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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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238 小鳥のさえずりと共に

 その日の午後、私はお屋敷に続く道を1人で歩いていた。

 近くの農家さんまで、食材を買いに行った帰りである。

 両手に抱えた袋の中には、新鮮な卵が入っている。野菜と鶏肉、それに牛乳なんかは、夜までにお屋敷に届けてもらうことになっている。


 ひとまず卵だけ持ってきたのは、お茶の時間に合わせて、何かお菓子でも作ろうと思ったからだ。

 大変な目にあったクリア姫に、少しでも元気になってもらうために。

 お世話になったお屋敷の人たち(1名は除く)にも、お礼と、あいさつの代わりに。


 今日も暑い。夏真っ盛りだ。

 ただ、郊外の森は街中よりは涼しく、すがすがしい緑の香りがして。

 さわさわと木々の梢が鳴る音と、澄んだ野鳥のさえずりが耳に心地よい。

 私は立ち止まり、しばしその音色に耳を傾けた。


 ――平和だ。


 こうしていると、つい2日前に火事で死にかけたことなんて、悪い夢だったように思えてくる。

 その少し前に誘拐されたことも、不死身の暗殺者に会ったことも。まとめて全部夢だったらいいのだが、現実は容赦なく、問題は何も解決していない。解決しないうちに、原因不明の火事で死にかけたのだ。

 我ながら波瀾万丈というか、災難に次ぐ災難に見舞われている。

 もはや厄払いを考えるより、そういう星のもとに生まれてしまったのだとあきらめてしまった方が楽かもしれないが――。

 せめて、問題がひとつ解決してから次のが来てほしい、とは思う。


「……あれ」

 再び歩き出そうとして、私は足を止めた。

 風の音と野鳥のさえずりに混じって、何か聞こえたのだ。遠くかすかに、美しいメロディが――。

 私は耳をすました。

 優しく歌うように響くのは、弦楽器の音色。おそらくはヴァイオリンだ。

 そう気づいた瞬間、すぐに思い当たった。

 ヴァイオリンといえば、宰相閣下の長女、エンジェラ・オーソクレーズ嬢。隣国のコンクールで入賞するほどの腕前で、以前、クリア姫のお屋敷ですばらしい演奏を披露してくださった。


 もしかして、火事のお見舞いに来たのかな。クリア姫が危険な目にあったと聞いて、心配で駆けつけたとか?

 だとしたら、エンジェラ嬢1人で来たわけではあるまい。確実に、叔母上様も一緒だ。


「…………」

 私は少なからず動揺した。

 叔母上様は明るくて気さくな人だけど、先日の事件で、ちょっと色々あって。

 具体的には、私の誘拐事件に、叔母上様も関わっていたんじゃないかという疑惑があったりして。

 証拠は何もない。叔母上様自身が認めたわけでもない。ただ私がそう思ったというだけなんだけど。

 正直にいえば、会うのが怖い。気が進まない。


 二の足を踏んでいるところに、「おーい」と前方から声がした。

 ダンビュラが駆けてくる。私の姿を認めて、「無事だったか」とつぶやきながら。

「……? 無事ですけど?」

 ダンビュラはなぜこんな所に居るのか。

「あんたを迎えに来たんだよ。1人で出かけてるって聞いて、嬢ちゃんが心配してな。すぐに探しに行ってくれって」

「え、あの。近所の農家さんに行ってきただけですよ?」

 そんな、心配していただくほど遠くまで出かけたわけじゃない。


「知ってるよ。嬢ちゃんだって、別にあんたが迷子になったら困ると思って俺に頼んだわけじゃねえだろ」

 クリア姫がダンビュラを私のもとに遣わしたのは、「あんたがまた誘拐でもされたらまずいから、ってさ」

「はい?」

「屋敷に客が来てるんだよ。嬢ちゃんの叔母さんと、その娘と」

 そこまでは私も予想していたが、

「あと、叔父貴もな。あんたに用があるって言って待ってるぜ」

 宰相閣下までお見えになっているとは思わなかった。しかもクリア姫ではなく、私に用が?

「サシで話したいことがあるんだと。やたら難しい顔して、1人で部屋にこもって、茶も飲まずに待ってる」

「…………」

「不安だろ? 今度は何だって思うよな?」

 ダンビュラの言う通りだった。率直に言って、不安しかない。


 話、とは何だろう。わざわざ殿下の不在時にやってきて。

 先日の事件についてか。密偵だった父の話か。あるいは、いいかげん目障りだから消えろとか言われたりして?

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