表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十一章 新米メイドと水晶の姫
260/410

259 誤解

 なんでこういうタイミングで起きるかな。そりゃ早く起きてほしいと思っちゃいたけど。

「…………」

 殿下はじっと私を見上げている。

 黒目がちで澄んだ瞳。寝起きのせいか、やや潤んでいる。

 私は動けなかった。手を放した方がいいとわかっているのに、それすらできなかった。


 ――近い。


 この距離、近すぎる。寝ている殿下の上に、ほとんど覆いかぶさるような格好になってしまっている。

 私は大変、気まずかった。

 だから背後で足音がした時、オジロが戻ってきてくれたのだと安堵した。

「兄様……?」

 しかし聞こえた声はオジロではなく。

 私はそろそろと振り向いた。


 どうしてこう、タイミングの悪いことばかり続くのか。


 そこに居たのはクリア姫だった。

 もともと大きな瞳をいっぱいに見開いている。ひどく驚いたように――いや、怖いものでも見たかのように。

 クリア姫のそばにはダンビュラも居て、やはり驚いたように軽く目を見開いている。


「……姫様」

「!」

 クリア姫が動いた。私の声に弾かれたように、こちらに背を向けて。その手から、麦わら帽子がふわりと落ちる。 

「クリア?」

 カイヤ殿下が長椅子から起き上がった。妹の後を追いかけようとして――それから思い直したように私とダンビュラを見る。

「状況がよくわからんのだが……。何か、あったのか?」

「知らねえよ。俺は今帰ってきたところだ」

とダンビュラ。

「…………」

 2人の目が、同時にこっちを向く。

 どう説明すればいいんだろう、これ。……どうもこうも、ありのままに話すしかないか。


「えーと、殿下がうなされてるみたいだったので、オジロさんが薬を取りに行って、私は付き添いで」

 イマイチ要領を得ない説明であったが、殿下は「ああ……、そうか」とすぐに理解してくれた。「手間をかけさせたな。すまん」

「いえ、別に……。それより殿下、だいじょうぶなんですか?」

 さっきまであんなにつらそうだったのに。今は――今だって、顔色はひどく悪い。

「ああ、問題ない。だいじょうぶだ」

 問題ないようにはとても見えなかったが、殿下は軽くふらつきながらも立ち上がった。

 床に落ちた麦わら帽子を拾い上げ、「クリアの様子を見てくる」と言って、リビングから出て行こうとする。


「殿下。……気がつかれましたか」

 その時ようやく、オジロが戻ってきた。

 薬を持ってくると言ったはずだが、彼がその手に持っているのは香炉だ。うっすらと細い煙がたなびいていて、かすかに甘い香りがする。

 この香り、覚えている。私が初めてこのお屋敷に来た時、アイシェルが持ってきてくれた「気持ちが落ち着くお香」ではないだろうか。


「手間をかけたな、オジロ。……すまんが、部屋の方に運んでおいてくれ」

「承知致しました」

 短く言葉を交わし、廊下に出ていく2人。


 ぼんやり見送っていたら、足もとからダンビュラの声がした。

「なあ」

 いつのまにか、私のすぐそばに来ていた山猫もどきは、「何やってたんだ?」と太い首をかしげて見せた。

「……今、説明した通りですよ」

 殿下がうなされていたから、付き添っていただけだ。

「けど、さわってたよな?」

 私はげほっとむせた。

「人聞きの悪いこと言わないでください!」

 それじゃまるで、何かいかがわしいことでもしていたみたいじゃないか。


 必死で弁解しようとする私に、ダンビュラは「冗談だって」とあっさり言った。

「また昔の夢でも見たんだろ」

 わかっているなら、最初から妙なことを言うなと抗議しかけて、

「昔の夢?」

 って、何のことだ。

「くわしいことは俺も知らん。知りたきゃ本人に聞けよ」

 ダンビュラはあっさりと説明責任を放棄した。

「それより、問題は嬢ちゃんだろ。さっきの、あれ。ブラコンの嬢ちゃんには、ちっとばかし刺激が強かったぞ」

 はう。

 どうしよう。こんなことでクリア姫との仲がおかしくなってしまったら。せっかくこれまで、いい関係を築いてこられたのに。


「ちゃんと説明した方がいいですよね?」

 その通りだが、今はやめておけとダンビュラは言った。

「もうちょい落ち着いてからの方がいい。後で……、そうだな。晩飯の時にでも話せばいいんじゃねえか?」

 それでいいのかな。だいじょうぶかな。私の話なんて聞きたくないとか言われてしまったらどうしよう。

「そんな深刻になるほどのことか? 誤解なんだろ?」

 そう、誤解だ。

 クリア姫は賢い子だし、きちんと話せばわかってくれる、はず。


 私が落ち込んだり立ち直ったりと忙しくしているところに、カイヤ殿下が戻ってきた。……なぜか、クリア姫の麦わら帽子をその手に持ったままだ。

「姫様は?」

 待ちきれずに尋ねると、「わからん。部屋に入ろうとしたら拒まれた。今は顔を合わせたくないそうだ」

『…………』

 沈黙。

 殿下は明らかに困惑している。それも当然で、どうして妹に拒否されたのか、わからないんだろう。

 説明してあげたいけど、ちょっと言いにくい。私と殿下のこと、誤解したかもしれなくて……とか。


 気まずい空気に耐えかねたのか、「俺が見てくるよ」とダンビュラが言い出した。「それ、嬢ちゃんの帽子。持って行ってやるから、よこしな」

「……ああ、頼む」

 殿下は困惑顔のままうなずいて、クリア姫の麦わら帽子をダンビュラの頭に乗せた。

「…………」

 ダンビュラは多分、くわえて持っていくつもりだったんだと思う。ちょっと微妙な顔をしながら、のそのそとリビングを出て行った。


「エル・ジェイド」

 急に名前を呼ばれて、私は飛び上がった。

「は、はい?」

「クリアが夕食はいらないと言っていた。気分が悪いからと」

「……あ。そう、ですか」

 夕ごはんの後に話そうと思ってたのにな……。どうしよう、明日にした方がいいのかな……。

「悪いが、俺も少し休む。夕食は部屋まで運んでくれ」

「は、はい! わかりました」

「…………」

 殿下はややおぼつかない足取りでリビングから出て行った。眉間にしわを寄せ、唇を引き結び、これ以上ないほど難しい顔をして。

 多分、どうしてこうなったのか、何が悪かったのかと考えてるんだろう。


 私も、同じだった。

 いったいどうしてこんなことになってしまったのかと、頭を抱えたいような気持ちで考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ