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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
238/410

237 事情

「失礼します、姫様。エル・ジェイドです」

 コンコンと扉をノックすると、「エルか、入ってくれ」と声がした。

 扉を開ける。中は私が使わせてもらっているのとよく似た客間で、クリア姫は机に向かって本を読んでいた。


「何か用だろうか?」

「あ、いえ。特に用事というわけではないんですが」

 仕事を始める前に、1度クリア姫の様子を見ておこうと思っただけだ。兄上様のお屋敷とはいえ、慣れない場所で、何か不自由があっては困るし。

「読書ですか?」

「うむ。ニルス殿に借りたのだ」

 その本は分厚く古びていて、「魔女」の二文字が書名に入っていた。

「この屋敷の前の持ち主が所蔵していたものだ」

 クリア姫もまた、魔女には並々ならぬ興味を持っている。このお屋敷の蔵書には遠く及ばないものの、魔女関連の本をたくさんコレクションしていた。


「すごい数の本ですよね。私もさっき、オジロさんに見せてもらいました」

 立派な部屋が古書で埋もれていたという話をすると、クリア姫は「2階も屋根裏部屋も、地下にあるワイン倉も書庫になっているそうだ」という話をしてくれた。

「よく潰れずに建ってるよな、この屋敷」

 クリア姫の足もとで丸まっていたダンビュラが顔を上げる。「それより、あんた。体はもういいのか?」

「ええ、すっかり」

「本当か?」

と聞いてきたのはクリア姫だった。大きな瞳が心配そうに揺れている。あいかわらずお優しい。


「姫様はだいじょうぶですか? あんな怖い目にあって、おつらかったでしょう?」

 普通ならクリア姫の方こそ、ショックで寝込んでいたっておかしくない。

「私はだいじょうぶだ」

 気丈にほほえむクリア姫。だけど、私は知っている。いつものようにおさげにした彼女の髪が、前より短くなってしまっていること。

 炎の中を逃げる時に毛先が焦げてしまい、切るしかなくなったからだ。

 ああ、なんておいたわしい――。

 

「そういや、聞いたぜ。あんた、あのサーヴァインとかいう陰気な兄ちゃんを投げ飛ばしたんだって?」

「ぶっ!!」

 いきなり何を言いやがるんだ、この山猫もどき。

 とっさにクリア姫の方を見ると――驚いている様子はない。むしろ、どんな表情を浮かべればいいのか、困っているように見える。

 ……ってことは、姫様も初耳じゃない?


「殿下があのオジロっておっさんと立ち話してるのを聞いた」

 その話をダンビュラが立ち聞きして、ついでに姫様にもご注進した、という流れだったらしい。

「ダンビュラさん。首を絞めてもよろしいでしょうか」

 私は両手をひらいて、じり、と前に出た。

「落ち着け。よろしいわけねえだろ」

 ダンビュラはサッと距離をとる。

「…………」

 じり、じり。山猫もどきとの間合いをつめようとする私。

「だから、寄るなって。そんな怒るほどのことか?」

 これが怒らずにいられるものか。できればクリア姫には知られたくなかったのに。


「殿下の部下って言っても、実際は居候みたいなものなんだ。しかも勝手に住みついたんだろ? 別にいいじゃねえか。投げ飛ばしたくらい」

「ダン、失礼なのだ」

 クリア姫がたしなめる。

 居候なら投げ飛ばしてもいいのかどうかは置くとして、ダンビュラの発言は捨て置けなかった。

 確かに似たようなことはオジロも言っていたが、彼もアイシェルもニルスも、そんな非常識な真似をするようには見えなかった。まあ、サーヴァインはどうだか知らないけど。

「本当なんですか? それ」 

「そのようなことはない」

 即座に否定するクリア姫。


「勝手に居着いたんだから、居候だろ」

「そういう言い方は失礼なのだ、ダン」

 クリア姫がちょっと怖い顔をする。

 一方のダンビュラは、納得できないという風に顔をしかめて、

「なんでかばうんだ? あいつらが居るから嬢ちゃんだって、この屋敷に来るのが嫌だったんだろ?」

「え? 姫様が殿下と暮らせない理由って……」

「違う。それは違うのだ」

 クリア姫が慌てた。ちょっと不自然なくらい、力を込めて否定する。

「彼らは関係ない。皆、良い人たちだ。兄様に命を助けられて、それ以来ずっと忠実に仕えて――」

 ダンビュラは「それがおかしいんだって」とばっさり言った。


「いくら命の恩人で感謝してるからって、家まで押しかけて一緒に住むとか、ありえるか? 殿下大好きのクロムだって、そこまではやらねえぞ」

「……本当なんですか? それ」

 私は馬鹿みたいに同じ質問を繰り返す。

「嘘ではないが……、事情があるのだ」


 その「事情」が何なのか、私は聞かなかった。

 正確には、聞けなかった。クリア姫の表情は「深刻」を通り越して真っ暗になっており、よほど重たい話なんだろうというのが容易に察せられたからだ。

「だから……、悪く言ったりしてはいけない」

「やれやれ。嬢ちゃんも人がいいな」

と肩をすくめるダンビュラも、それ以上は追及しない。


 ううむ。いったい何があったんだろう?

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