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269 隠れ家にて2

 王都にはクンツァイトというろくでなしの家がある。

 表向きは聖職者だが、裏の稼業は「暗殺」だ。孤児院を装って身寄りのない子供を集め、人殺しの技を教え込んでは自らの手駒にしていた。


 ゼオがそのことを知っているのは、シムが――ゼオのただ1人の友人である男が、クンツァイトの密偵などしていたからだ。

 友人もまた、もとは天涯孤独の身の上であったらしい。幼い頃にクンツァイトに拾われ、成人後もいいようにこき使われていた。


 裏稼業などまるで似合わない、家族想いの優しい男だった。

 子供好きで、子煩悩で。

 自分と同じように身寄りがなく、いずれ汚れ仕事をさせられる子供たちのことは他人事だと思えなかったのだろう。

 かといって主人に逆らうこともできず、ずっと歯がゆい思いをしていたらしいが……。

 昔、一緒に酒を飲んだ時、ぽつりとこぼしたことがある。できるものなら何とかしてやりたいと。


 7年前。

 ゼオ自身も関わった事件の余波を受け、その孤児院がつぶれたという話を聞いた時。

 友人の思いを知っていたゼオは、そこに居た子供たちがどうなったのかを調べることにした。


 何人かは、まともな施設に引き取られていた。何人かは、あまりまともではない場所に売られていた。

 買い戻す金はなかったので、隙を見てかっさらい、クンツァイトの息がかかっていない役人に保護されるように仕向けた。


 そうやって1人ずつ無事を確かめ――最後に残ったのが、メグという当時8歳の女の子。

 なぜか売られたという記録もどこかに引き取られたという記録もなく、おそらくは事件のゴタゴタで命を落としたのだろうと、そう考えていたのだが……。


「生きてたのか……」

 つぶやくゼオに、少年はいかにも軽くうなずいて見せた。

「うん。なんでギベオンのお嬢様やってるのか知らないけどさ。それなりに可愛がられてるみたいだったよ。キレイな服着てたし、髪とかサラサラだったし」

 見てくれがまともだったからといって、必ずしも大事にされているとは限らないが、ひとまず無事であったと聞いて肩の荷が下りた。

 シムが気にかけていた子どもたち。これで全員の行方を知ることができた。


 ガラにもなく感慨にふけっていると、少年がひらひらと目の前で手を振った。

「ねえ、ところでお腹すいたんだけど。何か食べ物買ってきてくれるって言ったよね?」

 あるなら早くちょうだいとずうずうしく手を出してくるこのガキも、もとは同じ孤児院で育ち、人殺しの技を教え込まれていた1人だ。

 事件後はまともではない場所に売られそうになって逃げ出し、路地裏で生活していた。


 戦時中で多少の混乱があったとはいえ、王都では生活困窮者への福祉がそこそこ機能している。

 路上暮らしの子供など、遠からず誰かの目にとまり、しかるべき場所に引き取られるだろう。

 そう判断したゼオは、ひとまず少年に腹いっぱい飯を食わせ、安全に寝られる場所もいくつか教えてやった上で――うちひとつが、このアジトである――しばらくの間は、様子を見ることにした。


 予想は当たり、ほどなく少年はとある人物に拾われた。

 それが王都の有名人である警官隊の創始者だったのは予想外だったが……、まあ、これ以上まともな引取先もあるまいと、一応は安堵していたのだ。


 それが7年もたって戻ってくるとは――しかも傷だらけで――。

 ジャスパー・リウスというのは、噂と違って極悪人なのか。拾った孤児を体よく使う、クンツァイトの司祭と同じような奴なのだろうか。


 途中で買ってきたパンの袋を少年の手に押しつけながら、

「おまえ、これからどうするつもりだ」

とゼオは問うた。

 少年の容態はだいぶ回復している。そろそろ寝床から起きることもできるはずだ。

 おそらく警官隊に戻るのだろうと思えば、少年の返事は「メグの所に行くよ」だった。

「あの子を捕まえて総隊長の所に連れて行かなきゃ、任務達成したことにならないし」

 あの娘はいったい何をやらかしたのか。気にはなったが、ゼオにはそれよりさらに引っかかることがあった。


「おまえ、警官隊でいいように使われてるのか?」

 普通ならそんな任務達成より何より、無事な姿をまず見せてやるべきだろう。証拠を届けるのではなく、無事を知らせるという発想になるだろう。

 そうならないということは、つまり。

 こいつは今の場所では、まともな扱いを受けていないのか?


「違うよ」

 少年は不満げに唇を尖らせた。「仕事はしたいからしてるだけ。俺がご隠居の役に立ちたいだけ」

 そのご隠居ことジャスパー・リウスがこのセリフを聞いたら、果たしてどんな反応を見せるのだろう。

 当然だと納得するのか。……それとも怒るのか?


 なんとなく確かめてみたいような気分になったが、少年が直後に放ったセリフでそれどころではなくなった。


「それに、ちゃんと予告状の犯人を捕まえなきゃ、姐さんと一緒にお祭に行けないしね」

 そう言った後で、急に不安に駆られたかのように聞いてくる。

「お祭、まだ終わってないよね? あと何日ある?」

 知らないし、知ったことではない。


「……おい。ちょっと待ちやがれよ」

 ゼオは獣のように牙を剥きだし、凶悪な表情を浮かべた。

「その姐さんってのは、あの娘のことだな?」

 脳裏に浮かぶ、白い髪の娘。友人によく似た瞳と顔立ち。

「近づくな、って前に言ったはずだな? ただじゃおかねえとも警告したはずだよな?」

「そうだっけ?」

 少年はどうでもよさそうだった。

「そもそも、あんたに何の権利があるわけ。赤の他人だよね、どこからどう見ても」

 やかましい、と吐き捨てて、ゼオは少年との距離をつめた。

 相手は動かない。洒落にならない殺気を振りまくゼオを前にしても、逃げようともせず、こちらを見返しているだけだ。


 はあ、とひとつ嘆息してから、ゼオはうろんなものを見る目で少年を見下ろした。

「念のため聞いておくが、あの娘に惚れてるのか?」

 世事に疎いゼオだが、「一緒に祭に行く」というのがそういう意味を持つことくらいは知っている。


 少年は「好きだよ」とあっさり返答した。

「本気か? ……いや、ないな」

 あの娘はまだ王都に来て数ヶ月のはず。それほど関係が深まる時間があったとは思えない。

「そういうのって時間じゃないでしょ」

と知った風なセリフを吐いてから、少年はしばし言葉を探すように沈黙した。


「……俺は別に、姐さんに彼氏とか居てもいい」

 ややあって口をひらく。「実際、故郷に居るかもしれないし」

 ……そうなのだろうか。

 もしもそんな輩が居るというなら、どんな男か、確かめに行く必要があるなとゼオは思った。

 あの娘に妙な虫がつくのは放置できない。シムの代わりに、排除しなくては。


「俺のことも好きになってくれて、たまに会いたいと思ってくれて、一緒に過ごしてくれたらそれでいい」

 それは一般的な恋仲の男女とはだいぶ違う気がする。よくわからんが、普通は満足できないのではないか、そんな関係では。


「そうかなあ。俺はすごく楽しそうだと思うけど」

 そう言い切れる根拠は何だ?

「ご隠居には本当の家族が居るけど、俺のことも家族みたいに可愛がってくれる。俺はそれが嬉しいし、ご隠居と一緒に居ると楽しい」

 だから、あの娘との関係もその程度で十分だと?

「うん、そう」

 歪んでやがるな、とゼオは思った。

 こいつはまともじゃない。そして自分ではそのことに気づいてもいないのだ。


 物心つく前から、人殺しの道具扱いをされて育った弊害だろうか。

 ゼオ自身、似たような境遇なので、そこは理解できなくもないが……。


 思い出すのは友人の顔。

 境遇というなら、シム・ジェイドも自分たちとそう変わらない。

 暗殺者ではなく密偵だったというだけで、まともな扱いは受けてこなかったはずだ。


 それでもあいつは結婚し、家族を得た。真っ当な暮らしをしたいと心底願っていた。

 結局全てを失うことになったのは、シム本人のせいではなく馬鹿な友人のせいだ。


 ぼんやりとそんなことを考えていた時だった。


「ごめんください」

 聞こえた声にぎょっとする。

「すみません、どなたかいらっしゃいますか」

 空耳ではない。間断なく響く雨音にまじって、裏口の方から聞こえる声。足音と人の気配。


「誰?」

 少年が首をひねる。「何かの集金? 借金取りとか?」

 なぜ金絡みの発想になるのかは知らないが、何にせよゼオには心当たりがない。

 この隠れ家に訪ねてくる者など居るはずがない。そもそも、ここに人が住んでいることを知っている者が居ないのだから……。


 ――いや、居るな。


 この隠れ家は自分で見つけたわけではない。アンバー村という街道沿いの村で司祭をしている男が、「王都で隠れ住むならちょうどいい場所がある」と情報をくれたのだ。

 その司祭は、シムの義父にあたる男の知己で……、7年前の事件にも、少なからず関わっている。シムの家族以外では唯一の秘密の共有者だ。

 まさか、あの司祭が……?


「居ないなら勝手に入りますよ。雨に濡れてしまったので」

 しかし聞こえる声はかなり若い。若いというより、子供ではないのか?

 戸惑っているうちにも、足音が近づいてくる。1人ではない、2人分の足音が。


 一瞬迷ってから、ゼオは廊下に出た。

 元よりそう広い建物ではない。相手は既に姿の見える場所に居た。

 室内の明かりが届くギリギリの距離に、小柄な少年が1人。年は14、5といったところか。薄茶色の短髪で、顔には眼鏡をかけている。

「こんばんは、夜分遅く失礼します」

 慇懃いんぎんに頭を下げる少年の背後に、旅装束をまとった品の良い老婦人が1人。雨傘を畳みながら、静かに目礼する。


 この2人は何だ? どう見てもこんな裏通りの廃屋にふさわしい人種ではない。

 混乱するゼオに、少年は言った。

「お久しぶりですね、父の友人のゼオさん」

 眼鏡越しに自分を見つめてくるのは、どこか小馬鹿にしたような勘にさわる目付き。

 久しぶり。そう、久しぶりだ。前にこの目を見たのはいつだったか? 思い出す前に、少年が名乗った。

「7年前、あなたに誘拐されたヤン・ジェイドです」と――。


 次回更新日は未定です。

 また書きためて戻って参りますので、しばしお待ちください。


 本作をここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!

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