表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
244/410

243 職安にて

「魔女の憩い亭」は営業再開していた。

 前回来た時は2度目の営業停止中で店内はメチャクチャ、入り口は吹き飛び、テーブルや椅子は半壊し、壁はひび割れ……とひどい有様だった。

 当然、お客さんなんて1人も居なかったのだが。


 今は――ぱっと見、その痕跡はない。

 お店の中はすっかり片付いて、テーブルや椅子も新調され、壁のひび割れも巧妙に隠されている。上から塗装を塗り直したり、絵画やタペストリーを飾ったり……。一見すると、前よりキレイになったようにさえ感じられる。


 ダンスホールみたいに広い店内には軽快な音楽が流れ、くるくると立ち回るウエイターやウエイトレスは完璧な営業スマイルを浮かべている。

 どこにも瑕疵かしのない、元通りの光景。元通りの「魔女の憩い亭」だ。


 でも。

 お客の数が少ない。

 前はあんなに繁盛していたお店なのに。

 昼時だから、そこそこ席は埋まっているものの、あくまで「そこそこ」だ。

 店の外がお祭でにぎわっているだけに、空きスペースの多い店内には違和感を禁じ得なかった。――なんでここだけ? と。まあ、その理由は考えるまでもなく、オーナーさんが起こした2度に渡る暴力事件なわけだが……。


 飲食スペースの奥には職安がある。

 こちらはさらに人が少なく、閑散としていた。

 みんな職探しよりもお祭に熱中しているのか、それともやはり信用の問題か。


 真新しいカウンターの中には、職員が数人。うち1人は、私の知った顔だった。

「こんにちは、セドニスさん」

 声をかけながら近づいていくと、セドニスはちらっと私の顔を見て、「どうも」とそっけないあいさつをよこした。

「……えっと」

 何て言おう。営業再開できてよかったですね? お店、だいじょうぶですか? 何だかお客さんの数が少ないみたいですけど?


 私がそれらの言葉を口にするより早く、セドニスは言った。

「ご無事で何よりです、エル・ジェイドさん」

 って、いきなり何の話だ?

「城でボヤ騒ぎがあった、と聞き及んでいますが」

「……あー、はい。そうですね、ありました……」


 実際に起きたのはボヤどころの騒ぎではないが、国民にはそういう風に発表されているのだ。

「城の厨房で、火の不始末によるボヤ騒ぎがあっただけ」と。

 宝物庫に賊が入って魔法の杖が盗まれたことなんかも、当然ながら非公開である。


 セドニスは「大変でしたね」と言った。「何かお困りのことがあれば相談に乗りますよ」とも。

 熱のこもらない、社交辞令的なセリフだったが――私の職場が焼けてしまったこと、実は知ってるんじゃないだろうか。

 夜空を焦がすほどの大火事だったのだ。国民だって馬鹿じゃない。勘のいい人は「ボヤ騒ぎ」なんて嘘だとすぐに気づいたはずだし。


「実は……。今はお城じゃなくて、カイヤ殿下のお屋敷で働かせていただいてるんです」

 小声で言うと、セドニスは「やはりそうでしたか」って感じでうなずいて見せた。

「ただ、この先ずっとかどうかはわからなくて……。もしかしたら、またこちらでお世話になることもあるかもしれません」

 クリア姫が宰相閣下のお屋敷に行くことになれば、私は失業してしまうから。

「その場合、ご希望の職種は以前と同じですか?」

「ええ、はい。料理とか家事の腕を活かせる職場で……」

「雇い主に関するご希望も?」

「それは……」

 私は口ごもった。


 以前この職安を利用した時は、「貴族の屋敷に雇われたい」と希望した。

 それは父の行方を知るため、必要な手がかりとコネを求めてだ。

 しかしカイヤ殿下と出会ったことで、その目的は既に果たされている。現段階で、雇い主の身分にこだわる必要は何もない。


「いえ。次の仕事は別に、貴族のお屋敷じゃなくても……。それに、メイドじゃなくても構いません」

 実家と同じ、居酒屋の給仕でもいい。レストランの下働きとかでもいい。

 自分のスキルを活かせる職なら何でもいいと私が答えると、セドニスはすっかり片付いた店内を見回し、

「それならいっそ、当店で働きますか?」

「え゛?」

 頬が引きつるのが、自分でもわかった。

「……冗談ですよ。現状、新たな職員を雇う余裕はありませんし」

「あ、あはは……」

 引きつった顔のまま笑って見せれば、セドニスは小さくため息をついた。


「それで、本日のご用件は? 『例の男』の件で、オーナーに事情を聞きに来られたのですか?」

 前振りもなく、いきなり本題に入るのはやめてほしい。こっちにも心の準備ってものがある。

「……それもありますけど、用件はそれだけじゃなくて……」

 私は手提げ袋の中から、開封済みの封書を取り出した。

 先日、宰相閣下が持ってきたものだ。カイヤ殿下と共に中身を確認したところ、非常に気になることが書かれていたのである。


「色々と、ご相談したくて……」

 ゼオのこと、クンツァイトの当主から聞いた7年前の話。それらもあわせて相談したい。冷静な第三者の意見を聞かせてほしい。

「でしたら、場所を変えましょう」

とセドニスは席を立った。

 前にもそうしたように、人目のない個室で話をしようと。もちろん断る理由などなかったので、私は承知した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ