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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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251 境遇

 その日の夕暮れ。私はふらふらと疲れた足取りで、レイテッドの別邸を後にした。

 こんな遅い時間まで何をしていたのかといえば、目の前でケインとユナが言い争うのを、ただひたすら聞かされていたのである。

 正確には、ユナは普通に話していただけで、ケインの方が一方的に突っかかっていたのだけど。

 内容は主に――いや、ほとんど全て、カイヤ殿下のことだった。


 例の絵本の読み聞かせから始まって、ケインが殿下に勉強を教えた話とか、ユナが剣を教えた時のこととか、一緒におやつを食べたとかお昼寝したとか。

 全員が子供だった頃の話だけあって、基本可愛らしいエピソードばかりだった。内容もまあ、わりと興味深くはあったと思う。


 それでもさすがに、何時間も延々と聞くのは疲れる。

 おかげで、例のオルゴールの話がうやむやにできたのはケガの功名と言えるかもしれないが……。


「ごめんね、エルさん」

 一緒に屋敷を出たユナが謝ってくる。「結局、無駄足になっちゃったね」

 彼女が言っているのは、行方不明のカルサのこと。何か情報を得られることを期待してここまで来たのに、その目的は果たせなかった。

「私が勝手についてきただけですから、謝らないでください」

 ユナは夕焼け空を仰いで、ため息をついた。

「ケインなら何か知ってるかもしれないって思ったのになあ。アテが外れちゃった」

 どうだろう。ケインは本当に何も知らなかったのか。思い返せば、微妙に思わせぶりな態度をとっていたような気もするが。


「ま、仕方ない。地道にひとつずつ、心当たりを探していくしかないよね」

 ユナは自分に言い聞かせるように言うと、あらためて私に向き直り、

「カルサの奴が無事に見つかったらさ。エルさんにもちゃんと知らせるから」

「……お願いします」

 本当に、早く見つかってほしい。一緒にお祭に行くだの行かないだの、そんな約束のために殉職でもされた日には、私はどうやって責任をとればいいのか。

 警官隊の人たちにも顔向けできないし、カルサのご家族にだって――。


「きっとだいじょうぶだよ。多分、どこかで無事で居るとは思ってるんだ」

 根拠はない。が、自分の勘はよく当たるからと。

 私を安心させるように笑った後で、ふいにユナの表情が陰った。

「心配なのはむしろ、うちの家族の方なんだよね」

「え……」

「うちのひいじいさんがさ。カルサのこと、実の孫みたいに可愛がってたから。居なくなったって聞いて、頭に血が上っちゃって。自分の足で探し回ってるんだ。他の家族が止めても聞かないで、この炎天下を1人で歩き回って」


 ユナの曾祖父、警官隊の創始者でもあるジャスパー・リウスは、御年90歳を越えている。

 なのに、炎天下を歩き回って? 命に関わらないか?


「それはだいじょーぶ。うちのひいじいさん、殺しても死なない人だから。命の危険があるのは、多分うちのじいさんの方だね」

「?」

 ユナの祖父は、現・警官隊のトップであるカイト・リウスだ。ちなみにカルサは、そのカイト・リウスの命を受けて予告状の犯人探しをしていた。


「なんで自分の許可なく危険な仕事をさせた! って、ひいじいさん、ぶちキレちゃって」

 手にしていた杖でカイト・リウスに殴りかかり、カイト・リウスはとっさに特殊警棒を抜いて応戦し。

「親子でチャンバラ始めちゃったわけ。いい年して」

 以来、ジャスパー・リウスは息子の顔を見るたびにぶちキレて、決闘を申し込んでいるんだとか。

「はあ……」

 私はコメントに困った。それは元気なご老人たちですね、と言うのも変だし。


「じいさんにしてみれば、自分の部下に仕事させてただけなんだから、怒られる謂われなんてないんだけどさ」

 もともとジャスパー・リウスは、カルサが警官隊で働くことにもいい顔はしていなかったのだという。

「どうしてですか?」

「あー、それは……。カルサが子供だから?」

 確かに、警官にしては若いよなあと思っていた。出会った時は当然、見習いなんだろうと思ってたし。


「ひいじいさんとしては、多分カルサを自分の部下にするとか、そんなつもりでうちに連れてきたわけじゃなかったと思うんだけど」

 うちに連れてきた? カルサを?

「そう。もちろん、いいかげんな気持ちじゃなくてね。ちゃんと幸せにするつもりで、本当の家族になる覚悟で引き取ったんだと思う」

「…………」

 引き取った。その言葉で、私はカルサの境遇をなんとなく悟った。


「でもカルサは、『家族』っていうのがぴんとこなかったみたい。ひいじいさんのために働きたい、何か役目がほしい、ってそればっかりで。子供はそんなこと考えなくていい、っていくらひいじいさんが言っても聞かなくて。結局、最後はひいじいさんの方が根負けして――」


 カルサに「役目」を与えた。それが警官隊で働くことだったのだろうか?


「自分のことはあんまり話さない奴だったけど、多分、うちに来る前は色々苦労したんだと思う」

「…………」

「仲良くなっても、完全には打ち解けないっていうか。いつも一歩引いてるようなところあったし」

 ……そうかな。出会った時から、わりとぐいぐい距離をつめてくる奴だった気が――。


「そう? だったら、エルさんのことは信頼してたのかな」

「…………」

「そういや、うちのひいじいさんとエルさんが似てる、とか前に言ってたっけ」

 それは、いったい、どういう意味でしょうか?

「あはは。そんなショック受けた顔しなくても」

と笑った後で、ユナは少しだけ真面目な顔になった。

「あいつが帰ってきたら、また話とかしてやってよ。きっと喜ぶからさ」

 もちろん話くらい、いくらでもする。カルサが帰ってきたら――ちゃんと無事に帰ってきてくれるんだろうか?

「エルさん、だいじょうぶ?」

 ぼんやり突っ立っていたら、ユナに心配されてしまった。


 その日は少なからず疲れていたし、いろんなことがあって、頭が混乱してもいたのだと思う。それからユナは私のことをお屋敷まで送り届けてくれたのだが、その間の記憶は定かでない。

 ただ、途中でユナが警官隊の詰め所に寄って馬を借りたこと。

 その馬の背に揺られていた時、ユナが雑踏にふと目を留めて、「あれ? 今すれ違ったのってニックじゃなかった?」とつぶやいたことだけは、なぜか鮮明に覚えているのだった。


 次回は、他者視点の間章になります。

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