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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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231 お屋敷の住人たち3

 一言で言えば、美丈夫であった。

 細面ほそおもてで、切れ長の瞳で、金髪に青い瞳で。

 さらには長身、引き締まった体格、と非の打ち所がない。


 それでも無理やり欠点を上げるとしたら、その整い過ぎた顔立ちが、やや冷たい印象を与えることだろうか。

 軽く目を細めてこちらを伺っている、そのまなざしも冷ややかだ。

「サーヴァイン」

 カイヤ殿下が、男の名前らしきものを呼んだ。「まだ起きていたのか?」

「主人より先に眠るわけには参りませんので」

と答える男。

 その声もまた、氷のように冷たい、あるいは硬い印象を受ける。


「従者の身分で僭越せんえつながら、一言だけ申し上げます」

 男はリビングに一歩、足を踏み入れると、ぴしりと直立不動の姿勢をとった。

「かような刻限に、かような薄暗い場所で、若い女性と2人だけで会う、というのは如何いかがなものかと」

 いきなり部下から浴びせられた苦言に、殿下が瞳を見開く。

 男は、その冷たいまなざしを私にも向けて、

「あなたも。もし常識というものを少しでもお持ちなら、このような状況を避ける方法はいくらでもあったのではありませんか?」

 正論だ。……しかし。

 そもそも殿下と出会って以来、「常識というもの」が通じない経験ばかりだった。

 今さら常識云々で責められるのは納得できない。非常識なのは自分ではないと、声を大にして言いたい。

 が、私が反論の言葉をまとめ上げるより早く、男はこう続けた。

「最初から不埒な目的でもあったというなら、話は別ですが」

 ふらちな目的?

 それはつまり、あれか。私に何か下心があって、殿下をひとけのない暗がりに誘った、と?


 私は椅子を蹴立てて立ち上がった。

 そうかそうか、この野郎。

 初対面でケンカを売ってくるとはいい度胸だ。望み通り、買ってやろうじゃないか。


 腕まくりをして前に出ようとしたところを、殿下に止められた。

「落ち着け、エル・ジェイド」

「止めないでください、殿下」

 私は低い声で答えた。

 ついでに、目だけで室内を見回す。……何か、武器になるものはないかと。

「部下が非礼をした。心から謝罪する」

 殿下は席から立ち上がると、私と男の間に割って入った。

「この男は、つまり……、こういう男だ。当人に悪気はないのだが、初対面の人間とはまず揉める」

「恐れ入ります」

と男が頭を下げる。恐れ入りますって、殿下は別に誉めたわけじゃないだろうが。


「サーヴァイン。エル・ジェイドに謝罪しろ」

「…………」

 男は無言、無表情で、主人の顔を見返した。

「おまえの苦言は胸に刻んでおく。以後は十分に気をつけると約束する。……だが、落ち度があったのは俺で、彼女ではない。先程彼女に言った言葉は撤回しろ」

「…………」

 男は尚も無言。気のせいでなければ、頬の辺りがぴくぴくと不満げに揺れている。

「サーヴァイン」

 繰り返し名前を呼ばれて、あきらめたように口をひらきかける。

 それを、私は止めた。

「いいですよ、殿下」

「エル・ジェイド――」

「心にもない謝罪はいただきたくありませんから」

 私はつかつかと男に歩み寄り、ひた、とその整った顔を見すえた。


 謝罪はいらない。だが、言われっぱなしになっているつもりもさらさらない。


「仰ることには一理あるかもしれませんが、勝手に下世話な想像をして、他人ひとのことを決めつけるのはどうかと思います」

 私はさらに男との距離をつめ、畳みかけるように言った。

「ご自身の経験の貧しさ、低俗さを、進んで暴露するようなものですよ」


 てめえのレベルで決めつけるんじゃねえよ。このゲスが。

 要約するとそういうことを言ってやったのだが、相手の反応はいかに。


「…………。見かけによらず、口が達者なようですね」

 男が言った。

 ムカッときて声を荒げるかと思いきや、少なくとも表面上は、それまでと変わらぬ冷ややかさを保ったまま、

「論点のすり替えもお上手なようだ。さぞ立派な教育を受けていらっしゃるのでしょうね」

 そう言って、私の頭のてっぺんからつま先まで、わざとらしく嫌味な視線を向ける。

 私はパジャマの上からガウンを羽織り、足元はスリッパをつっかけている。「立派な教育」を受けた娘が、人前でする格好じゃない、って言いたいんだろうな。


 さすがに口には出さないかと思えば、「そのわりには随分、品がない……」と普通に口に出した。殿下には聞こえないような、ごくごく小さな声で、「その姿で下心がない、と言われても説得力がありませんよ」

「……申し訳ありません、育ちが悪いもので」

 どうにかひきつった愛想笑いを浮かべて見せたものの、このままではまずいと思った。これ以上何か言われたら、こっちの方が先にキレてしまう。


「おまえたち、何を話している?」

 殿下が近づいてくる。

「すみません、殿下。気分がすぐれませんので、これで」

 私はそそくさと廊下に出て行こうとした。

 男の脇をすり抜けようとした時、小声で、しかしはっきりと、男がつぶやくのが聞こえた。「けがらわしい――」


 ぶち。

 頭の中で、何かが切れる音がする。

「てめえ、今、何つったあああ!!」

 私は迷わず、男の胸倉につかみかかった。

 さすがに予想していなかったらしく、ほんのわずか、男が目を見開いた。しかし相手は、体格のいい成人男性である。女の細腕でつかまれた程度では慌てず騒がず、むしろ余裕の表情で私の腕をつかみ返そうとする。


 ――舐めるな!


 私は全身のバネを使って体を反転させた。

 ぐるりと勢いよく回る世界。

 一瞬後、ど派手な音がお屋敷の中に響き渡った。

 息を切らせながら顔を上げた時、そこには私にぶん投げられた男が、大の字になって転がっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エル!いいぞ、もっとやれ!!! と、思わず応援してしまいました。騒動で忘れていましたが、実は弱くはないんですよね、この娘。なかなかやりますね! [一言] イケメン君が、人を色眼鏡で見るのを…
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