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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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230 新米メイド、失職の危機?

 薄暗いリビングで、カイヤ殿下と2人きりになった私。

「座って待っていてくれ」

と殿下が言うので、ひとまず座る場所を探した。

 さっき王様が寝ていた長椅子に座る気にはなれない。私がきょろきょろしていると、殿下が「そこに」と対面キッチンを指した。

 よく見ると、背もたれのない椅子が3つ、並べて置いてある。対面キッチンは細長いテーブル状になっているので、まるで飲み屋のカウンターみたいだった。

 私は「失礼します」と1番左の席に腰かけた。


 一方の殿下は、長椅子の前に置きっぱなしになっていた使用済みのグラスを流しに片付けると、今度は貯蔵庫の扉を開けて、青い瓶を取り出した。「おまえも飲むか」

「えっと、何ですか?」

「ただのソーダ水だ。久しぶりに酒を飲んだら喉が渇いた」

 殿下もお酒、飲んだんだ。グラスが2つあったから、もしかしてって思ってたけど。

「いただきます。私も何だか喉が渇いてしまって」

 返事をしながら、私は想像した。

 国王陛下とカイヤ殿下が、父と息子が、向かい合ってグラスを傾けている姿を。

 それって、ちょっと……仲が良さそう?

 この親子って、普段は全然仲がいいようには見えないし、普通に「親子」と呼ぶのもためらわれるくらい、関係が複雑そうなのに。


 殿下は戸棚から新しいグラスを出してソーダ水を注ぎ、カウンターの上に置いた。それから「どうかしたか?」とこっちを見る。

「えっと、あの。……王様と2人でお食事なさったんですか?」

 別に突っ込んで聞くつもりはなかったのに、口をひらいたら勝手に質問が出ていた。

「まあな。それがどうかしたか」

「あー、いえ、その……。失礼ですけど、殿下と王様って、意外と仲が良かったり……?」

 殿下は軽く眉をひそめた。「そう見えるか」

「いえ、全く見えません」

 だからこそ、違和感があった。「さっき、王様と2人で飲んでたんですよね……?」

「一杯だけ、としつこく勧められたからだ」

 殿下は心底疲れたという風に嘆息した。

「あの男と親しく酒を酌み交わしたい、と思ったことなど1度もない」

「……失礼しました」

「いや、おまえが謝ることではない」

 そう言って、私の隣の席に腰かけ、ソーダ水のグラスをあおる。何てことのない動作なのに、私はついつい目を奪われてしまった。


 廊下の方から差してくる淡いランプの明かりがグラスに反射して、殿下の横顔を照らす。

 かすかな喉の動き。氷の揺れる澄んだ音。

 本当に、何をやっても絵になる人だ。立っても座っても、ソーダ水を飲んでも。


「それで、クリアの話だったな」

 殿下の口調が重くなった。

「あんなことがあった以上、このまま城に住み続けるのはおそらく難しいと思う」

「あ……、そっか。そうですよね」

 住む場所が燃えてしまったのだ。かといって、お城でアクア・リマやその娘たちと一緒に暮らす、なんていうのは現実的じゃない。つまり新しい家を決めなきゃいけないわけで――。


「しばらくの間は、この屋敷に置いておくつもりだ。……クリアは本意でないかもしれんが」

 不安そうに、一言付け加える。その理由を、私は知っている。 

 殿下はもう何年も前から、このお屋敷で妹姫と共に暮らしたいと願ってきた。それを、クリア姫が拒んできたのだ。その理由については、いまだにわかっていない。


「姫様に、お話は……?」

「今日の昼に話した。わかった、と口では言っていたが」

 殿下は不安な表情のまま口をつぐむ。

 以前はハンストしてまでこのお屋敷で暮らすのを拒否したというクリア姫も、さすがにこの状況ではそんなことしないか。

 や、当然だよね。基本は賢くてワガママを言わない、いい子なんだし。


「クリアの落ち着き先が決まるまでは、おまえにもこの屋敷に居てもらいたいと思っているが、構わないか」

「ああ、はい。それはもちろん」

 私は姫様のメイド。お仕えする相手が居る場所で働くのは当然のことだ。

 それに、チャンスかもしれない。

 姫様と一緒にこのお屋敷で過ごせば、ここでは暮らしたくないっていう理由もわかるかもしれないからね。


「手狭だが、ゆっくり養生してくれ」と言われて、思わず「家事担当ですよね?」と聞き返してしまう私。

「働く気でいたのか?」

 殿下は意外そうに目を瞬いた。

「他にどうしろっていうんですか」

 むしろ、こっちが驚きだ。この人いったい、私のこと何だと思ってるんだろ。

「私はお給料をいただいて働く使用人ですよ。仕事をするのは当然です」

「体調はもう悪くないのか?」

 悪くない。……ダンビュラには「まだ顔色が悪い」とか言われたりもしたけど、それも一晩休めば治るはずだ。

「だいじょうぶですよ。全然、異常なしです」

「……そうか、わかった」

 殿下は飲み終わったソーダ水のグラスをカウンターの上に置いて、「よろしく頼む」と真顔で言った。

「承知致しました」

と頭を下げて。

 私は、まだ何か忘れているような気がした。

 頭に浮かんだのは、ワイルド系親父の顔。あのおっさん……じゃない。国王陛下が、さっき何か言ってなかったっけ?


 ――君も身の振り方とか、考えておいた方がいいと思うよ。


「あ」

「どうした」

「いえ、あの。さっき国王陛下が……」

 私が思い出したセリフを口にすると、殿下はわかりやすく目をそらした。

「それは……。今の段階では、考える必要のないことだと思うが……」

「?」

「つまり、この先の話だ。しばらくの間は、クリアをこの屋敷に置いておく。だが、その『しばらく』が過ぎた後、どうするか。このままここに住むことになれば何の問題もないが、どこか別の場所に行くことになった場合、おまえの仕事先も変わる。……かもしれない」

 やけに歯切れが悪い。明らかに言いにくそうだ。


「どこか別の場所というと……」

 このお屋敷ではなくお城でもない、クリア姫が暮らすのにふさわしい場所といったら。

「もしかして、宰相閣下の所に?」

「……ああ。おそらくはそうなる」

 宰相閣下の奥方、クリア姫と殿下の叔母上様は、以前から可愛い姪を引き取りたいと希望していた。

 手元に置いて可愛がるためでもあるし、お城のゴタゴタや、それこそ今回のような危険から守るためでもある。


「あー、なるほど……」

 わかった。王様が言った意味が。

 仮にそうなったら、私は仕事を失う可能性が高いのだ。

 あの宰相閣下のお屋敷である。身元も確かで、仕事ぶりも完璧なメイドが大勢働いているはずだし。

 何より私は、宰相閣下に良く思われていない。

 父親は貴族の密偵で、伝説の暗殺者と知り合いで、その暗殺者の名前で殿下のもとに暗殺予告状が届いたりもして。


 ……良く思われていないどころの騒ぎじゃなかったな。実は消えてほしいと思われていた疑惑すらあるのだった。

 先日、私を誘拐した元・最高司祭のクンツァイト。傾きかけて崩壊寸前の家を守ろうと必死だったあの老人を、裏で焚きつけたのは宰相閣下かもしれないのだ。


「俺はできることなら、おまえにクリアのそばに居てもらいたいと思っているが……」

 それは、私も。

 こんな形で、クリア姫とお別れなんてしたくない。

 ただ、現実問題、宰相閣下が私を雇い入れる可能性はゼロに近く、もしも雇い入れると言われたなら、身の危険を感じてしまう。

「…………」

 空気の読めない殿下も、さすがにそれはわかったらしく、難しい顔で口を閉じたまま。


 沈黙が、リビングに落ちた時。

 ゴホン、と咳払いの音が聞こえた。

 振り返ると、そこに背の高い若者が立っていた。

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