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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
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274 予期せぬ来訪者

 何だか思わせぶりなことを言われたような気もするけれど。

 結局のところ、殿下とはまだどーともなっていないわけで。

 あれこれ考えても仕方ない、と私は思い直した。


 ひとまずは護身のため、何らかの武器を携帯すべきだろうかと悩みつつ、乾いた洗濯物を持ってお屋敷の中へ。

 これを片付けたら、何をしよう。クリア姫のために、おやつを作ろうか。それともまた繕い物でもしようかな。

 ああ、でも。先に夕食のメニューを決めてしまった方がいいかも。

 殿下は夕飯までには戻ると言ってたし。

 明日はいろんな意味で大変な儀式があるのだ。私は何もできないが、せめておいしくてスタミナのつく料理を用意したい。

 お肉にお魚、野菜や果物もバランスよく。前にやたら好評だったトマトとハーブのオムレツも作ろうかな。そうと決まれば、ハーブを採ってこなきゃ。


 私は再び外に出た。

 お屋敷の裏庭には、たくさんのハーブが植えられている。

 と言っても、ちゃんと手入れがされている様子はない。おそらくは昔、誰かが植えたものが放置され、そのまま何年も経ってしまったんだろう。種類もバラバラなハーブが雑然と生えている。

 その中から、料理に使えそうなものを選んで摘んでいると。

 ふいに頭上でバサバサと音がして、1羽のカラスが私の前に舞い降りてきた。

「へ?」

 降りてきたのだ。カラスが。私の前に。

「カア」

と鳴いて、こちらを見つめてくる。

 黒目しかない瞳、濡れたように真っ黒な羽、とがったくちばし。どっからどう見てもカラスだ。


「……何か用?」

 などと鳥に聞くのもおかしな話だが、

「カア、カア」

 カラスはまるで返事をするように鳴いた。しかしながら当然、私にはその意味がわからない。あと、間近で鳴かれると、普通にうるさい。

 とっさに耳をふさぐと、カラスはほんの一瞬、馬鹿にしたように目を細めて――次の瞬間、地面を蹴って飛び立った。


「カアー! カアー! カアー!」


 そして頭上を旋回しながら、けたたましい声で鳴く。

 まるで異常を知らせる警戒信号のようなその声に、お屋敷を取り巻く空気が変わった。

 周辺の警備にあたっている近衛騎士たちにも聞こえたんだろう。辺りが騒がしくなって――。


 その時、私は気づいた。

 自分が立っている地面が、かすかに揺れていることに。

 地震、というほど強い揺れじゃない。

 たとえば、大荷物を積んだ商隊の馬車とかが移動している時のような。

 あるいは、軍馬や軍隊が近くを通った時のような――。

 この国は4年前まで戦争をしていた。私の故郷は街道沿いにあったから、自国の軍隊が通りかかることもよくあった。


 ……何だろう。胸がざわざわする。


 私は裏口に駆け込み、手近な階段を駆け上がった。

 もとは著名な研究者が住んでいたというお屋敷は、どこもかしこも本だらけ。

 1階はまだ整理されているものの、2階はひどい。廊下にすら、人の身長を越える高さにまで本が積み上げられている。

 加えて、陽の光で本を傷めたくない元・所有者の意向で、多くの窓がふさがれてしまったため、昼なお暗い。移動にはランプが欠かせないほどだ。


 でも、その時はちょうど廊下の突き当たりにある窓が開いていた。

 たまには換気も必要だから、誰かが開けたんだな。運が良かった。

 私は窓辺に駆け寄り、外を見た。そこから何か異常を示すものが見えはしないかと、目をこらした。


 お屋敷の周囲は森に囲まれている。正面玄関からのびる道も、直線ではなく微妙にカーブしているため、遠くまで見通すことはできない。

「あれは……」

 道の向こうに、かすかにたなびいているのは、土煙?

 近づいてくる、疾走する馬のひづめの音。

 日の光を照り返して輝く、銀色の鎧。

 大型の軍馬を操り、こちらに向かって駆けてくるのは、遠目にも騎士っぽい見た目の男たち。全部で5、6人は居るだろうか。


 彼らはお屋敷にたどりつく前に馬を止めた。なぜなら、お屋敷の警備にあたる近衛騎士たちが、集まって道をふさいでいたからだ。

 騎士たちが怒鳴る。近衛騎士たちも声を張り上げる。そのまま大声で言い争っている様子だが、話の内容まではわからない。


「騎士団が何の用だ、とか言ってやがるな」

 ぎょっと振り返る。

 いつのまにかダンビュラが私の横に居て、前足を窓枠にかけて外を眺めていた。

「騎士団って……」

 騎士団だよね、つまり。

 殿下や宰相閣下の仇敵である騎士団長ラズワルドが率いる者たち。所属する人全てが敵ではないという話だけども、基本的には仲がよろしくない。


 その騎士団がなぜ、殿下の不在中に。

 もしや殿下の大事な妹姫をさらって、人質にでもするつもりで?


 自分の想像に脅える私の横で、ダンビュラはのほほんと外を眺めている。

「うん? やつらの先頭に居る兄ちゃん、殿下のイトコじゃねえか?」

「イトコ?」

「ほれ、叔父貴の息子で、無駄に声がでかくて、頭の硬そうな」

「ええっと……」

「自分の親父と折り合いが悪くて、当てつけで騎士団に入ったとかいう奴。……ひょっとして、あんたはまだ会ったことなかったか?」

「あー、いえ。会ってます。会いました」

 思い出した。宰相閣下のご子息、ミラン・オーソクレーズ。以前、「淑女の宴」の時にお目にかかったことがある。

「なんで、宰相閣下のご子息がここに?」

「さあな。どいつもこいつも大声上げてるせいで、何言ってるのか、いまいち聞き取れねえ」

「って、ダンビュラさん。こんな所に居ていいんですか?」


 理由が何であれ、騎士団が押しかけてきたのだ。

 護衛として、ちゃんとクリア姫を守ってくれないと困る。


「そう焦ることもねえだろ。どう見ても多勢に無勢だ」


 まあ、ね。やってきた騎士たちの人数じゃ、もともとお屋敷を守っていた近衛騎士たちをどうこうできるはずもない。

 それに、よくよく考えてみたら、彼らは賊じゃない。騎士なのだ。真っ昼間に王族のお屋敷で、押し込み強盗みたいな真似はしないだろう。


「あと、嬢ちゃんは書庫に避難してる。メイドと小僧も一緒だ」


 1階にある書庫には窓がなく、重厚な扉に守られている。

 そのため、何か危ないことがあったら、戦えない者はそこに避難するようにと言われているのだ。


「あんたもそっちに行った方がよくねえか?」

「ダンビュラさんは……」

「俺はもうちょっと様子を見てるよ」

 ここから1階の書庫に居る姫君のもとまで、「その気になれば、秒で駆けつけられる」とのこと。

「……そうですか、わかりました」

 だったら私はクリア姫の所に行こうとしたら、騎士たちに動きがあった。


 お屋敷を守っている近衛騎士が1人、集団から離れて走っていったかと思うと、やがて黒スーツの男性を1人連れて戻った。あれは、執事のオジロだ。

 両脇を近衛騎士たちに守られながら、オジロは押しかけてきた騎士たちに向かって何やら話している。

 その彼とやり取りをしているのが、ガタイのいい、ブラウンの髪の騎士。ここからだと顔までは見えないが、ダンビュラが「イトコだ」とつぶやいた。


「何て言ってるんですか?」

「……屋敷の中を確認させろ、ってよ」

「はあ?」

「で、執事のおっさんの方は、殿下の留守中に、部外者を入れるわけには参りません、とか言ってる」

 そりゃそうだ。当然の答えである。

 そもそも、なんで騎士団の人たちをお屋敷に入れなきゃならないというのか。


「さあな。イトコの奴は、『心当たりがあるだろう』とか、思わせぶりなことぬかしてやがるが」

 心当たりって何。よりにもよって殿下の不在時に、騎士団が押しかけてくる理由に心当たりなどあるわけがない。


「おっさんは『仰る意味がわかりません』だとよ。で、イトコが『とぼけるな、王都に混乱をもたらそうとする、離宮の魔女のたくらみであることはわかっているぞ』……?」

 私とダンビュラは、思わずといった感じで顔を見合わせた。

「それって……、王妃様のことですよね?」

 一昨日、クリア姫が話してくれた。

 離宮に引きこもっている王妃様のことを魔女呼ばわりして、王様の側室やその子供を呪っただの何だのと噂を立てて、自分たちの都合がいいように利用する人たちが居るって。


 でも、影でこそこそ噂を流すのと、仮にも騎士団の人間が自国の王妃を人前で魔女扱いするのとでは次元が違う。

 当然ながら、お屋敷を守る近衛騎士たちは激高し、押しかけてきた騎士たちと怒鳴り合いのけんかになってしまった。結果、ダンビュラにも会話の内容は聞き取れず。


らちがあかねえな、こりゃ」

「どうしましょう?」

「ひとまず、嬢ちゃんに報告だな」

 そう言って、階段の方に向かうダンビュラ。

 私もその後についていきながら、クリア姫にどう説明したものかと考えていた。

 ミランは一応、姫様の親戚だ。その彼が王妃様の悪口を言っていただなんて、できれば教えたくないんだけど。


 階段を下り、1階にたどりつく。

 そのままクリア姫の居る書庫に向かおうとすると、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

「ああ、エルさん。ダンビュラ殿も」

 お屋敷に入ってきたのはオジロだった。

「騎士団の人たちは――」

 オジロは小さくため息をついて、「お引き取り願いました」と答えた。


 正確には、今現在も彼らに「お引き取り願う」ために近衛騎士たちが話をしている最中だそうだ。オジロが戻ってきたのは、クリア姫に状況を知らせるためで。

「いったい何しに来たんですか、あの人たち」

 私の問いに、オジロは眉間に深くしわを寄せて、

「今からご説明致します。まずは姫君の所に参りましょうか」

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