22 魔女の憩い亭にて1
数日ぶりに訪れる「魔女の憩い亭」は、以前来た時と変わらず都会的でにぎやかだった。
ちょうど夕食の時間だからだろう。ほとんどのテーブルが埋まっている。仲の良さそうな家族連れや、1日の仕事を終えた労働者たち。誰もが、つかの間の憩いを楽しんでいる。
職安のカウンターはまだひらいていたが、順番待ちの席はほとんど空になっていた。
「エル・ジェイドさん」
中で書き物をしていたセドニスがこちらに気づき、「仕事をお探しですか?」と声をかけてきた。
「本日分の整理券は既に掃けておりますので、ご希望の場合は明日の朝一になりますが……」
私は彼の差し出す整理券を受け取った。
受け取ってから、事情を説明する。「実は……前にここで聞いた仕事のことで、カイヤ殿下と待ち合わせていて……」
「そうでしたか。では、おかけになってお待ちください」と言われて、私はがらがらの待合席に向かった。
にぎやかな店内で、ここだけが静かだ。
疲れもあってか、頭がぼうっとしてくる。思えば、ベリーハードな数日間だった……。
「失礼」
ハッと顔を上げると、前にも見かけた覚えのある年配のウエイターが、銀のトレイにグラスを乗せて立っていた。
グラスの中には、紅茶色の液体が揺れている。
「よろしければどうぞ。疲れがとれますよ」
「これは……」
「ノン・アルコールのホットカクテルです。当店からのサービスですよ」
「……いいんですか?」
ウエイターはにっこりうなずいた。
「ありがとうございます」
私はグラスを受け取った。ごゆっくりどうぞと頭を下げて、ウエイターは立ち去っていく。
紅茶色の液体は、口に含むとほのかにオレンジの香りがした。
優しい甘さに、疲れが癒やされていく――。
ぐう、と私のお腹が鳴った。
おいしいカクテルで温められたことで、胃袋が目覚めてしまったようだ。
余計な出費は痛いが、何か料理を頼むべきか。
カイヤ殿下が来たらまた奢ってくれるかもしれないけど、それをアテにして待っているというのは、あまりにもいじましい。
所持金とメニュー表を確認。……あきらめよう、と小さく首を振る。
「暇そうですね」
通りすがりに声をかけてきたのはセドニスだった。大きな木製のお盆を持っている。
お盆の上には、肉、魚、野菜、煮物に焼き物、スープにサラダにパン……と豪華な料理がてんこもりだ。フルーツやケーキまで乗っかっている。思わず凝視していると、
「これはオーナーのお食事です。今からお届けするところですよ」
ああ、そうだよね。
この人が私に奢ってくれるわけない。そんな義理ないし。
「……そう恨めしげな目つきをされても困るのですが」
そんな目した? そっちの気のせいじゃない?
ああ、でも。本当にお腹すいた。すいたと思ったら、もう食べ物のことしか考えられなくなってきた……。
ぐるぐると胃袋を鳴らしつつ、じっと無言で見つめる若い娘。
ちょっとしたホラーのような状況に、セドニスは根負けしたらしい。軽く天井を仰いで、「店員の賄いでよければ、召し上がりますか」と聞いてきた。
私は自分の耳が信じられず、「そんな……いいんですか?」と聞き返す。
「早く来てください。今更遠慮されても面倒なので」
投げやりかつ不本意そうに言って、セドニスは私を奥の厨房まで案内してくれた。




