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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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229 意味深な忠告

 どうやら長椅子の上で寝ていたらしい。

 むくりと起き上がった人影は、「ううーん」と唸ってのびをした。それから、ふと気づいたように顔を上げ、「あれ、君。エルちゃん?」

 ちょっと赤い顔をした国王陛下だった。できれば、馴れ馴れしく呼ばないでいただきたいのだが。


 ニルスが驚いた顔で、「陛下? まだ居たんですか?」と、聞きようによってはかなり失礼なセリフを口にする。

 王様も微妙な表情を浮かべて、「うん、居た。君はえっと、ノリスくんだっけ?」

「ニルスです。……あの、ごめんなさい。もうお帰りになったのかと思っていたので……」

 ようやく失言に気づいたらしく、バツが悪そうに下を向くニルス。


「いや、別にいいよ。それより、お姉さん元気? アイシェルちゃん、だっけ」

「はい。おかげさまで、姉は元気ですが……。ごあいさつしませんでしたか?」

 ニルスの返事に、王様は大げさに顔をしかめて見せた。

「なんだ、やっぱり居るんじゃん。『所要で出ている』とか、カイヤの嘘つき」

 カイヤ殿下が、そんな嘘をついてまであの美人をこのおっさんに会わせまいとした理由は、聞かなくてもわかる。


「その殿下はどちらに?」

 姿が見えなかったので尋ねてみると、

「さあ? その辺に居るんじゃないかな」という適当な返事。「君はどうしたの? こんな夜中に、私に会いに来てくれた?」

「水を飲みに来ただけです、お邪魔は致しません、すぐに失礼しますので」

 可能な限りの早口で答え、私はその場から立ち去ろうとした――が、「待って待って」と呼び止められてしまった。

「ちょうどいいや。君に聞きたいことがあって」

「……なんでしょうか」

 私はさりげなく後ずさった。

「そんなに警戒しなくても」と不満げにつぶやいてから、王様は言った。「きのうの火事のことだよ。どんな状況で火が出たのかな、と思ってさ」

 そんなの、わざわざ私に聞かなくたって。

「誰か、他の方からお聞きになってないんですか?」

 たとえばカイヤ殿下とか、クリア姫とか。


「そうしたかったんだけどさ。クリアちゃんがショック受けてるから後にしろって、カイヤに言われちゃって。くわしいことは後日報告するって言うんだけど、それだと本当のことはわからないし、隠したいことがあったら隠されちゃうでしょ?」

「…………?」

 隠したいことって何だ。殿下があの火事のことで、王様に何を隠すと?


「あの、そのお話は……。できれば、殿下の居る所で……」

 ニルスが小声で言いかけた時。

「何をやっている」

と声がした。

 見ればリビングの入口に、噂のカイヤ殿下が立っていた。

「あれ、カイヤ。どこ行ってたの?」

「親父殿を置いたままどこかに行けるものか。……早く支度しろ。城から迎えが来たぞ」

「ええー、もう来ちゃったんだ。まだ眠いのに」

「だから酒はやめておけ、と言っただろう」

 王様はお酒を飲んで寝ていたらしく、長椅子の前のテーブルに、使用済のワイングラスがひとつ。……いや、ふたつ。


「いいじゃん、たまには」と言いながら、王様はあくびをひとつ。「……面倒だなあ。やっぱり今夜はここに泊まっていこうかな……」

 勝手なことをほざいているが、カイヤ殿下は「親父殿を泊める部屋などない」ときっぱり。

「別に、私は客間じゃなくてもいいよ?」

「廊下だろうと、物置だろうと、納屋だろうと、断る」

「じゃあ、おまえの寝室は? たまには一緒に寝る?」

 殿下が絶句した。


 私は無言で台所に向かうと、水瓶の水を柄杓ひしゃくで汲んで、王様めがけて振りかぶった。このふざけた酔っ払い、水でもかければ少しは目が覚めるだろうから。

 王様より早くそれに気づいたニルスが、「い、いけません」と両手を広げた。

「落ち着け、エル・ジェイド」

 殿下にまで止められてしまっては仕方ない。私は素直に柄杓を下ろした。


「えっと、やっぱり帰ろうかな」

 王様はそそくさと立ち上がり、リビングの出口へ――カイヤ殿下が立っている方へと向かう。そしてすれ違いざまに、こう言った。

「クリアちゃんのこと、次に会う時までにちゃんと考えておいてね?」

 さっと殿下のまなざしが陰った、気がした。

「……言われなくてもわかっている」

「そう? ならいいけど」

 王様はくるりとこちらを向いて、「君も。身の振り方とか、考えておいた方がいいと思うよ?」

 は? 何のことだ。

「余計なことを言うな」

 カイヤ殿下がにらむ。「親父殿には、全く関係のない話だ」

 はいはい、と王様は出て行った。

 カイヤ殿下がついていく。見送り――じゃないな。王様がちゃんとお屋敷から出て行くのを見届けるつもりなんだと思う。


 やがて玄関の方から、2人の声がした。

「楽しかったよ、坊や。また誘ってね」

「あいにく、2度とごめんだ」

「またまたあ」

というふざけた声に続いて、扉が開閉する音。

 一瞬、馬のいななきが聞こえた。さっき、「城から迎えが来た」と殿下が言っていたから、多分馬車でも来てるんだろうな。


 ややあって、1人分の足音がこっちに戻ってきた。

 私は廊下に顔を出した。

 戻ってきたのはもちろん、カイヤ殿下だった。全身から疲労感を漂わせている。

 ニルスも車椅子を操り、近づいてきた。

「国王陛下はお帰りになられましたか?」

「ああ、帰った」

 殿下は私とニルスを順に見て、「おまえたち、あの男と何を話していた?」

 私たちは一瞬、顔を見合わせた。

「僕は、特に何も……。ごあいさつくらいで……」

と答えるニルス。

「私は、きのうの火事のことを教えてくれって言われました。それで、他の人から聞いてないんですか、とか言ってるうちに殿下が戻ってこられて」

「……そうか」

 殿下、また考え込んでる。何か気がかりなことでもあるのかな?


「あの、クリア姫のこと、って何ですか?」

 さっき王様が言っていた。次に会う時までに考えておいてね、って。

「それは……、立ち話というのも何だな」

 殿下は対面キッチンの方を目で指した。「向こうで話すか。疲れているようなら、明日にするが」

「いえ、だいじょうぶです。むしろずっと寝てたせいか、目が冴えちゃって」


「あ、じゃあ……、僕はそろそろ……」

 ニルスが遠慮がちに口を挟む。

 そろそろ休ませてもらいます、っていうのかと思ったら、「書庫に居るので、何かあったら声をかけてください」だって。

 間もなく日付も変わろうかという時刻である。カイヤ殿下も少し驚いた顔で、「まだ作業していたのか?」とニルスを見る。

「はい。資料がひとつ、どこかにまぎれちゃって、それを探して……」

「そうか。あまり無理はするなよ」

「はい、すみません。……それじゃ、失礼します」

 ニルスは小さく会釈すると、車椅子を操り、廊下を去っていった。

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