232 混乱
あああああああああああああああああああああああ。
その夜、私はベッドの上で、ひたすら頭を抱えていた。
なんつーことをしてしまったんだ、自分。
お世話になっている、カイヤ殿下の目の前で。
部下の男を、思いっきり投げ飛ばすとか。
弁解の余地はない。ないに等しい。
口論くらいなら気まずいだけですむ。ひっぱたいた程度なら可愛げもある。
投げた。投げましたよ。
花も恥らう18歳の娘が、自分よりずっと体格のいい若い男を。
あああああああああああああああああああああああ。
どうしよう。
いったい、どうすれば――。
ひたすら頭を抱えて、悩み続けて。
結局、明け方まで一睡もできなかった。
「…………」
早起きの小鳥たちが、さえずり交わす声を聞きながら。
寝不足のぼんやりした頭で、私はひとつの結論に達した。
とにかく、ひたすら謝ろう――と。
別に、一晩悩まなくても普通に達するだろう、という答えだった。
時刻は午前5時30分。
早朝である。まだ誰も起きてはいないはずだ。殿下も、クリア姫も、他の人たちも。
まずは身支度を整えて、リビングに行って待っていよう。
顔を洗い、念入りに髪を整え。
着替えは、きのうの夜アイシェルが持ってきてくれた服を借りることにして。
「うーん……」
私は唸った。
その、アイシェルが用意してくれた着替えが。
サイズも合っているし、趣味は悪くないんだけど、むしろ可愛いんだけど……、ちょっと可愛らし過ぎて。
謝罪の際に身につけるのには、あまりふさわしくない気がしたのだ。
だからって、裸で行くわけにはいかないし。
仕方なく、色合いで言ったら1番地味な、紺色のワンピースを身につける。腰の辺りにリボンがついたデザインで、ふんわりしたスカートは膝下までの長さ。生足ではまずかろうと、同色のソックスを履く。
鏡を見る。……なんか、普通にお洒落してお出掛けでもするみたいだな。
特にこのリボンが。
外すか? いや、上から何か羽織るという手も――。
そう思ってクローゼットの中を探すと、すその長いグレーのカーディガンが出てきた。
これなら腰の辺りまで隠れるし。
うん。悪くない。
時刻はちょうど6時。
まだ早いけど、リビングに行って待っていよう。
床に正座して出迎えれば、少しは誠意が伝わるかも――や、よそう。かえってわざとらしい。
意を決して、部屋を出た私。
すぐに出鼻をくじかれてしまった。
リビングの中に、人の気配があったのだ。
カチャカチャと食器のふれあう音や、お湯の沸く音も聞こえる。どうやら早起きの誰かが、食事の支度をしているようだ。
私は廊下で足を止め、深呼吸した。
もしも相手がカイヤ殿下だったら、やることは決まっている。
誠心誠意、謝罪する。それだけだ。
アイシェルやニルスだったら? 事情を話して、やっぱり謝罪すべきだろう。
もし、サーヴァインだったら……。
部屋に引き返そう。
覚悟を決めて、リビングに足を踏み入れる。同時に頭を下げて、「おはようございます!」とあいさつする。
一瞬、リビングの中が静かになった。
それから、「ああ、おはようございます」と声がした。
穏やかな、男の声。
おそらくは中年以上の――私の知らない声だった。
私は顔を上げた。
対面キッチンの向こうに、誰か居る。
私に向かって、愛想良くほほえんでいる。
「今、お茶を淹れていたところです。よろしかったらいかがですか。目覚めの一杯に」