23 魔女の憩い亭にて2
厨房に移動した私を待っていたのは、「店員の賄い」とは信じられないような豪勢な食事だった。
たっぷりの肉と野菜を煮込んだシチュー、ハーブの香る白身魚のソテー、フライドチキンにポテト、とろっとろのチーズ入りオムレツ、ふんわり白パン、ベーグルにジャム、エトセトラエトセトラ。
「魔女の憩い亭」の料理人は、親切そうな初老の夫婦と、その娘だという30代くらいの女性が3人。全員そろってふくよかで健康的な体型をしており、おそろいの白いコック服を身につけている。
彼らは面倒見のいい人たちで、突然やってきた私に嫌な顔ひとつせず、せっせとご飯を食べさせてくれた。
さらには、食後のお茶とクッキーまで振る舞ってくれる。
渡る世間に鬼はない、とはこのことか――。
お腹がふくれて満足し、ついでに正気を取り戻した私は、食事のお礼として、自主的にお皿洗いを手伝うことにした。食事時で忙しそうだったし、お皿洗いのスキルは実家で身につけている。
そうこうしているうちに1時間ほど過ぎたが、カイヤ殿下は戻ってこない。
料理人一家に礼を言われ、こちらもお礼を言って、店内に戻る。
セドニスにもお礼を言おうと思ったのだが、姿が見えない。職安のカウンターは既に明かりも落とされ、ひとけがなくなっている。
店内の客は、食事率が下がり、飲酒率が上がってきているようだ。
誰も居ない待合席に腰掛け、さらに待つこと30分。カイヤ殿下は、まだ姿を現さない。
カタン。
小さな物音に顔を上げる。
明かりの落ちた職安のカウンター内に、人影が見える。
セドニスだ。何やら書類の束のようなものを片付けている。
私は席を立ち、彼に近づいた。
「あの、セドニスさん。お夕食、ごちそうさまでした」
「別に礼の必要はありませんよ」
セドニスは手元の書類から顔を上げずに答えた。「あのまま放置していたら、営業に差し支えそうでしたから」
口が悪いのか、正直なのか。本当は親切な人なのか、本気で迷惑がっているのか。どちらとも判断がつきかねて、私は口を閉じた。
「殿下はまだお見えにならないようですね」
「はい……。1時間くらいで戻るって言ってたんですけど」
さすがに、ちょっと心配になってきた。
もし、このまま殿下が来てくれなかったらどうしよう。明日の予定どころか、今夜泊まる場所すら決まってないのに。
「律儀な方ですから、約束を忘れることはないでしょう」とセドニスは言った。「多忙な方ですから、約束の時間に遅れることくらいは珍しくもないでしょうが」
「そんなに忙しい人なんですか?」
そもそも、王族とか貴族って、普段は何してるんだろ。
仕事とか、するものなんだろうか?
優雅にお茶したり、狩りをしたり、舞踏会をひらいたり……、そんなイメージしか持ってなかった。
セドニスはこちらの問いには答えず、
「このまま殿下がお見えにならなかったら、どうしますか」と聞いてきた。「物置のような部屋でもよければ、タダでお泊めしますよ」
「……いいんですか?」
「もはや、乗りかかった船です」
セドニスは声に諦観をにじませつつ、返答した。
やっぱり、見た目によらず親切な人なのかな、とそう思った時。
「待たせたな」と背後で声がした。
振り返ると、暑苦しい外套をまとったカイヤ殿下が、息を弾ませて立っていた。




