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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十二章 新米メイドと魔女の杖
271/410

270 変化の兆し

 活動報告でもお伝えした通り、次章の投稿については、もう少し準備にお時間をいただくことになりそうです。

 なので、以前にもそうしたように、次章冒頭のみ先に公開することにしました。

 本日より4日間、1日1話ずつ更新予定です。



「うう~……」

 頭が痛い。朝起きた時からずっと、ずきずきという鈍い痛みが止まらない。


 夜のうちに降った雨も上がり、リビングにはまぶしい朝日が差し込んでいる。

 さわやかな朝だ――しかし気分は最悪だった。

 悪夢の後のような、二日酔いでもしたかのような。


 原因はわかっている。

 昨夜聞いた、クリア姫の告白。その後、カイヤ殿下が話してくれた王妃様のこと。それにカルサの話。

 いろんなことを、ぐるぐる考えながら寝た結果がこれだ。

 眠りが浅かったのだろう。ろくに疲れがとれていないし、何だかおかしな夢を見たような気もする。頭がぼうっとして、ひどく気だるい。


 当然、仕事にも支障が出てしまった。

 アイシェルと一緒に朝ごはんの支度をしつつ、「もしかして具合が悪いんですか」と心配されてしまったし、拭き掃除の途中でバケツの水をひっくり返して、床で寝ていたダンビュラを濡れ猫にしてしまったりもした。


 それでも食事の支度、食器洗い、掃除、と一通りの家事をこなし。

 裏庭で1人、洗濯物を干している時のことだった。

「エル・ジェイド」

 声に振り向けば、殿下が立っていた。やけに真剣な面持ちで歩み寄ってくると、「今朝はどうかしたのか? おまえにしては珍しく――」

「……珍しく?」

「朝食の味付けが濃かった」

「…………」

 言われてみれば確かに、みんないつもより水を飲んでいたかもしれない。

 私も同じものを食べたのに、全然気づかなかった。

 舌まで馬鹿になっているなんて、これは相当やばい。申し訳ありませんと頭を下げると、殿下は「謝罪の必要はない」と首を振った。


「あの程度は許容範囲だ。おまえが来るまで、皆、食事には不自由していたからな。サーヴァインですら感謝している。おまえのおかげで、毎日まともな食事にありつけるようになったと」


 って、あの偏屈男が私に感謝するほど? 今までどんだけ不自由してたんだ。

 お屋敷の人たちが家事とか得意じゃないって話は聞いているけど、殿下はお料理上手なのに……ああでも、いそがしい人だからな。すぐに食事を抜く悪癖もあるし。


「だから多少、塩気が濃いくらいで騒ぎはしないが……、だいじょうぶなのか?」

 率直に問われて、返事に困る。ゆうべ色々とややこしい話を聞かされたせいです、なんて言えないし。

「ちょっと、その……、夢見が悪くて」

 適当にごまかすと、殿下は「そういえば」と何かを思い出したような顔をした。


「夢といえば、昨日は世話になったな」

「?」

「俺が悪夢にうなされていた時、付き添っていてくれただろう? その時の礼をまだしていなかった」

「あー……」

 正直、それについてはお礼とかいらない。むしろ忘れてくれた方がよかった。あの時はうっかり頭をなでてしまったりしたので、話題にされると非常に気まずい。


「おまえの手は、とても温かかった」

 だから、話題にされると気まずいんだってば。

「まるで兄上の手のようだった」

 ……や、待って。私の手ってそんな大きい? ハウライト殿下はしゅっとしてすらっとした人だけど、体格はいい方だ。女性のように華奢きゃしゃな手をしているわけじゃない。


 私の困惑に気づかず、殿下は懐かしそうに目を細めている。

 そういや、子供の頃はハウライト殿下が親代わりだった、とか言ってたな。つまり殿下的には「母親の手のようだった」という意味なのだろうか?


「……殿下はだいじょうぶなんですか?」

 あの時はすごく顔色も悪かったし、つらそうだったけども。当人は「問題ない。よくあることだ」と首を振る。

「このところずっと、屋敷に籠もっていたからな。悪夢など見るのは、疲れがたまっている時だ」

 殿下は午前中の陽差しにまぶしそうな顔をしつつ、「少し出かけないか?」と言い出した。

「おまえも慣れない場所でよく働いてくれている。疲れもあるだろう」

 だから気晴らしも兼ねて、遠乗りにでも行かないかと。


「遠乗り、ですか?」

 いきなり何を言い出すかな。私と殿下が、2人で出かけるわけ?

「無論、護衛も連れて行く」

 問題なのはそこじゃなくて。……そんなデートの誘いみたいなセリフ、気軽に口にすべきじゃないってことだ。

 もちろん私は、殿下にそんなつもりがないのは理解している。

 でも、中には誤解する人もきっと居るだろうし。

 今後、余計なトラブルを招かないためにも、ちゃんと教えてあげた方がいいかもしれないな。


 そう思ったので、私ははっきりと指摘した。

 人によっては、逢い引きと勘違いするんじゃないかと。

 誤解の余地がないよう、極めて明確に告げた。


「…………」

 殿下はしばし固まっていた。

「そう、か……」

 やがてゆっくりと口をひらくと、私から視線をそらす。その頬が少し赤い。

「単におまえと出かけたい、と思っただけなのだが……。それはつまり、そういうことになるのか……」

 おおい。なんでそこで赤面する。

 単に、そう思う人も居るかもしれない、ってだけの意味だってば。殿下にその気がないことはわかってるってば。


 つられて赤くなる私に、殿下は言った。

「話を聞いてほしかった。昨夜、あれから考えてみたのだが――」

 妹姫の秘めたる悩みについて。自分は何をすればいいのか、これから妹にどう接していけばいいのか。いくら考えても、答えは出なかったらしい。


「俺は他者の気持ちを察するのが不得手だ。その点おまえは、自分の考えや思いを明確に言語化してくれる」

 だから相談に乗ってほしい、とのことだけど。

「私は相談相手としてふさわしくないのでは……」

 事実をはっきりと口に出せば、確かに誤解は生じにくい。

 けれども、率直過ぎる言葉は人を傷つける。きのうの私がまさにそうだったじゃないか。


 殿下は「話を聞いてくれるだけでいい」と食い下がる。

 ……まあ、そこまで仰るなら……。昨夜は言い過ぎてしまったから、その埋め合わせもしたいし。

 遠乗りは無理だが、お屋敷の近くを散歩しながら話を聞くくらいなら構わない。

 そう答えると、殿下はやけに嬉しそうに瞳を輝かせた。

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