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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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236 研究者の屋敷

「……いったい何ですか、これは」

 私はぽかんとした。

「見ての通りです」

と苦笑するオジロ。

 目の前には開きっぱなしの扉がある。観音開きで、漆や金箔で装飾が施された、いかにも偉い人の部屋って感じの扉が。


 朝食の後、私は執事のオジロから、お屋敷の仕事についてくわしく教えてもらうことになり、

「まずは見ていただきたいものがあります」

というので、案内されたのがこの部屋だった。

 室内はかなり広いようだが、中に入って確かめることはできそうもない。足の踏み場どころか、人が立ち入る隙間もないほど、みっちりと古書で埋め尽くされているからだ。


「この屋敷のかつての持ち主は、王都では名の知れた学者だったそうです」

 そう言って、オジロは本を1冊、手にとって見せてくれた。

 相当古い物らしく、書名もかすれている。かろうじて読み取れるのは「魔女」の二文字だけ。

「王国の歴史や、王家の祖として知られる『魔女』の研究に情熱を傾けていたらしく」


 王国中から魔女関係の書物――魔女の出てくる民話や伝承、果ては小説や絵本まで集めて、自らも多数の研究書を記した。

 本の置き場が足りなくなると、無駄に場所をとる衣装部屋や豪華な浴室を取り壊し、自分の寝室まで書庫に改装した。そして質素な服をまとい、使用人と同じ浴室を使い、本の中で眠っていたそうだ。


 彼は十年ほど前、高齢のために亡くなった。

 屋敷は遺族の手に渡ることになったが、とても厄介な遺言がついていた。


 ――蔵書を絶対に手放すな。この屋敷から動かすこと、断じてまかりならぬ。


 ならぬと言われても、当時の屋敷は、玄関から廊下の隅々まで古書で埋まっているような有様だった。とても人が住むどころではない。

 それでも、故人の遺言にそむくことはできず。……というより、「魔女」の本でいっぱいのお屋敷なんて、なんとなく気味が悪い。

 結果、このお屋敷は二束三文で売りに出され、何年もの間、買い手がつかずに放置され――それをカイヤ殿下が買った、といういきさつだったらしい。


「蔵書の整理は現在、ニルスの仕事になっています」

 お屋敷にある大量の本を全てチェックし、目録を作り、分類・整理する。

 聞いただけでも気が遠くなりそうな作業だ。「自分は居候」みたいなこと言ってたのは謙遜だったのかな。

「彼はあの通り、体が不自由なので。蔵書の移動などは我々が手伝うこともありますが」

 彼の顔の火傷や、か細い両足のことが私の頭をかすめた。

「必要な時には、手を貸してやってください」

「はい、わかりました」

「後で2階の方もご案内致しましょう。とはいえ、そちらはいまだ古書で埋まっている状態で……、使用人部屋も然りです」

 なので、寝起きする場所については、今の部屋をそのまま使ってほしいとオジロは言った。

 私が昨夜使わせてもらった部屋は、本来、客間である。

 メイドの身には分不相応な話だが、他に部屋がないんじゃ仕方ない。


 1階をぐるりと回り、水道設備や掃除用具の置き場所など、細かな説明を受けた後で、私たちは庭に出た。

 外から見たお屋敷は、2階建てで、外壁は白く、周囲を森に囲まれていた。

 さっきの話だと、長い間、手入れもされずに放っておかれたはずだけど、今は外壁もきちんと塗り直されて、小綺麗になっている。


「この屋敷は、王都の北東に位置しています。近くには農家もありますよ。いつも新鮮な野菜やミルク、卵などを届けてもらっています」

 オジロは森の中にのびる小道を指差し、

「この道を行くと、左手に見えてきます。徒歩で10分ほどの距離になります。後でお遣いを頼んでもよろしいでしょうか?」

「はい、行ってきます」

「それでは、戻りましょうか――」

と、きびすを返しかけたところで、ゴホンゴホンとわざとらしい咳払いの音が降ってきた。

 視線を上げた私は、「げえ」というつぶやきをどうにか胸の内だけにとどめた。

 そこに居たのはサーヴァインだった。動きやすそうな作業着に身を包み、右手に金槌を持っている。


「おや、そこに居たのですか。姿が見えないから、どこへ行ったのかと」

 オジロがちょっととぼけた口調で話しかける。

 サーヴァインの方は、目上の人に対しても態度が悪いのは変わらずで、

「早く修理しておかなければ、雨でも降ったら屋根が傷むでしょう」

とつっけんどんに言った。

 真夏の空は晴れ渡り、雲などひとつも見えなかったが、オジロは「確かにそうですね」と同意した。

「ついでに、納屋の修理もお願いできますか。戸を開け閉めする時におかしな音がするので」

「……わかりました」

 不機嫌そうに承知するサーヴァインに背を向けて、「では、戻りましょう」とオジロは言った。


 サーヴァインは私には話しかけてこなかった。

 ただ、私がオジロの後についてお屋敷の中に戻ろうとすると、あからさまな舌打ちの音が追いかけてきた。

 ……反省してるんじゃなかったのか、おい。


「あのサーヴァインって人、殿下の従者なんですよね?」

 だったら、殿下と一緒に出かけてくれればよかったのに。いついかなる時も主人に付き従うのが、従者というものの役割なのでは――。

 と、説明が遅くなったが、殿下は朝食後すぐにお城に出かけていった。ハウライト殿下から遣いが来たのだ。どうやらあの火事のことで、何かわかったことがあるらしく。


「ええ、そうです。今のところは自称・従者ですが」

「……自称?」

「まだそれらしい働きをしておりませんので」

「?」

「いずれ殿下のお役に立ちたいと願ってはおりますが、現状は居候、良くて雑用係でしょうか」

「???」

 首をひねる私を見て、オジロは愉快そうに笑って見せた。

「使い走りでも力仕事でも、やれと言えば大抵のことはやります。便利に使ってやってください」

 いや、あの。あんな非の打ち所がないイケメンが、実は貴族だと言われても納得の美丈夫が、使い走りや雑用係ってどーいうこと?


 私の疑問に気づいているだろうに、オジロは何も答えてくれなかった。

「では、私は仕事に戻ります」

 そう言って、すたすたと廊下を去っていく。

 残された私は戸惑うばかり。

 このお屋敷の人たちって、やっぱり……、謎だ。

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