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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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246 行方不明

 その後、私はゼオとクンツァイトの当主から聞かされた7年前の成り行きについて、あらためてセドニスに説明した。

 そこに矛盾や不審な点はないか。2人で話し合っていると、あっという間に時は過ぎ、そろそろ市に行ったアイシェルが帰ってくる時刻になった。


「では、例の人物については、何かわかり次第ご報告しますので」

「お願いします」

 セドニスと共に個室から出ようとしたところで、コンコンと扉がノックされた。

「失礼致します」

 現れたのは、銀髪紳士の老ウエイターだった。「ジェイド様。先程から女性の方がお待ちになっていますよ」

 ああ、やっぱり。アイシェルが戻ってきたんだ。

「それじゃ、セドニスさん。私はこれで――」

「ええ、またいずれ」

 老ウエイターに案内されて、飲食スペースの方に向かう。


 昼時も過ぎて、お客の数はさらに減っていた。

 たまたまふらっと立ち寄っただけのような、外国人らしきグループが数組居るだけの店内で、アイシェルが私を待って――いなかった。


「よかった、すれ違いにならなくて!」

 勢いよく席から立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。

 短髪で、よく日に焼けた肌、すらりとした身にまとうのは警官隊の制服。

「エルさん、久しぶりー! 会えてよかったよ」

 真夏の陽差しにも負けない明るい笑顔で私に話しかけてきたのは、カイヤ殿下の幼なじみでもあるユナ・リウス巡査だった。


「え、ユナさん……?」

 なぜ彼女がここに居るのか。驚く私に、

「カイヤの屋敷に行ったら、出かけてるっていうからさ。急いで追いかけてきたんだー!」

 それはつまり、私に会うためにわざわざ来たってこと?

「えと、何かご用ですか?」

 戸惑いながら尋ねると、ユナはまっすぐに私の目を見すえて、

「うん、それなんだけどね。最近、どっかでカルサに会わなかった? あと、ニックの馬鹿にも」

「はい?」

 あの2人がどうしたんだろう。また何かトラブルでも起こして、警官隊を追い出されたとか?


「ね、会った? 会わなかった?」

 繰り返し問われて、

「……会いましたよ。チャリティーバザーの日に……」

と答える私。


 クリア姫と一緒に、叔母上様のお店を手伝った日。カルサとニックも同じ会場に居た。確か、警官隊の総隊長であるカイト・リウスの奥様の店を手伝いに来たとかで……。


「その時だけ? それが最後?」

「ええ、はい……」

「そっか……、その後は見てないか……」

 ユナは凜々しい眉を寄せて、難しい表情を作った。


「ユナさん?」

「ああ、ごめんね。実はカルサの奴がさ。ここしばらく行方不明なんだ」

 …………。

「警官隊の詰め所にも来ないし、うちのひいじいさんの所にも顔出さないし」

 ………………。

「あいつ、いいかげんそうに見えるけど、今まで無断欠勤とか、1度もしたことなかったんだよね。なのにどうしちゃったんだろって、心配でさ。アパートの部屋にも戻った形跡がないし」


 ユナの話が飲み込めるまで、私はかなり長いこと固まっていた。


「……行方不明?」

「うん、そう。行方不明」

 ユナは大まじめな顔でうなずいて見せる。それはつまり、あれか。行方が不明ってことか?

「いつから、ですか?」

「多分、バザーの何日か後。ニックの奴がさ。正確には覚えてないって言うんだけど、その頃にカルサと会って話したって」

「そういえば、ニックさんは……」

 さっき、ニックの馬鹿にも会わなかったか、って聞いたよね。まさかそっちも行方不明に?


「わかんない。心当たりを探すって言って、居なくなっちゃった」


 カルサの行方がわからないと知ったニックは、「俺の勘が事件だと告げている!」と叫んで、1人いずこかへと走り去っていったのだそうだ。

 その後、警官隊に戻ることはなく――ただ、ユナの仲間が、街中で聞き込み捜査をしているニックの姿を見かけたりもしているので、ひとまず無事ではあるらしい。


「あいつ、トラブルメーカーだし、警官としては問題ありまくりなんだけどね。なんでか、勘だけは良くてさ。街を歩けば事件に行き当たるような奴なんだ」


 そのニックが、今までにないほど積極的に動いているという事実が、警官隊の人々を不安にさせている、とユナは言った。


「本当に大変な事件が起きてるか、これから起きようとしているのかもしれないってね。ほら、最近お城でも事件が続いてるでしょ? 宴で刃傷沙汰になりかけたり、火事が起きたり」


 起きている。大変なことが立て続けに。

 ユナが知っているかどうかはわからないが、白い魔女が遺したとされる秘宝が、お城の宝物庫から盗まれたりもしているのだ。


「カルサが居なくなったのも、何か関係が……?」

「んー、わかんない、けど」

 ユナは少しだけ私に身を寄せて、声をひそめた。「エルさん、例の『予告状』のことは知ってるんだよね?」

 私は小さく息を飲んだ。

 カイヤ殿下の命を奪いに行くという暗殺予告状。最初にその話を私にしたのは、ユナの祖父にあたるカイト・リウスだった。


「カルサはその予告状を出した犯人を探してたんだ。うちのじいさんの命令で、極秘任務ってやつ」

 知ってる。ってか、極秘だったのか。それをぺらぺら私にしゃべったのか、あの馬鹿は。

「犯人の目星もついてたみたいで……」

 今夜、どこかの屋敷に忍び込んで証拠をつかむつもりだ、といったような話を、最後に会った日にニックが聞きかじっている。


 本来、そうした危険な任務は、単独行動厳禁。

 組織と連携しつつ、最低でも2人以上で動くのが警官隊の鉄則らしい。

 しかしカルサはなぜか任務達成を急いでいた様子で、ニックが同行を申し出ても、「先輩が居ると邪魔だから」と断った。

 

 ――俺が予告状の犯人を捕まえたら、お祭に付き合ってくれる?


 脳裏をよぎる、カルサの声。


 まさか。

 まさかそんなことのために、1人で危険な真似をしたわけじゃないよね?


「早くしないとお祭が終わっちゃうからって、意味わかんないことニックには言ってたらしいよ」


 ……間違いない、と私は頭を抱えた。


「エルさん、どうかした?」

 どうかしたも何も。

「もしかして、心当たりとかあったりする? あるなら教えてくれないかな。些細な手がかりでもいいから! できれば、あいつがどこの屋敷に忍び込むつもりだったのか、わかれば1番助かる!」

 ユナに詰め寄られて、しかし私には思い当たることなんてない。

 カルサとの会話を思い出そうとしてみても、聞き込みが面倒だとか愚痴っていたような気がするだけで、役に立ちそうな情報は何も――。

「すみません……」

 謝ることしかできない私に、ユナも落胆の色を隠せない様子ではあったが、

「や、仕方ないよ。ダメ元で聞きに来ただけだから、気にしないで」

と優しく言ってくれた。


「普通に考えれば、カイヤと仲が悪い貴族の屋敷だと思うんだよね。ギベオンか、ラズワルドか、その下っ端か」

 殿下に脅迫状を送りつけたのなら、そうだろう。

 カルサがその屋敷に忍び込んで、帰ってこないのだとしたら――つい嫌な想像をしてしまい、背筋が寒くなる。


「ギベオンとラズワルドの屋敷には、きのう行ってみたんだけどね」

 ユナはお散歩にでも行ったみたいに軽く言う。「どっちも門前払いされちゃって」

 や、そりゃそうでしょう。どちらも超のつく名門貴族だ。いくらユナが王都の貴族には顔が利くリウス家の人間だとしても、いきなり訪ねて行ってどうにかなるとは思えない。

「どうにかなると思ったんだよ。ギベオンの次男とは幼なじみだから」

 ギベオンの次男といえば、ティファニー嬢ことアルフレッド・ギベオン。彼は10代の頃、リウス家に出入りしていた。当然、ユナとも顔見知りだ。

「でも、なんでかそっちも行方不明だって言われちゃってさ」

 そうだ。叔母上様も仰っていた。「何だか失踪しちゃったみたいなのよ」と。


「ラズワルドの方にはツテがないから、そのツテになるかもしれない幼なじみに、これから会いに行くつもり」

 ラズワルドのツテになるかもしれない幼なじみ?

「よその家に婿入りして、今はラズワルド姓じゃなくなったんだ。この近くに住んでるんだよ」

 この近くに住んでいる。その情報で、しばらく前に近衛騎士のジェーンに引きずられて、とある屋敷に押しかけた記憶が蘇る。


「もしかして、ケイン・レイテッドですか?」

「あれ。エルさん、あいつのこと知ってたっけ?」

「……ええ、まあ……」

 知っている。けして親しくはないし、互いに好感を持っているわけでもないが、何度か顔を合わせている。


 ケインは今でこそレイテッド姓だが、もとはラズワルドの出身だ。

 カイヤ殿下に対しては無駄に好意的だから、予告状の件には多分無関係だろうけど。

 悪だくみとか、得意そうな奴だし。失踪したティファニー嬢とも仲が良さそうだったし。

 確かにあいつなら、何か情報を持っているかも?


「あの、ユナさん。お願いがあるんですが……」

 自分も一緒に行っていいか尋ねると、ユナは「へ? なんで?」と目を丸くした。

 なんで。……なんでだろ。カルサがのことが心配だから? 一応、責任を感じているからだろうか?

 とはいえ、例の約束のことを言ったら誤解されてしまうかもしれないよね。ユナならちゃんと話せばわかってくれそうだが……、それでもなんとなく……、できれば黙っておきたい。


「えと、私にとっても無関係な話ではないので……」

「?」

「ケイン・レイテッドにも会って聞きたいことがあって、だから、その……」

 うまい言い訳も思いつかずに口ごもる私を見て、ユナは「ふーん?」と首をひねった。


 しかし幸いにして、同行を拒否されることはなかった。

「いいよ、行こう」

と軽く承知してくれた。その大らかさに感謝する私。


 間もなく市から帰ってくるだろうアイシェルには「先に戻っていてほしい」と伝言を残し、私はユナと共にレイテッドのお屋敷へと向かった。

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