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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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247 門前にて

 王国一の大富豪レイテッドのお屋敷は、大通りからほんの少し奥に入っただけの、王都の一等地に建てられている。

 立派な建物を囲む、緑の木々と生け垣。手入れの行き届いた広い庭。

 お祭の喧噪さえ、ここでは遠い。

 静かで美しく、上品で古式ゆかしい。しかしその見た目に反して、数々の凶悪な罠が侵入者を待ち受けているという。

 ちなみに、ここは別邸だ。

 当主が暮らす本邸は別の場所にあるらしい。そちらは派手好き一族のレイテッドにふさわしく、夜中でもギンギラギンの御殿だとケインは話していた。


「こっちこっち」

とユナに案内されて、正門の方に向かう。

 そういえば、前にここを訪れた時には正門を通らなかった。ジェーンが「悪事の証拠をつかむために忍び込む」とか血迷ったことを言うのを必死で止めていたら、なぜかケインが現れて、庭の方からお屋敷へと招き入れられたのだ。


 ユナに連れて行かれた正門は、お屋敷と同じく立派な門だった。

 真っ白に塗装され、蔦が絡んだような細かい装飾がされている。

 両脇にある門柱のてっぺんには、優美な白猫が座していた。本物の猫ではない。生きて動き出しそうなくらいリアルな彫刻である。

 2匹の白猫が見下ろす先には、外見だけで不審者を追い払えそうなほど屈強な門番が2人、立っていた。


 ユナは恐れるでもなく近づいていくと、

「こんにちは。ユナ・リウスって言います。ケイン・レイテッドに取り次いでもらえますか?」

 用件も言わずに、屋敷の主人に取り次ぎを頼んでいる。門番たちも当然ながら眉をひそめて、

「失礼ですが、お約束は――」

「ありません。急ぎの用なんで」

「その、どういったご用件で――」

「直接本人に話します。大事なことなんで」

「…………」

 屈強な門番たちは、じろじろと上から下までユナのことを、ついでに一緒に居る私のことも眺め回した。


 これでは最悪、不審者として拘束されてしまうんじゃないかと危惧したが、幸いにしてそうはならなかった。

 ユナが警官隊の制服を着ていることが功を奏したのだろうか。門番たちはかなり不審そうな顔をしつつも、「少々お待ちください」と言って、門柱の脇についている呼び鈴を押した。


 程なく、使用人風の中年男性がお屋敷の方からやってきた。使用人と言っても、身にまとう衣装はごくごく上等なものである。

「これは、リウス様。ようこそいらっしゃいました」

 男性はユナの顔を知っていたようで、丁重にあいさつの言葉を述べながら丁重に頭を下げた。

「こんにちは、ケインの奴に会いに来たんです。急で悪いけど、取り次いでもらえますか?」

 ユナのざっくばらんな物言いに、男性は一瞬硬直して、それからひどく恐縮した様子でもう1度頭を下げた。

「申し訳ございません。ケイン様は只今、外出中で――」

「いや、居るでしょ」

 ユナは男性の言葉を皆まで聞かずに、そう決めつけた。

「こんな人が多くて騒がしい時期に、あいつが出歩くなんてありえないし。大方、1人で部屋にこもってるんでしょ?」

「それは……」

 口ごもる男性に構わず、ユナはマイペースに言葉を紡ぐ。

「あたしには会いたくないとか、顔を見せたら追い返せとか言われてる? だったら、この人。エル・ジェイドさんも一緒に来てるって伝えて」

「はあ……」

 男性は戸惑いながら私の方を見やる。

 主人とどういう関係なのかと聞きたいのだろうが、私には答えられない。そもそも、関係なんてないからだ。

 ってゆーか、顔を見せたら追い返せって、ユナとケインの関係もどうなっているんだ。幼なじみなんだよね? 子供の頃は仲良く――。

 ……していなかったのかもしれないな、うん。

 マイペースなユナと、わりと神経質そうなケイン。よく考えたら、あんまり相性の良さげな組み合わせではない。


「少々、お待ちください」

 再び屋敷に戻っていく使用人風の男性。それから10分以上も過ぎてから戻ってくると、

「ケイン様より、『だから何?』とのことですが」

 やっぱり居るんじゃん、と突っ込むユナ。

「あいつが会ってくれないなら、レイシャさんでもいいんだけど。今、居る? それとも出かけてる?」

「お嬢様は――あ、いえ。奥様はご不在です」

「そっちは居留守じゃなくて?」

「……リウス様はご存知でしょう。この時期、当家の皆様は非常にご多忙なのですよ」

 さすがに顔をしかめる男性の言葉に、ユナはぽんと手を打って、

「そっか。例のコンクールの審査員、今年もやってるんだ?」

「……左様でございます」

「レイテッドの人たちってね、お祭でやってるアクセサリーコンクールの特別審査員でさ」

 ユナは私の方を向いて説明してくれた。

「毎年、お祭の時期にやる舞踏会で、コンクールで賞をとった作品をつけて踊るっていう伝統があるんだ」


 ほー、左様で。

 レイテッドは美形一族だし、さすが名門貴族という存在感がある。

 あの一族なら、コンクールで賞をとるほどのアクセサリーを身につけても見劣りはすまい。むしろ絵になる光景に違いないと感心しつつ、一方では考えていた。

「当家の皆様」がご多忙な時期に、ケインが引きこもっているのはなぜか。妻のレイシャは「奥様」または「お嬢様」呼びで、夫のケインは「ケイン様」呼びなのはどうしてだろうか、と。


「とにかく、ケインの方は暇なんだよね。悪いけどさ、こっちは急用なんだ。会ってくれないなら、アレとかコレとかカイヤにばらすよって伝えてくれる?」

「はあ……」

 もはや迷惑そうな顔を隠そうともせず、屋敷と往復する男性。今度は5分もしないうちに戻ってくると、

「『帰れ。今すぐ消えろ。もしくは七転八倒してから死ね』、との仰せです」

「死なないし、消えないし、帰らないよ」

 ユナは平然と肩をすくめた。「だけど、困ったな……。レイテッドのお屋敷に押し入るわけにもいかないし……」

 そんなセリフを、門番と使用人の前で口にするのはどうかと思う。


 案の定、男性は深々とため息をついて、門番たちに命じた。

 門を開けるように、と。


「あれ、いいの?」

「帰れと言っても帰らないなら、面倒だから連れて来いと命じられておりますので」

「何だ。それなら早く入れてくれればいいのに」

 ユナはけろりとしている。その押しの強さ、もしくはずうずうしさよ。さすがは自らの正義のためならとどまることを知らない、王国の生きた伝説ジャスパー・リウスの直系だ。

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