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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十一章 新米メイドと水晶の姫
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262 姫君の告白3

 私はごくり、と喉を鳴らした。

 王妃様が、王様の側室やその子供たちを――嫉妬のあまり、呪い殺した?


 そんな馬鹿な、というのが正直な感想だったが、一方では思いあたることがあった。

 私の前任のメイドであるパイラが教えてくれた。王様の子供たち、それも男子に限っていえば、その多くが短命だったと。

 今現在、成人年齢に達しているのは、ハウライト殿下とカイヤ殿下だけ。

 王妃様の、実の子供たちだけだ。


「私は信じていない」

 暗い想像に飲まれかけた私を引き戻したのは、ハッとするような力強い声だった。

「カイヤ兄様も、ハウル兄様も、それは絶対に違うと言ったからだ。母様は人殺しなどしていない。その噂は嘘で、わざと流されたものなのだと」


 昔、王妃様が離宮に追いやられたばかりの頃。

 国王陛下の側室や愛妾、その身内の貴族らは、王妃様の後釜を狙い、次代の王位を狙って、泥沼の権力闘争を繰り広げていた。

 暗殺も横行した。その際、自分たちが手を汚したのだと思われないために。

 彼らは「魔女の噂」を利用した。

 離宮に追いやられた王妃が、嫉妬と憎しみから、国王の愛する女性やその子供たちを呪ったのだと。そんな、ありもしない事実を吹聴したのだ。


「嫌な話だろ」

 ダンビュラが吐き捨てる。

 同感だった。

 本当に、心底、嫌な話だ。

 同時に私は、ほんの一瞬でもその「噂」とやらを信じかけた自分を恥じた。


「今でも、その噂を信じる者は居るらしいのだ」

とクリア姫。「特に、ハウル兄様のことを王様にしたくない者たちが利用するのだと聞いた」

 呪われし魔女の息子は、王位にはふさわしくないと。

「そんなのおかしいじゃないですか」

 白い魔女はこの国の守り神で、クォーツ家はその血を受け継ぐ一族だ。なのにそんなこと言ったら、王家の正当性そのものが否定されてしまう。

「私もそう思う」

とうなずいた後で、クリア姫は急に自信をなくしたように下を向いてしまった。

「ただ……。『魔女の力』を恐れる気持ちはわかるのだ」


 それは、人智を超えた力。人には抗いようもない力。

 もしも伝説の魔女のような力を操れる「人間」が居たとして、望むままに力を使い、思い通りに世界を動かそうとしたら――果たして、どういうことが起きるだろうか。


「人を嫌ったり、妬んだりすることは誰でもあると思う。相手が居なくなってくれればいいのに、と願うことも。……もしも、願うだけでそれがかなってしまったら……。私は、とても恐ろしいことだと思う」

「姫様……?」

 私は困惑した。

 クリア姫の様子が変だ。恐ろしいというその言葉通り、真っ青になって震えている。

 それは、つい数時間前にも見た表情と同じ。

 私がカイヤ殿下に付き添っているのを見た時も、クリア姫はそんな顔をしていた気がする。


 ――私は魔女なのだ。


 さっき、クリア姫はそう言った。あれはどういう意味だったんだろう。

 母親の王妃様に魔女の力があるから、自分もそうだと思い込んでしまっているのかな? だけど、魔女の力を持って生まれてくる人間は稀にしか居ないという話だったはず。


「姫様は魔法とか使えないですよね?」

 私は確認のつもりでそう言った。

 だって、変じゃないか。

 クリア姫が魔法使いなら、あの火事の時も、ダンビュラと共に決死の脱出をはかる必要なんてない。魔法で火を消すくらい、簡単にできそうじゃない?


「だよな」

 ダンビュラも同意する。「それとも、急に使えるようになったのか?」

 クリア姫はふるふると首を横に振った。

「ただ、怖いのだ。ルチル姉様が、あんなことになってしまって……」

 急にルチル姫の名前が出てきた。

「私は」

 クリア姫はぐっと奥歯を噛みしめ、とてもつらそうに告白した。

「私は、ルチル姉様のことが、ずっと……。心の底から、大嫌いだった」


「……そりゃそうですよね」

「そりゃそうだろ」

 異口同音、私とダンビュラの発した相槌に、クリア姫の目が点になる。

「実の姉様なのに……」

「や、あれで好きとかだったら心配しますよ」

「俺は心配っつーより、どん引きだ」

 クリア姫はますます戸惑い顔になった。

「だが、いくら嫌いな相手でも、不幸になってしまえと願ったりするのはよくないことだろう?」

「そうか?」

「まあ、そうですね」

 ここは意見が分かれたダンビュラと私であった。

「なんでだよ。普通のことだろ?」

「いえ、他人の不幸を願うのがよくないっていうのは、別に相手がどんな人間でも関係ないですよ。要は、自分自身の心の問題なわけですから」


 人を呪わば穴二つ。郷里の、祖父の教えである。


「だって、願う方もいい気分しないでしょう? 自分、嫌な人間だなーって自己嫌悪に陥りますよ。もしくは自分でも気づかないうちに、本気で嫌な人間になっちゃってるかもしれない。それって結構怖いことだと思いません?」

「…………」

 微妙な顔で黙っているダンビュラに、私は言った。

「だから、嫌いな相手とはなるべく関わらない。歯牙にもかけてやらない。それが1番です」

「……それはそれで怖えな」

と言いつつ、ダンビュラは一応納得したのか、引き下がった。


 ぽかんとやり取りを聞いていたクリア姫が、ハッと我に返って、早口で言った。

「わ、私は。ルチル姉様が居なくなってくれればいいのにと、心のどこかで思っていた」

『で?』

 私とダンビュラは同時に聞き返す。

 まさか、ルチル姫がひどい目にあったのは自分が呪ったせいだ……とか思ってるわけじゃないよね?

 クリア姫だって、事件の経緯は聞いているはず。

 取り巻きの少年に陰湿ないじめを繰り返し、反撃されて、ケガをしたのだ。

 どう考えても自業自得である。気の毒に思う要素も、罪の意識を感じる要素もない。


「ルチル姉様のことだけではない」

 クリア姫は珍しくちょっとムキになった。そんな顔も新鮮で可愛らしい。

「パイラも……」

 今度はパイラの名前が出てきた。

「パイラは私によくしてくれたのに、私は彼女を好きになることができなかった。兄様のことを見ないでほしい。兄様に話しかけないでほしい。ずっとそう思っていた……」

 なぜそう思ったのか、は聞かなくてもわかる。パイラがカイヤ殿下のことを好きだったからだよね?


「だからパイラが姿を消した時にも、私がそう願ったせいなのではないかと思って、とても怖かった……」

 考え過ぎですよと、そう言おうとして思いとどまった。

 クリア姫は母親が「魔女」と呼ばれ、父親の側室や子供を呪い殺した――なんて嫌な噂を聞かされて育ったのだ。そんな風に思いつめてしまうのも無理ないのかも?


「エル」

 なぜか、あらためて名前を呼ばれた。

「エルは人を好きになったことがあるだろうか?」

「ほえ?」

「す、すまない。急に変なことを聞いて」

 クリア姫は慌てて謝ってくれた。「なぜそんなことを言うかというと、つまり……その」

 ぎゅっと目を閉じ、ついでに両手も握りしめる。その顔は耳まで真っ赤だ。

「…………」

 ダンビュラがそんな彼女の様子を眺めつつ、妙に生暖かい表情を浮かべている。クリア姫が何を言おうとしているのか、既に知っているらしい。

 真っ赤になったクリア姫は、りんごみたいで可愛いな、とのんきなことを思っていたら。

「私は、兄様のことが、好きなのだ!」

 その顔のまま、真面目な告白が来た。


「知ってますよ」

と私は言った。

「殿下と姫様、仲がよろしいですよね。見ててうらやましくなるくらい――」

 そうではなく、と私の言葉を遮るクリア姫。

「……兄様として、ではなくて。お、男の人として好きなのだ……」

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