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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十一章 新米メイドと水晶の姫
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266 すれ違う想い

 殿下は目を丸くしつつ、「ない」と即答した。

 ホッと一安心することはできなかった。今はまだなくても、いずれはそういう話も出てくるだろうし。

 王族の結婚適齢期ってどのくらいなのかな。クリア姫が大人になるまで、もしくは自分の気持ちに整理をつけるまで、できれば数年は猶予がほしいところだが……。


 1人で考え込んでいる私に、殿下は続けて言った。

「今も、この先も。誰とも婚姻を結ぶつもりはない」

 って、え? この先も誰とも?

「ああ」

 きっぱり断言されて戸惑っていると、殿下はその理由を教えてくれた。


 次の王位には、今のところハウライト殿下がつく可能性が高い。

 自分はその兄殿下と同じ血を引いている。偉大な先々代の血筋、クォーツ本家の正統な血筋だ。

 血が近いということは、王にもしものことがあった時、すぐに代わりになれるということでもある。

 その「もしも」を人為的に起こそうとする輩は、どこにでも居るのだ。


 仮にハウライト殿下とカイヤ殿下がそれぞれ伴侶を迎え、子供ができたとして。

 将来的に兄殿下の子供と、カイヤ殿下の子供との間で、もしくは彼らに仕える臣下の間で、王位を争う事態になっては困る。

 だから自分は結婚しない。子供も作らない。


「そんな、今からあきらめちゃっていいんですか?」

 殿下の性格的に、兄殿下と争いたくないっていうのはわかるけど。

 まだ若いのに。人生はこれからなのに。そんな自分が犠牲になればいい、みたいな考え方はどうなのか。ハウライト殿下だってきっと不本意だろう。


「心配は無用だ。俺は犠牲になるつもりは全くないからな」

 これまたきっぱり断言した後で、殿下は微妙に視線をそらし、

「……正直言って、他者と婚姻を結ぶ、という行為にあまり惹かれるものがない。俺は気が利く人間ではないしな。1人の方が気楽だ」

 と、そこで再び私の目をまっすぐに見て、「言っておくが、親父殿は全く関係がないぞ」

 なんで、急に王様の話が出てきますか。

「……いや、すまん。叔父上がな。俺がこういう話をすると、必ず――」


 おまえの両親みたいな夫婦ばかりじゃない、むしろアレは特殊な例だ、おまえが縛られる必要はどこにもないと。


「まるで俺が不憫な子供であるかのように言う。叔父上なりに心配してくれているのだということはわかっているのだが……」

 別に縛られているつもりのない殿下としては、大いに不本意であると。


 ……どうなんだろう。本当に、王様と王妃様のことは関係ないのかな。

 たった今聞いた話と、これまで聞きかじった話、そして私が直に知っている王様の人間性を合わせて考えると――。

 宰相閣下の気持ちもわかってしまうな。あまりにあまりな両親の存在が、殿下の人生に影を落としているんじゃないかって、そう考えるよね。


 まあ、結婚しない、イコール不幸せってこともないから、本人がそれでいいと言うならいいのかもしれないけど。

 クリア姫にとってはどうだろう。殿下に決まった相手が今後もできないとなると、気持ちの踏ん切りをつけにくかったりはするかな?

 いやいや、それも時間があれば解決できるかもだし。


「参考までにお伺いしたいのですが、殿下。ハウライト殿下のことを『親代わり』と感じていたのはいつ頃まででしょうか」

 さらに目を丸くしつつも、殿下は答えを考えてくれた。

「そうだな……。はっきりとは言えんが、クリアが生まれた頃か」

「え?」

「自分が他人の世話をするようになったせいか。物の見え方や感じ方が、なんとなく変わった気がする。兄上が自分とそう変わらない子供なのだ、ということに気づけたのも、多分その頃のような――気がする」


 自信なさそうに答えているけど、聞いた私は納得した。

 誰かに守られてるだけじゃわからないこと、ってあるもんね。

 クリア姫も、守るべきもの、世話しなきゃいけない相手ができたら、自然と大人になって……。極端な兄上様への依存、または恋慕? 的なものからも卒業できるかもしれない。


「……そろそろ質問の意図を教えてくれないか」

と殿下は言った。

 当然の要望であった。普通はその意図を先に言わなければ、質問には答えてもらえない。

 殿下が答えてくれたのは、そもそも普通じゃないから――というのもあるかもしれないが、多分それだけではない。

 このやり取りが、妹姫の問題を解決するために必要なことだと。

 そう理解してくれたからこそ、わけもわからないまま問いかけに答えてくれたんだろう。

 それは言い換えれば、私のことを信用してくれた、ってことだ。


「あの、本当にすみません」

 謝罪の言葉が、自然と口をついて出た。「クリア姫と約束してしまったんです。話したことは誰にも秘密にするって……」

「そうか、やはりな」

 殿下は一瞬納得の表情を浮かべ、すぐに「誰にも?」と聞き返してきた。「俺には秘密にしろ、と言ったのではないのか?」


 なんで、そんなことがわかるんだろう。

 まさか、殿下。クリア姫の気持ちに気づいて……?


 私の動揺を知ってか知らずか、殿下は独り言のように言葉を紡ぐ。


「クリアがずっと以前から何かを悩んでいるのは知っている。その悩みというのが、俺には話せないことだというのも。できるものなら力になってやりたいが……。本人が口にしたくないということを、無理に聞き出すわけにもいかんからな」

 正直、手をこまねいている、と嘆息する。


 身近な人に相談してみたこともあるそうだ。2人の兄であるハウライト殿下や、叔母上様やエンジェラ嬢にも。

「だが、この件について話すと、皆が似たようなことを言う。俺にできることはない、そっとしておいてやれ、と」

 殿下は何かを思い出すように宙を見上げて、「確か、ダンビュラも同意見だったな。下手につつくとやぶ蛇になる、と言われた」


 ……なるほど。

 つまりダンビュラは言わずもがな、ハウライト殿下や叔母上様たちも、クリア姫の気持ちにはうすうす勘づいている……?


「私も、えっと……。今はその方がいいと思います」

 クリア姫の気持ちを傷つけないよう、「そっとしておく」。

 だって、他にどうしようもないではないか。姫様の想いが成就することはない。かといって、すぐに想いを捨てられるくらいなら誰も悩んだりしない。


「おまえもそう思うか」

 殿下はふっと肩を落とす。「だが、住む場所は決めてやらなくてはならんな」

 そうだ。それを決めなくちゃいけない。お城に住めない以上、このお屋敷で暮らすか、それとも宰相閣下のお屋敷に行くか。


「私は……。多分、宰相閣下のお屋敷に行く方がいいんじゃないかと……」

 一緒に暮らせば、毎日顔を合わせることになる。どうしたって忘れられまい。クリア姫のためには、距離を置いた方が……。

「……そう、か」

 十数秒の沈黙を挟んで、やがて殿下は重たいものを吐き出すように言った。「おまえも、そう思うか」


 わかりやすく落ち込んでいる姿を見て、私は今更のように罪悪感にかられた。

 距離を置いた方がいい。クリア姫のためにはそう思う。

 でも、殿下の気持ちは?

 一緒に暮らさない方が妹姫のためだ、みたいなこと言ったら、普通は傷つかない?

 ただでさえ、可愛い妹に同居を拒まれて、その理由もわからなくて、しかも周りはどうやら察しているらしいというキツイ状況なのに。


 殿下は「近いうちに結論を出すことにする」と静かに言った。使用済みの食器が散らかった台所を見回し、

「遅くまで付き合わせてすまなかったな。ここはこのままでいいから、もう休め」

 その顔は、いつも通りだ。怒っているようには見えない。

 だけど気のせいでなければ、会話を打ち切られた。もう下がれって言われた。

 その理由は、時間が遅いからというだけなのか。私が余計なことを言ったせいなんじゃないのかと、被害妄想気味に考えてしまった。

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