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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
235/410

234 理由

「えーっと、片恋ってことは……」

「秘めた想いを抱いている、ということですね。殿下はご存知ありません」

「…………」

 私は考え込んだ。


 …………そうか。

 それなら、あの状況でケンカを売ってきた理由も、わからなくはない、かも。

「あまり、驚いていらっしゃらないようですね」

「ああ、いえ。少しは驚きましたけど」

 カイヤ殿下だしな。老若男女を問わず、魅了してしまう人だし。

 要するに、嫉妬だったわけだ。あの時のサーヴァインの目には、私が恋仇のように見えていたということで――。


「あ、でも。それは誤解ですから」

「は?」

「あー、つまり。私は殿下のこと、そういう風には思ってませんので」

 全然、全く、少しも、と強調すると、オジロは目を丸くした。

「そうでしたか。……いえ、彼の早とちりだろうと私も思ったのですが……。そこまで強く殿下への好意を否定する女性、というのも初めて見た気がします」

「あ、すみません。失礼なこと言って……」

 いえいえと首を振るオジロ。

「仰る通り、殿下は女性に――いえ、女性に限らず好意を向けられることが多い方で」

と、そこで口ごもり、心なしか表情を暗くして、

「普通の好意ならいいのですがね。あまりタチのよくない執着から、トラブルにあわれることも多く……。我々も心配しているのですよ」

 サーヴァインが神経質になっているのはそのせいもある、とオジロは付け加えた。


 確かに殿下は、少しばかり変な人に好かれやすいところがある。

 鷹揚な性格のためか、あるいは「類は友を呼ぶ」というやつだろうか。


「もっとも、タチがよくないというなら、私やサーヴァインも他人様のことは言えません。先程も申しました通り、押しかけ部下ですから」

 オジロはそう言って、なぜかにっこりした。

「あの、それってどういう……?」

 押しかけ女房ならぬ、押しかけ部下というのは初めて聞いた。

 オジロは広いリビングを見回して言った。

「この屋敷はもともと、戦場から帰還されたカイヤ殿下が、妹のクリスタリア姫と静かに暮らせる場所を作るため、ただそれだけのために手に入れた場所なのですよ」


 当時、この屋敷はわけあって買い手がつかず、荒れ放題になっていた。

 とても王族が住むような場所ではなかったらしいが、カイヤ殿下にとっては良い物件だった。王城から適度な距離があり、静かで居心地が良く、何より殿下のポケットマネーでも手に入れられる金額だったからだ。

 クリア姫はこのお屋敷に来ることを拒んだが、殿下はあきらめなかった。

 忙しい公務の合間を縫い、建物を補修し、荒れた庭を整えながら、クリア姫が同居に応じてくれるのを待った――。


 建物を補修って、まさか自分でやったんじゃないよね。

 殿下ならやりかねない気がする……。


 このリビングには大きな窓があり、昨夜は闇に包まれていた庭が見えている。

 大輪の黄色いひまわりをはじめとして、色彩豊かな花々が揺れている。荒れ放題だったというのが信じられない、キレイな庭だ。

 その場所で、日差しを浴びながらせっせと雑草を抜いているカイヤ殿下の姿が、ふと私の心に浮かんだ。


「その屋敷に、私どもが転がり込んだのです。かれこれ2年ほど前になりますか」


 ――それは、どういったいきさつで?


 当然、語るのだろうと思ったら、オジロは黙っている。

 ゆっくりとティーカップに口をつけ、「すっかり冷めてしまいましたね」とつぶやいて。

「ごく簡単に言いますと、私たちは全員、殿下に命を救われたのです」

 えらく端折はしょった説明だった。

「そのご恩返しのため、と言えれば格好がつくのですが、他に行く場所がなくて転がり込んだ、というのが正確ですね」

「はあ……」

 結局、彼らに何があって、殿下が何をしたのか、くわしいことは言わずに。オジロはこう続けた。

「私たちにとって、殿下にお仕えすることだけが、この世に存在する理由の全てなのですよ」と。


 ……そりゃまた、随分と重いセリフを。

 にこにこと穏やかにほほえみながら、口にするセリフではない気がする。

 温厚で付き合いやすそうな人なのに、その瞳は、窺い知れない闇を抱えているようにも見えて――。

 ほんの一瞬、私はぞくっとした。


 オジロはなぜか満足そうにうなずいた。

「ええ、あなたのような反応が、おそらく正しい。普通です。比べるなら、我々はタチの悪い執着を抱いた人間だ。お仕えする主人との間に、適切な距離感を保てていないのです」

 昨夜のことは本当に気にしないでほしい、とオジロは笑った。

「あなたがサーヴァインを投げ飛ばしたのは、きっと正しい選択だったと思いますよ」

「お言葉ですが……。それはちょっと違うんじゃないかと……」

 

 オジロが何を言っているのかはわからない。

 が、あれを正しい選択、と呼べないことくらいはわかる。

 では、何と呼ぶのか。

 簡単だ。やり過ぎ、というのである。いい年した娘が、悪態にぶち切れて人を投げるなっつーの。


「なんだ、おまえたち。何をしている?」

 リビングの入口に、カイヤ殿下が顔をのぞかせた。

 剣の稽古か、あるいはランニングでもしてきたのか。ひたいに汗を浮かべ、肩にはタオルをかけている。

 即座に、私は席を立ち、体を半分に折った。「昨夜は大変ご迷惑を――」

 殿下はこっちの謝罪を半分も聞いてくれなかった。

「そんなことはいいと昨夜も言っただろう。あれはおまえが悪いのではない。あの状況を作った俺の責任だ」

 すたすたとリビングに入ってくると、オジロの顔を見て一言、「朝飯はまだか?」


「ああ、申し訳ありません。すっかり話し込んでしまって」

「なんだ、用意していないのか――」

 殿下が時計を見る。

 午前7時。まだかなり早い時刻だ。でも、このお屋敷の朝食は、いつもこれくらいの時間だったりするのかな?


「あの、よかったら、私が作りましょうか?」

 今日から私もこのお屋敷で働くのだ。ご迷惑をかけてしまったお詫びも兼ねて、是非そうさせてほしい。

「お願いできますか」

 オジロがホッとしたように笑う。「私はどうも手際てぎわが悪いもので……」

 早起きして支度しようとしていたところに私が来て、話し込んでしまった、という成り行きだったらしい。


 メイドのアイシェルが居るのに、執事のオジロが食事の用意をしようとしていたことを不思議に思いつつ、

「わかりました、すぐに支度しますね」

と台所に向かう私。


 殿下はお腹がすいているみたいだし、あまり時間をかけては作れない。

 簡単でおいしく、栄養もとれるもの。つまり無難な朝食メニューが1番だ。

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