらく間違いない。


 とにもかくにも、騎士団が去った後。

 もともとお屋敷を守っていた近衛騎士たちは、手分けして不審者の捜索を行った。

 彼らの話がいかに嘘くさくても、万が一ということがある。確認を怠ったがために、後で問題でも起きては困るからだ。

 お屋敷の中の安全も確かめた。近くの農家さんにも聞き込みに行ったようだ。しかし結論をいえば、不審者など影も形も見当たらなかった。


 そうこうしているうちに連絡が行ったのだろう。自分の留守中に騎士団が押しかけてきたと知ったカイヤ殿下が、味方の増援を送ってよこした。

 その中には今朝、殿下と共に儀式のリハーサルに向かったはずの、ジェーンとクロムの姿もあった。


「殿下とクロサイト隊長のご指示により参りました」

 ジェーンはクリア姫の御前で頭を下げてから、いかにも無念そうにこぶしを握りしめた。

「残念です。私が現場に居れば、騎士団に狼藉を働かせたりはしませんでした。全員等しく、地獄に送って差し上げたものを」

 そうですね。冗談ではなく、そうなっていたかもしれない。この人が現場に居なくて本当によかった。

「むしろ、居なくてよかっただろ」

 私が胸の内で思うだけにとどめたことを、クロムが口に出した。

「敵と見れば斬り捨てようとするてめえみたいな殺人狂が居たら、穏便にすむ話もすまなくなるだろうが」

 その発言を、ジェーンはそよ風のごとくスルーした。

 まるで聞こえていないかのように無視した、と言い換えることもできる。クロムの額に青筋が浮かぶが、ジェーンは気にも留めていない。

 この2人って、戦時中は前線の砦に居て、戦後、殿下の凱旋と共に出世した。同じ経歴を持つ、元・戦友同士のはずだけど。

 あんまり仲は良くなさそうだな。というより、相性が悪そうだ。


「それで、兄様は? まだお戻りにならないのだろうか?」

 不穏な空気をただよわせる騎士2人に向かって、控えめに問いかけるクリア姫。

 確かに、いつもの殿下であれば、妹姫を心配して飛んで帰ってきそうなのに。

「殿下は――」

「王城に向かわれました」

 ほとんど同時に口をひらく、クロムとジェーン。

「なんか、城でも魔女の紋章? だかいうのが見つかったそうで」

「フローラ姫がお倒れになったとのことです。そのため殿下は儀式のリハーサルを切り上げ、弔問ちょうもんのため、城に」

「……おい、何殺してんだ。見舞いだろ、見舞い」

 クロムのツッコミは無視して、ジェーンは淡々と続ける。

「紋章はフローラ姫の寝室の鏡に、血のような赤で描かれていたとのことで。魔女の呪いを受けたフローラ姫の命は風前の灯火だろう、と王城内で騒ぎになっているとか」

「…………」

 魔女の呪い、の一言にクリア姫のまなざしが揺れる。その理由を察したのかどうかは不明だが、ジェーンはさらに一言、こう付け加えた。

「殿下はフローラ派の自作自演を疑っておられました」


 自分でそれっぽい印を描き残し、呪いを受けたと騒いで見せた?

 いや、「フローラ派の」自作自演ということは、姫が自分で描いたとは限らないのか。

 彼女を王位に推す誰かの仕業しわざかもしれない。王妃様にあらぬ疑いをかけ、ご子息であるハウライト殿下の評判を落とし、継承争いを有利に進めるために。

 だとすれば、同じタイミングで騎士団が押しかけてきたことも偶然ではないのかも――。


「ただ、殿下はフローラ姫の御身を案じてもいらっしゃいました」


 玉座にかつぎ上げようとする貴族たちに利用され、翻弄される妹姫のことを以前から気にかけていたので。

 紋章の件は事実とは限らないが、ちょうどいい機会だ。見舞いを口実に1度、妹の顔を見ておこうと思ったらしい。


「それで、フローラ姉様に会いに……」

 うつむくクリア姫。……なんか、さっき「魔女の呪い」がどうとか聞かされた時よりも暗い顔してない?

「騎士団長に抱え込まれてるフローラには、口実でもなきゃ会えませんからね」

 クロムがフォローする。

「別にこっちよりあっちを優先したってわけじゃないんで、姫君がくほどのことじゃありませんって」

「…………」

 フォローというより、余計な一言だな。彼なりに気を遣っての発言なのかもしれないけど、クリア姫は微妙な顔をしている。

「殿下がお戻りになるまで、私たちが必ずお守り致します。草の根を分けてでも不審者を見つけ出し、姫君の御前にその首をお持ちしましょう」

 ジェーンに到っては、全く空気を読まない。

 そもそも不審者が居るとは限らないし、仮に居たとしても首をとる必要などないのだが。


「頼りにしているのだ」

 それでも、クリア姫はさすがだ。兄殿下の留守を預かる身として、ちゃんと近衛騎士たちに大人の対応をする。

「では、御前失礼致します」

 一礼して、颯爽と身を翻すジェーン。

「……あの狂犬は俺が見張っておきますんで、ご心配なく」

 言葉とは裏腹に、かなり嫌々という感じで彼女の後を追うクロム。


「それじゃ、私たちはお部屋に戻りましょうか」

 言い忘れていたが、ここは書庫だ。ひとまず状況が落ち着くまではと避難を続けていたのである。

「そうだな。もう戻ってもよいだろう」

 クリア姫と私が腰を上げかけた時。書架の陰から、のっそりとダンビュラが顔を出した。

「ようやく消えやがったか」

と、忌々しそうにつぶやいているのはクロムのことだ。

 彼らは非常に仲が悪く、顔を合わせるたびにいさかいを起こす。付き合わされるこっちはたまったものじゃないので、ダンビュラには席を外してもらっていたのだ。


 クリア姫の付き添いは彼に任せて、私は1人台所に向かった。色々あってお疲れになったであろう姫様に、温かいお茶を淹れて差し上げるために。

 お屋敷は緊張感に包まれていた。

 一見、何事もなかったようでいて、ぴりぴりとした空気がそこかしこにただよっている。

 具体的には、たまにお屋敷の外から聞こえる近衛騎士たちの声、足音。

 騎士団は立ち去った。とはいえ、彼らはまだ警戒を解いていない。殿下の大切な妹姫を守るため、万全の警備を敷いているのだ。

 私も、殿下がお戻りになるまで、クリア姫のことをしっかりお支えしなくては――。


 と、はりきって廊下の角を曲がった私は、そこで意外な人物と会った。

 お屋敷の住人だから、別に意外ということもないか。ただ、昼食の時には外出中で居なかったはずのサーヴァインが、いつのまにか戻ってきていた。オジロと向かい合い、何事かを話しているところだったようだ。

「……何ですか?」

 私の顔を見ると、不快そうに眉根を寄せる。

 何って、別に。たまたま通りかかっただけで、あなたに用はない。

「お帰りになってたんですね」

「それが、何か?」

「騎士団の人たちが来たことは……」

 聞いているのかと問えば、たった今オジロに説明を受けていたところだと答えた。

「肝心な時にお役に立てず申し訳ありませんと、姫君にお伝えください」

 硬い口調で告げて、かすかに頭を下げる。

 お屋敷には近衛騎士たちが居るし、別にサーヴァインが居たからといって何かが変わるわけじゃない。逆に言えば、不在だったからと謝る必要もない。

 ただ、本当にどこ行ってるんだろうな、とは思った。殿下の従者というわりに、殿下に付き従って行動しているわけでもないようだし。


 私は、疑問があれば正直に顔に出るタチである。

「……何か言いたいことでも?」

と、威圧するように視線を鋭くするサーヴァイン。

 まずい空気になりかけたところで、オジロが割って入った。

「ああ、そうだ。あなたにやってもらいたいことが」

 さりげなくサーヴァインの視線を遮り、お屋敷の外を指して、

「不審者は見つかりませんでしたが、近衛騎士の方々は念には念を入れて周囲の森を捜索しています。そちらを手伝ってもらえますか」

 サーヴァインは一瞬何か言いたそうにしたが、すぐに「……わかりました」とうなずいた。


 オジロは次に私の方を見て、「実はあなたにもひとつ、手伝ってもらいたいことが――」

「何ですか?」

「先程、近衛騎士の方々に屋敷内の安全を確かめていただいた際、ちょっとしたハプニングがあったのですよ」

 彼らが2階に上がった時、積み上げられた本の山にうっかり触れてしまい、大量の本が雪崩を起こし、あわや下敷きになりかけたのだという。

「そういえば、物音がしていたような……」

 私の言葉に、オジロは苦笑しながらうなずいた。

「はい。その片付けを手伝ってもらえますか。もちろん騎士の方々は責任を持って自分たちが片付けると仰ってくださったのですが」

 彼らはお屋敷を守るために居るのだ。本の片付けなんかより、そっちを優先してもらった方がいい。

「お時間がある時で構いません。私も手伝いますので」

「わかりました」

 それなら夕飯まではまだ時間があるし、今すぐにでもできる。

 私がそう答えると、オジロは「助かります」と言ってほほえんだ。

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