261 姫君の告白2
目が点になる、とはこのことか。
「はい? ……すみません、今、何と」
相手が真剣なのは百も承知で、つい間の抜けた合いの手を入れてしまった。
や、だって。小さな子供の口から、「自分は魔女だ」とか聞いたらね。
ダンビュラもあきれ顔で、「魔女はご先祖様だろ」とツッコミを入れる。
クリア姫の表情は揺るがない。私とダンビュラの顔を順に見て、
「そうだ。私たちの先祖は白い魔女。そして魔女の血を引くクォーツ家では、ごく稀に特別な力を持って生まれてくる者が居るのだ」
「特別な力、ですか?」
クリア姫は深くうなずいて見せた。
「そうだ。ひいおじいさまの代まではお城で研究されていた」
お城で研究。それって、殿下も言ってた話かな。
先々代の国王陛下が、お城に研究者を集めて、魔女や魔法について調べていた、っていう。
「その研究の成果は、先代国王の代に、多くが失われてしまったが……。それでも一部は残されている。それによると、魔女の血筋には、時として本物の魔女のような力を持って生まれてくる者が居るらしい。風を呼び、炎を起こし、自然界にあるもの全てを意のままに操り、人の嘘を、心を見抜くこともできたという」
「人の心を見抜く……」
私の頭に、再びカイヤ殿下の顔が浮かんだ。
やけに勘が鋭くて、相対した者の人間性を見抜き、その言葉に偽りがあれば察してしまう。それは白い魔女の血を引いているから?
しかしクリア姫は首を横に振った。
「残された記録によれば、魔女の力が使えるのは、なぜか女性に限られるらしいのだ」
理由は不明だが、実際に力を発現したのは、歴代王家の中でも女性ばかりだったんだそうだ。
「男性の場合、その力は魔法ではなく、超人的な身体能力となって現れることが多いらしい」
人並み外れた筋力、膂力、回復力。さらに五感の鋭さ。鷹の目のように遠くから物を見ることができ、暗闇を見通し、獣のような高い身体能力を持ち――。
「あれ?」
私は首をひねった。
なんか、そんな男の人、どっかに居なかったっけ?
常人には見えない距離から物を見分け、人1人を抱えたまま、風のように速く駆ける。
私はそういう人を知っている。もう随分前のことだけど、よく覚えている。あれはなかなか強烈な体験だった。何しろ、救国の英雄に抱きかかえられて疾走したのだから。
「え。クロサイト様……?」
クリア姫は静かに首肯した。
「そう。クロサイト殿がまさにそれだ」
「えええ!?」
私は叫んでしまった。
だって、魔女の血筋って、要するに王家の人でしょ? クロサイト様とクリア姫って親戚だったの?
「あまり人に知られていないが、クロサイト殿は警官隊の創始者であるジャスパー・リウス殿の――」
「孫……」
「それも知っていたのか。クロサイト殿がエルに話したのか?」
意外そうに聞き返されて、どこで聞いたんだっけと記憶を辿る。
「確か、ユナさんに……」
「そうだったのか。エルはユナ殿とも親しくしているのだな」
親しいってほどじゃないが、何度か顔を合わせている。この話を聞いたのは、確か初めてユナに会った時だ。
「では、ジャスパー・リウス殿が王家と姻戚関係にある、という話も知っているだろうか。具体的には、あの御仁の奥方が、私たちのひいおじい様の従妹にあたる」
ジャスパー・リウスの奥方、即ちクロサイト様の祖母。
「もっとも、クロサイト殿自身はそのことをおおやけにしていない。彼が王家の縁者だという話が広まれば、色々と面倒なことが起きるから、と」
平民生まれの救国の英雄と、王家の血を引くそれでは、注目度がケタ違いになる。
まして「魔女の力」を持っているともなれば――クロサイト様自身にその気がなくても、「実は王位を狙ってるんじゃないか?」などと勘ぐられかねない。
「魔女の力は、それほど希少なものだ。その力を持って生まれてくる者は、50年に1人とも、百年に1人とも言われている」
王族の絶対数にもよるらしいが、と付け加えるクリア姫。
今現在の王国では、王族の数があまり多くない。三十年前の政変で、クォーツ姓の人たちが大勢殺されてしまったせいだ。
「……ってことは、今の王国ではクロサイト様だけ?」
「いいや」
クリア姫はさらに怖いほど真剣な面持ちになった。「魔女の力を使える者は、もう1人居る」
私は息を飲んだ。
この話の流れ。先程のクリア姫の告白。
まさか、その1人こそが、今、目の前に居る……?
「嬢ちゃんは魔女じゃねえよ」
張りつめた空気に水を差したのはダンビュラだった。
「その1人ってのは母親のことだろ?」
え。
母親って、王妃様?
「……そうだ。私たちの母様は魔法が使える」
初めて聞く話だった。体が弱くて、ずっと離宮で暮らしているというあの王妃様が、百年に1度生まれるかどうかという希少な魔法使いだった?
「このことを知っている者はほとんど居ない。兄様たちもできるだけ秘密にしているのだ」
クリア姫の表情が、これまでになく暗く陰った。
「なぜなら、事実ではない噂を広めて、母様や兄様たちを貶めるために利用する者が居るからだ。……母様は魔女で……、父様の側室やその子供たちを、嫉妬のあまり呪い殺した、と」