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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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244 彼の言い分

 連れて行かれたのは、えらく殺風景な部屋だった。

 窓はなく、薄暗い。家具は2人がけのテーブルと椅子が置いてあるだけ。

 塗装もされていないむき出しの壁と、分厚い石の扉。上の方に小さなのぞき窓がついていて――何だかまるで、警官隊の取調室みたい。


 つい、「ここですか?」と口に出してしまった。

「何か問題でも?」

 や、だって。前に通されたのは、いかにも上客向けって感じの部屋だったのに。

 どうしてここまで扱いが変わったんだろうと悩んでいたら、セドニスは淡々とその答えを口にした。

「あちらは現在修理中です。役人が聴取に来た際、暴れたオーナーが破壊してしまったので」

「あ、そうでしたか……」

「客の目にふれる場所は急ぎ修理を終えたのですが、個室の方までは手が回っていないのですよ」

 なるほど。店の表側だけじゃなかったんだな、オーナーさんが壊しちゃったのって。


「そういえば今日、アイオラさんは?」

 店に居るのだろうか。可能なら、直接会って話を聞きたいところだ。

「あいにく、オーナーは不在です」

 それは、本当に居ないの? それとも、居留守を使っているだけ?

「後者です。実際は朝からずっと部屋に居ますよ」

「……そうですか」

「おそらく、まだ寝ているのでしょう。昨夜も遅くまで飲み歩いていたようですから」

「……そうなんですか」

「例の笛を殿下に預けてしまったので、遠出もできませんしね。商売も一時休業中です」

「…………」

 私がコメントに困って口ごもると、セドニスは「少々お待ちください」と言って、部屋から出て行った。


 そしてすぐに戻ってきた。お茶とお菓子をお盆に乗せて。

「まずはどうぞ。今日も暑かったですからね」

 勧められたのは、冷たいハーブティーだった。

 ほのかに甘みもあって飲みやすい。暑さと人混みで疲弊した体が癒されていく……。

「それとこちらは、当店の調理人からです。以前あなたにいただいた焼き菓子のお礼だそうで」

 可愛らしい花模様のお皿にちょこんと乗っているのは、私がクリア姫と一緒に作ったものと同じ、水晶の形を模したお祭の伝統菓子だった。

 中に入っているのはあんずのジャムだろうか。キレイな山吹色でとってもおいしそう。

「いただきます」

 一口食べて、その出来の良さに唸った。

 このふんわり感。絶妙な焼き加減。さすがはプロの味だ。


 私がお茶とお菓子になごんでいると、セドニスは向かいの席に腰を下ろしながら、世間話の続きのような口調で言った。

「エル・ジェイドさんは、オーナーのことをお疑いですか?」

 ゼオに金でも積まれて、わざと逃がしたのではないかと。

「そんな風には……」

 思っていない、こともない。

 まあ、私はその場に居たわけじゃないから、実際のところはわからない。多少疑わしく思っている、って程度だけど。

「気を遣わなくても結構ですよ。自分も、あの人が賞金首をタダで逃がすとは思いません」

 カイヤ殿下も似たようなことを言っていた。

 アイオラのことをよく知る2人が同意見なら、それが真相なのだろうか。ゼオはお金なんて持ってなさそうだったが……。


「あるいは、別の理由があるのかもしれません」

 セドニスは眉間にしわを寄せ、考えながら言った。

「あの人は基本、気分屋なので。相手のことを気に入れば、タダで助けてしまうということもありえます」

 つまり、ゼオのことも気に入った?

「あの人が気に入るのは、カイヤ殿下のように真っ当で裏表のない人物限定です」

 違うな。全然違う。

「逃げた男に余程の事情でもあれば、万にひとつ、情にほだされたということもありえますが……」

 え、アイオラってそういうタイプ? そんな、情にほだされたりとかするような人?

「……誰にでも、弱みのひとつくらいありますよ」

 セドニスはそう言って、なぜか目をそらした。

「?」

 不思議に思っていると、セドニスは軽く咳払いをして口調を改めた。


「問題は、1度逃がした以上、あの人が『巨人殺し』を追うことは2度とない、ということです。しかし、あなたの父親の行方を知っている可能性があるのは、今のところあの男だけ――」


 つまり、それが意味するところは?


「このままでは、当店があなたの依頼を完遂することはできない。それどころか、オーナーがあの男を逃がしたのが事実なら、重大な背信行為です。依頼料をお返しするのは当然のこと、違約金を支払う必要も出てきますね」


 思いもよらない話の流れになった。


「私、まだ依頼料とかお支払いしてませんけど……」


 前金もいらないって契約だったから、本当に、ビタ一文払ってない。


「そういえばそうでしたね。では、違約金のみ、お支払いを――」

「ちょっと待ってくださいってば」


 それって要するに、依頼のキャンセルってことだよね? そんな一方的に話を進めないでほしい。私はまだ彼に相談したいことがあるのだ。


「ご相談は受けつけますよ。今回の件は、こちら側の一方的な契約不履行ですから。迷惑料代わりと言っては何ですが、ある程度の相談は無償で受けつけます」


 だから、待てっつーの。

 タダで相談を聞いてくれるって、それじゃこっちには利点しかないじゃないか。


「まずは、これを読んでみてください」

 私は彼の手元に、宰相閣下が持ってきた封書を押しつけた。

 閣下が、その情報網を駆使して集めたであろう、私の父に関する情報。そこには「憩い亭」の調査でも判明していなかった、新事実が記されていたのである。

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