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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十一章 新米メイドと水晶の姫
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256 王都の怪

 翌日の昼下がり。

 私が台所で洗い物をしていると、玄関のベルが鳴った。

 リーンリーンという涼やかな音色は、表玄関ではなく、裏口のベルだ。多分、近くの農家さんが食材の配達に来てくれたんだな。

「はいはい、今行きますよ」

 私は濡れた手をエプロンでふきながら裏口に向かった。


 思った通り、のぞき窓の向こうに見えているのは、近所の農家のおじいさんだった。首にかけた手ぬぐいで汗をふきふき、立っている。

 今日は雲ひとつない好天で、気温も高い。

 農家さんからこのお屋敷までは、普通に歩けば10分くらいで着く。しかし野菜やミルクを荷車いっぱいに積んで引いてくるのは、けっこうな重労働だ。


「お疲れ様です。いつもありがとうございます」

 私は戸を開けて、にっこりあいさつした。

「やあ、こんにちは。こちらこそ毎度どうも」

 麦わら帽子を取って、気さくに笑うおじいさん。

 日焼けした顔には、くっきりと笑いじわが刻まれている。柔和で、温かみのある顔立ちの人だった。

 顔と同じように日焼けした腕は、長年の農作業で鍛えられて、とてもたくましい。半袖のシャツに、膝下までのズボン。足もとは農作業用の長靴を履いている。


 おじいさんが野菜やミルクをお屋敷の貯蔵庫に運び込んでいる間に、私は冷たい水と、乾いたタオルを用意した。

「どうぞ。使ってください」

「ありがとう。……はあ、生き返った」

 私が差し出した水を飲み干して、おじいさんは一息ついた。「今日は暑いね。……まあ、祭の時期に暑くなるのは毎度のことだが」

「そうなんですか。私は王都の夏は初めてで」

 おじいさんはちょっと目を瞬いて私を見つめた。

「ああ、そうなのかい。いつも今頃の時期から、ぐっと気温が上がるんだよ。祭の盛り上がりに合わせて、王都の熱気も高まっていくんだ」

と、そこで急に顔をしかめて、

「もっとも、今年はどうなることやら、だな」

「今年はって?」

 私が聞き返すと、おじいさんは目を丸くした。

「知らないのかい? 街で妙なことばかり起きてるって噂だが」

 聞いていない。先日、街に出かけた時にも、それらしい噂を耳にすることはなかった。


「春でもないのに桜が咲いたとか……」

 おじいさんは私が手渡したタオルで汗をぬぐいながら、指折り数えて教えてくれた。

「カラスの群れが夜通し鳴き続けたとか、黒猫がぞろぞろ通りを横切っていったとか……」

「……あの。それって、本当の話なんですか?」

 ただの都市伝説とか、縁起が悪い系の迷信に聞こえるけど。


 おじいさんは「さあ、噂だからねえ」と首をひねりつつ、

「ああ、そうだ。共同墓地に埋められた死体が、夜中に歩き回ってた、なんてのもあったな」

 都市伝説から怪談になった。


「墓地に埋葬されたばかりの亡骸が、朝には掘り返されてたんだと。普通に考えりゃ墓荒らしだろうが、副葬品が盗まれたわけでもないらしくてね。そもそも墓の主っていうのが冴えないチンピラで、盗人に狙われるような金持ちじゃなかったそうなんだが」


 私は「はあ……」と曖昧につぶやいた。

 怪談は苦手だ。できればやめてほしい。


 おじいさんは私の変化には気づかず、妙にしみじみした口調で言った。

「こういうおかしなことばかり続くような年は、黒い魔女の機嫌が悪いんだ、って昔から言うね」

 ノコギリ山のてっぺんに、今も住んでいると言われる黒い魔女。

 彼女のご機嫌が悪い年、それは数十年か百年に1度やってきて、人の世界にさまざまな災いを招く――という言い伝えが王都にはあるんだって。


「魔女の機嫌が悪いって、どうやってわかるんですか?」

 何か兆しというか、印みたいなものがあるんだろうか。

「だから、悪いことがやたらと続くんだよ」

 ……それって、魔女が災いを呼んでいるんじゃなくて、災いの原因を魔女に求めているだけなのでは。

「前の時は、祭も中止になったんだ。今回はそうならなきゃいいが……」

 さすがに、そんな不確かな理由で中止になったりはしないと思う。お祭はもう終盤だし。


「おっと、悪い。つい長居しちまったな」

 おじいさんは麦わら帽子をかぶり直すと、「じゃあな。カイヤ殿下によろしく」と言って、来た道を戻っていった。

 王都の民には悪名高いカイヤ殿下も、ご近所の農家さんとは普通にお付き合いしている。

 殿下がこのお屋敷を買った2年前、荒れ放題の庭やら、壊れた屋根やらを自分で修理しようとしていたら、見かねた農家さんが手伝ってくれた、というのが交流のきっかけだそうだ。


 そりゃ、「救国の英雄」が1人で草むしりとか屋根の修理とかしてたら、誰だって放っておけないよね……。

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