表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
234/410

233 お屋敷の住人たち4

 男はオジロと名乗った。

 見たところ、40代の後半から50代の前半くらいかな。黒髪に黒いあごひげで、どちらもクルクルとカールしている。わざとそうしているとも思えないから、天然パーマなのかもしれない。

 ひげに覆われた顔はパッと見、怖そうだけど、目もとの笑いじわや黒ぶち眼鏡の奥のまなざしは優しく、いかにも温厚そうな男性だとわかる。

 背丈は平均的で、恰幅のいい体つき。服装は黒スーツとネクタイ。

 そこまでは普通なのだが、なぜか右手の指にだけ、大きめのリングを2つも3つもつけていた。

 そのまま人を殴ったら武器にもなりそうだ。もちろんそんな理由でつけているわけはないけど、結婚指輪にも見えないし……?


 彼は、このお屋敷の――カイヤ殿下の、執事なのだという。

「などと申し上げればいかにも偉そうですが、実際はただの押しかけです」

 私に紅茶のカップを差し出しながら、謎めいた言葉を口にする。

「押しかけ?」

「はい。勝手に屋敷に押しかけて、勝手に住み着いたのです。私も、アイシェルも、ニルスも」

 そこで小さく含み笑いをして、

「昨夜、あなたが投げ飛ばしたというサーヴァインも」

 私は紅茶を吹きそうになった。


 即座に口元をぬぐい、テーブルの上に両手をついて、頭を下げる。

「昨夜はとんでもない真似をしでかしまして、まことに謝罪の言葉もありませ――」

「ああどうか、顔を上げて」

 オジロは慌てたようだ。

「謝るべきなのはこちらの方でしょう。仲間が失礼なことを致しました。あの偏屈男に変わって、心から謝罪します」

 深々と頭を下げられて、こっちも慌てた。

「そんな、やめてください」

 必死で顔を上げてくださいと頼むと、オジロは応じてくれた。申し訳なさそうに眉を寄せたまま、

「事情は聞いていますよ。彼が、あなたに何と言ったかも。弁解の余地もないとはこのことでしょう。あなたの怒りは至極当然です、が……」

 そこでオジロは言葉を切り、しげしげと私の顔を見てから、ふっと表情をなごませた。


「それにしても、大したものですね。サーヴァインは騎士崩れで、ああ見えて剣術も体術も並以上の腕なのですが。その彼を、あなたのような細い女性が――」

 私は再度、テーブルにひたいをこすりつけるハメになった。

「その節は、まことにお恥ずかしく」

「ああ、いやいや。責めているわけではないんですよ。ただ、驚いただけで。殿下も仰っていましたよ。それは見事な背負い投げだったと」

 あうあうと私は呻いた。

 オジロの言葉に嫌味はなく、むしろ本気で感心している様子なのがつらい。誉め殺しもいいところだ。


「何か、護身術のようなものを学ばれていたのですか?」

 問われて、仕方なく説明する。

「そんな本格的なものじゃなくて……。ちょっとした体術、みたいな? うちの祖母が、村の女性たち全員に教えてたんです。街道沿いの治安のいい村でしたけど、それでも人の出入りが多い分、物騒な連中が来ることもあったんで」


 女子供は悪い奴らに狙われやすい。だから身を守るすべをきちんと学ぶべきである、というのが祖母の考えだった。故郷の村では、子供からお年寄りまで、ほぼ全員が祖母の薫陶を受けている。


「それは、実に立派なおばあさまですねえ」

とオジロはまた感心する。

 お茶請けにどうぞとビスケットの乗った小皿を差し出しつつ、話題を元に戻す。

「昨夜のことなのですが。サーヴァイン当人も反省はしているようです。いずれ、あらためて謝罪したいと申しておりました」

 私は「はあ」と気のない声で答えた。

 内心では、そんなすぐに反省できるくらいなら、そもそもあんなセリフ、口にしないんじゃないのかなと思いつつ。


 私の反応を見て、オジロはやや難しい顔になった。

「あなたのお気持ちはわかります。ただ、彼にも色々事情がありまして」

 その事情とは何か、オジロは説明しなかった。ただ、「昨夜の彼は、冷静ではなかったのですよ」とだけ言った。

「感情が表に出にくい男なのでわからなかったかもしれませんが、頭に血が上っていたのだと思います」

 本来は、初対面の相手を侮辱するような人柄ではけしてない、とオジロは釈明した。


 サーヴァインはともかくとして、オジロの人柄については、短い会話の中でも伝わってきた。

 真面目で、信用できそうな人だ。その彼が言うのなら、とも思うけど。

 あの男が「頭に血が上って」冷静さを失ってしまうほどのことを、あの時、自分はしただろうか?

 あらためて振り返ってみても、思い当たることがない。

 現れた時から、サーヴァインはけんか腰だった。それ以前、私は殿下と並んで話していただけである。


 確かに時間は遅かったし、薄暗かった。

 それでも、不自然に身を寄せていたわけじゃなし、ちょっと会話を聞けば、そんな艶っぽい現場でないことくらいすぐにわかっただろう。


 仮にそんな誤解をしたとして、普通「汚らわしい」とまで言うか?

 私だったら、邪魔をしないよう、すみやかに立ち去る。カッときて冷静さを失うなんてありえない。

 そこに居たのが、自分の彼氏とかだったら、別だけど。

 即座に前に出て、浮気相手もろとも血祭りに上げるだろう……けど……。


 って、まさか。

「オジロさん。あのサーヴァインって人、もしかして、殿下の――」

 思いついたら即、声に出ていた。

「殿下の彼氏だったんですか!?」

 がく、とオジロの肩が落ちた。

「……違いますよ。そうではありません」

 いきなり気まずくなった私は、ぼそぼそと言い訳の言葉を口にした。

「す、すみません。なんか、それだったら怒った理由もわかるかなーって。ほら、殿下って、いかにもモテそうなのに彼女が居るとか聞いたことないし……」

 オジロは黙っている。

 私はさらに小さくなった。「すみません。変なこと言って……」

「ああ、いえ」

 オジロはこほんとひとつ咳払い。

「あなたは勘の鋭い方ですね。かなり真実に近い所まで見抜いていらっしゃる。この際ですから、本当のことをお話ししておきましょう」

 ただし他言は無用に願いますと言われて、私は神妙にうなずいた。

 オジロもうなずいた。そして、こう口にする。

「彼は殿下の交際相手ではありません。ただの片恋、片想いですよ」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ