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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十一章 新米メイドと水晶の姫
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255 探求書

 その後、私は玄関掃除を中断し、アイシェルがお茶を淹れ直すのを手伝うことにした。一応このお屋敷のメイドとしては、刺激臭のするお茶を騎士たちに飲ませるわけにはいかないからである。


「本当に、すみません……」

 アイシェルは小さくなっている。「普通の淹れ方をしたつもりだったんですが……」

 まずは、彼女が日頃どうやってお茶を淹れているのか、くわしく聞いた方がよさそうだ。


 そう思って台所に行くと、そこにはカイヤ殿下とニルスが居た。

 正確には、2人が居るのは台所と隣接するリビングの方だ。

 テーブルの上に、今にも崩れ落ちそうなほど大量の本を積み上げ、片っ端から読みふけっている、ように見える。


 最近の殿下はいつもこうだ。

 儀式の準備で忙しいはずなのに、なぜかお屋敷にこもって本ばかり読んでいる。朝も昼も、夜も遅い時刻まで。

 いったい何をしているのかと聞いたら、探している本があるのだという答えが返ってきた。


「ファイ・ジーレンという学者が遺した研究書だ」


 私にとっては、全く聞き覚えのない名前であった。


「昔、城で働いていた学者だ。俺の曾祖父殿が始めた研究事業に参加していた。俺もくわしくは知らんが、王国の開祖である白い魔女と、俗に魔法と呼ばれる超常の力について研究していたらしい」


 魔女と、魔法についての研究。

 って、このお屋敷の元の持ち主も、確かそういうことしてたんじゃなかったっけ。王都では名の知れた学者で、魔女の研究に人生を捧げた人だとオジロが言ってたような。


「ああ。ファイ・ジーレンは彼の弟子にあたる」


 お弟子さんですか。ってことは、別に大昔の人ではないのね。もしかして、今でも生きてる人?


「ファイ・ジーレンが研究者として活躍したのは三十年以上前だ。その後は行方不明ということになっているが……」


 難しい顔で黙り込む殿下を見て、私は察した。

 三十年前の政変を起こし、不当な手段で玉座を手に入れた先代国王は、自分の治世に異を唱える者を許さず、特に知識階級の人たちを激しく弾圧した。

 そのファイ・ジーレンという研究者も、先代の迫害を恐れて、どこかに身を隠したのか。……あるいは、ひそかに殺されてしまったのかもしれないと。


「城の書庫にも、ファイ・ジーレンの著書は数冊しか残っていない。それほど貴重なものだ」


 しかしファイ・ジーレンと師弟関係にあったこの屋敷の元の持ち主ならば、もしかするとその貴重な本を所蔵していたかもしれない。

 だから手当たり次第、探しているとのことだけど……。なぜに今、その本を探す必要が?


「盗まれた杖についての記述があるかもしれんからな」


 ファイ・ジーレンはかつて城に居た。

 先々代国王陛下の覚えもめでたく、身内同然に親しくしていたという逸話もあるらしい。

 そんな研究者であれば、王国の秘宝である「魔女の七つ道具」についても、くわしく知っていた可能性が――。


「可能性、なんですね」

 確かな話じゃないんだ。その研究書が見つかれば盗難事件が一気に解決するとか、そういう便利な物ではないのね。

 なのに、寝る間も惜しんで探しているのはどうして?

 私が首をひねると、殿下はにわかに不機嫌そうな顔になって、「……他にやることもないからな」と答えた。

「ただ屋敷にこもっているよりは有意義だろう」

 

 それから、さらにくわしく話を聞いてみたところ。

 ここ最近、殿下が外出しないのは、好きでそうしているわけじゃなく。

 例のお祭の儀式が終わるまで「無用な外出はしない」と、宰相閣下に約束させられたからだ、ということがわかった。

 正確には、「無用な」外出ばかりではない。

 儀式のための打ち合わせとか、外国の要人との会談とか。いわゆる公務についても、兄のハウライト殿下が代わりに行うことが決まったそうで。


 徹底してるなあ、と私は思った。

 お祭が終わるまで、殿下のこと隔離するつもりなんだろうか。


「殿下はそれでよろしいんですか?」

 見るからに不満そうだったので尋ねてみると、殿下は小さくため息をついて、

「……仕方がない。このところ、叔父上には心配ばかりかけているからな」

 その「心配」の原因を作ったのって、主に私ですよね。

 例の巨人殺しとクンツァイトに関わる一連の出来事で、殿下と宰相閣下の仲はこじれてしまったのである。

「おまえが気に病む必要はない」

 これを気に病まずに、何を気に病めと仰るのか。

「叔父上とは、近いうちに話をするつもりだ。いつまでもこのまま、ということはないから気にするな」

 そう言われても。本当に、だいじょうぶなのかなあ。ちゃんと仲直りできるの?

「おまえはクリアのことだけ、気にかけておいてくれればいい」

 そういうわけにはいかな……、いやでも、確かにクリア姫のことも心配なんだよな。


 あれほど暮らすのを拒んでいた、このお屋敷で。

 クリア姫は特に何事もなく、普通に過ごされている。


 これまでの成り行きがあるだけに、私も注意深く見ていたつもりだ。

 しかし、姫の様子におかしなところはない。ここでの暮らしがつらそうだとか、何かを我慢しているようだとか、そういう風には全然見えないのだ。

 むしろ、多忙な殿下が最近ずっとお屋敷に居るから、前より一緒に過ごせる時間が増えて嬉しそうなんだよね。


 殿下もそれは同じみたいで。

 あまりプレッシャーをかけないように、うるさくしすぎないようにと気を遣いつつ、たまにクリア姫のお勉強を見てあげたり、お散歩に誘ったりしている。


 そんな2人の姿を見ていると、このまま自然に、問題が解決してくれるんじゃないか……とつい期待してしまいそうになるのだが。

 わかっている。現実はそう甘くない。このまま何事もなく済むくらいなら、始めから問題なんて起きていないはずだし。


 一時の平穏は、いわば嵐の前の静けさで。

 いずれ必ず嵐はやってくるだろうと私は予感していた。そしてその訪れは、思いのほか早く――。

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