245 再調査
「……なるほど。これは確かに新事実ですね」
封書の中身を読み終えたセドニスがつぶやく。
「あなたの父上が姿を消す直前、最後に言葉を交わしたとおぼしき人物が今現在も王都に居る、と」
そう。それが封書に書かれていた新事実だ。
「その人物はクンツァイトが運営する孤児院の職員で、既に20年以上、身寄りをなくした子どもたちのために働いている」
表向きは心正しい聖職者であるクンツァイトは、御用商人であるアベント商会と共に、さまざまな慈善事業を行っている。孤児院の運営もそのひとつだ。
「が、それは表の顔であり、正体はシム・ジェイドと同じ、クンツァイトの密偵である可能性が高い」
その人はうちの父と同年代で、いわゆる幼なじみ的な関係だったらしい。
身寄りはなく天涯孤独、成長して孤児院で働く以前は自分も孤児だったようで、その境遇も父とよく似ている。
「孤児の世話をしているのも、次代の密偵候補を物色している可能性がある。7年前に分家筋との内部抗争でつぶれた孤児院と同様、人身売買や暗殺者の養成にまで手を染めているかもしれないと」
セドニスはもう1度なるほど、と言って書面から目を上げた。
「あなたの父上の交友関係については、こちらでも調べたつもりでしたが――どうやら見落としがあったようですね。申し訳ありませんでした」
「いえ……」
別に謝ってもらわなくてもいい。「魔女の憩い亭」の調査員だって、短い期間に色々調べてくれたし。
それに、その人と父は、親しく交流していたというわけではないみたいなんだよね。ただ事件の直後に顔を合わせていた、という目撃情報があるだけなのだ。
宰相閣下の調査員がどうやってそれを突き止めたのか、その手段や方法までは書かれていない。
また、1番肝心なこと――2人が7年前に会って何を話したのか、という点についても書かれていない。
そこを調べる前に、調査が打ちきられてしまったのだろうか。宰相閣下にとって、必要な情報ではなかったから? ……まさか、私への意地悪で調べなかったとかではないよね?
「この情報が確かなら、その人物から直接、話を聞いてみたいところですね。さらに新たな事実が出てくる可能性もある」
そうなのである。是非とも話を聞いてみたい。
あの事件の後に、父と顔を合わせていたというのが事実なら――ただ、問題は。その人がクンツァイトの密偵かもしれない、という点である。
ついこの前、私を誘拐した家に雇われている人間かもしれないのだ。当然、のこのこ会いに行くわけにはいかない。
「承知致しました。まずは当店の方でその人物と接触し、事実関係を確認しましょう」
セドニスはこういう時、話が早い。こちらの要望を言わずとも察してくれる。
「お願いします」
と私は頭を下げた。「依頼料はちゃんとお支払いしますからね」と付け加えるのも忘れずに。
「……その件に関しては、またおいおい話し合っていくということで」
話し合うことなどない。人に仕事を頼んでその報酬を払わないだなんて、そんな人の道に外れたことをするわけにはいかないから。
「それはともかくとして、今現在のクンツァイトがどうなっているか、についてですが」
内偵中の調査員の報告によれば、大層混乱しているようだ、とセドニスは言った。
元・最高司祭が誘拐事件を起こして捕まったのだ。混乱するのも当然である。
「この件が明るみに出れば、王国にとっても立派な醜聞です。彼の罪がおおやけになるかどうかは微妙なところでしょうね」
とはいえ、仮に大多数の国民には事実を伏せておくことになったとしても、無罪放免になるわけではない。
「ついに最高司祭の地位を失う、とか?」
「ええ。それは当然ですね」
クンツァイトは王国の祭事を取り仕切る家でもある。
カイヤ殿下の「儀式」も、本来はクンツァイトの当主が執り行うはずだった。
「そちらは、代理を立てることが既に決まったそうです。代々聖職者を務めてきた貴族家の人間で――宰相閣下に近しい派閥の司祭だとか」
おそらくはその司祭こそが次の最高司祭になるだろうと言われて、私は「ははあ……」と感心した。
さすがは宰相閣下、そつがない。
敵の失態を逃さず、味方の勢力をのばす。クンツァイトに近いギベオンやラズワルドは、今回の件で苦しい立場に追い込まれることになるわけだ。
「そんな状況ですから、クンツァイトが行っていた社会奉仕活動や慈善事業も、今後は行われなくなっていく可能性が高いでしょう」
「え……」
それって、つまり。
孤児院とかも全部閉鎖されて、孤児たちが路頭に迷うことになってしまうかもしれないってこと?
「誰かが引き継ぐ、って話にはならないんですか?」
たとえば、次の最高司祭の人とか。
「それが理想ではあるでしょうが、現実には難しいかと」
クンツァイトと新たな最高司祭の仲が良好であればいざ知らず、実際はそうじゃない。
クンツァイトは騎士団長派、新たな最高司祭は宰相派。
スムーズに引き継ぎが行われるとは思えない、とセドニスは断言した。
と、そこまで聞いたところで私の頭に浮かんだのは、なぜか王都一の悪徳金貸しの顔だった。
そういや、アベント商会から慈善事業を受け継ぐ、みたいな話してたな。あれって本気だったのかなあ?
正直、あの人が孤児たちを助けてくれると言っても、あんまり信用はできない気がするけど……。