243 職安にて
「魔女の憩い亭」は営業再開していた。
前回来た時は2度目の営業停止中で店内はメチャクチャ、入り口は吹き飛び、テーブルや椅子は半壊し、壁はひび割れ……とひどい有様だった。
当然、お客さんなんて1人も居なかったのだが。
今は――ぱっと見、その痕跡はない。
お店の中はすっかり片付いて、テーブルや椅子も新調され、壁のひび割れも巧妙に隠されている。上から塗装を塗り直したり、絵画やタペストリーを飾ったり……。一見すると、前よりキレイになったようにさえ感じられる。
ダンスホールみたいに広い店内には軽快な音楽が流れ、くるくると立ち回るウエイターやウエイトレスは完璧な営業スマイルを浮かべている。
どこにも瑕疵のない、元通りの光景。元通りの「魔女の憩い亭」だ。
でも。
お客の数が少ない。
前はあんなに繁盛していたお店なのに。
昼時だから、そこそこ席は埋まっているものの、あくまで「そこそこ」だ。
店の外がお祭でにぎわっているだけに、空きスペースの多い店内には違和感を禁じ得なかった。――なんでここだけ? と。まあ、その理由は考えるまでもなく、オーナーさんが起こした2度に渡る暴力事件なわけだが……。
飲食スペースの奥には職安がある。
こちらはさらに人が少なく、閑散としていた。
みんな職探しよりもお祭に熱中しているのか、それともやはり信用の問題か。
真新しいカウンターの中には、職員が数人。うち1人は、私の知った顔だった。
「こんにちは、セドニスさん」
声をかけながら近づいていくと、セドニスはちらっと私の顔を見て、「どうも」とそっけないあいさつをよこした。
「……えっと」
何て言おう。営業再開できてよかったですね? お店、だいじょうぶですか? 何だかお客さんの数が少ないみたいですけど?
私がそれらの言葉を口にするより早く、セドニスは言った。
「ご無事で何よりです、エル・ジェイドさん」
って、いきなり何の話だ?
「城でボヤ騒ぎがあった、と聞き及んでいますが」
「……あー、はい。そうですね、ありました……」
実際に起きたのはボヤどころの騒ぎではないが、国民にはそういう風に発表されているのだ。
「城の厨房で、火の不始末によるボヤ騒ぎがあっただけ」と。
宝物庫に賊が入って魔法の杖が盗まれたことなんかも、当然ながら非公開である。
セドニスは「大変でしたね」と言った。「何かお困りのことがあれば相談に乗りますよ」とも。
熱のこもらない、社交辞令的なセリフだったが――私の職場が焼けてしまったこと、実は知ってるんじゃないだろうか。
夜空を焦がすほどの大火事だったのだ。国民だって馬鹿じゃない。勘のいい人は「ボヤ騒ぎ」なんて嘘だとすぐに気づいたはずだし。
「実は……。今はお城じゃなくて、カイヤ殿下のお屋敷で働かせていただいてるんです」
小声で言うと、セドニスは「やはりそうでしたか」って感じでうなずいて見せた。
「ただ、この先ずっとかどうかはわからなくて……。もしかしたら、またこちらでお世話になることもあるかもしれません」
クリア姫が宰相閣下のお屋敷に行くことになれば、私は失業してしまうから。
「その場合、ご希望の職種は以前と同じですか?」
「ええ、はい。料理とか家事の腕を活かせる職場で……」
「雇い主に関するご希望も?」
「それは……」
私は口ごもった。
以前この職安を利用した時は、「貴族の屋敷に雇われたい」と希望した。
それは父の行方を知るため、必要な手がかりとコネを求めてだ。
しかしカイヤ殿下と出会ったことで、その目的は既に果たされている。現段階で、雇い主の身分にこだわる必要は何もない。
「いえ。次の仕事は別に、貴族のお屋敷じゃなくても……。それに、メイドじゃなくても構いません」
実家と同じ、居酒屋の給仕でもいい。レストランの下働きとかでもいい。
自分のスキルを活かせる職なら何でもいいと私が答えると、セドニスはすっかり片付いた店内を見回し、
「それならいっそ、当店で働きますか?」
「え゛?」
頬が引きつるのが、自分でもわかった。
「……冗談ですよ。現状、新たな職員を雇う余裕はありませんし」
「あ、あはは……」
引きつった顔のまま笑って見せれば、セドニスは小さくため息をついた。
「それで、本日のご用件は? 『例の男』の件で、オーナーに事情を聞きに来られたのですか?」
前振りもなく、いきなり本題に入るのはやめてほしい。こっちにも心の準備ってものがある。
「……それもありますけど、用件はそれだけじゃなくて……」
私は手提げ袋の中から、開封済みの封書を取り出した。
先日、宰相閣下が持ってきたものだ。カイヤ殿下と共に中身を確認したところ、非常に気になることが書かれていたのである。
「色々と、ご相談したくて……」
ゼオのこと、クンツァイトの当主から聞いた7年前の話。それらもあわせて相談したい。冷静な第三者の意見を聞かせてほしい。
「でしたら、場所を変えましょう」
とセドニスは席を立った。
前にもそうしたように、人目のない個室で話をしようと。もちろん断る理由などなかったので、私は承知した。