227 お屋敷の住人たち1
1人で寝ていたら、またアイシェルが姿を見せた。
大きな袋を抱えているので何かと思えば、そこには着替えや細々とした身の回りの物が入っていた。
今日の昼間、わざわざ買いに行ってくれたのだという。着の身着のまま焼け出された私には、この上なくありがたい品々だった。
「他にも必要な物があったら、遠慮なく言ってくださいね」
アイシェルはあまり長居せずに出て行った。
やはり私の体調を気遣ってくれているのだろう。クリア姫にも心配されたし、今夜はゆっくり休むことにしよう。
そう決めて、また横になったはいいのだが。
まるで眠気が訪れなかった。
考えてみれば、当たり前の話だ。真夜中に執務室で倒れ、目覚めたのが夕方。少なく見積もっても、14~5時間は寝ていたことになるのだから。
しかし、意識のある状態で横になっていると、あの火事のこと――ごうごうと燃えさかる炎や、煙に囲まれた時の恐怖が取りとめなく頭を巡って、少々つらかった。
何かで気を紛らわせたい。本を読むとか、人としゃべるとか。
置き時計の針は11時を差している。この時間なら、まだ起きている人が居るかもしれないが――。
眠れないので話し相手になってください、なんて言えるほど、気安い相手は思い浮かばなかった。
ここには本もない。わずかな私物は、あの火事の中できっと失われてしまったはずだ。
ものすごく大事な物は持っていなかったけど……ああ、でも。
まだ王都に来たばかりの頃、クロサイト様にサインしてもらった本。もとは警官隊のカメオが差し入れてくれた、あの本も燃えてしまったんだな……。
カチコチ、カチコチ。
時計の音が、やけに耳につく。
喉が渇いていた。どうしてこんなに、と思うくらい水がほしい。
喉の奥がひりひりして、その感覚がまた、あの火事の記憶を呼び起こす。
煙に巻かれて、息が苦しくて、喉が痛くて――。
私はむくりと起き上がり、部屋の中を見回した。
――暗い。
光源は、サイドテーブルに置かれた淡いランプの明かりのみ。
窓際に、花瓶がひとつ。白いアイリスの花が一輪、活けてある。
その花瓶の水にさえ渇きを刺激されて、これはまずいと私は思った。
花瓶の水を一気飲み、なんて非常識な真似をする前に、台所に行って、水だけもらってこよう。
勝手知ったる家ではないが、台所なんて、だいたい決まった場所にあるものだ。
ベッドから下り、何か羽織るものはないかと探す。さすがにパジャマのまま、よそさまのお宅を歩き回れない。
さっき、アイシェルが持ってきてくれた着替え。備え付けのクローゼットに全部入れていってくれた。
開けてみると、ちょうど目の前にぶら下がっているハンガーに、白いタオル地のガウンが1着かけてあった。その下に、花柄のスリッパが一足。
いいものが見つかった。
パジャマの上にガウンを羽織り、スリッパをつっかける。
部屋を出る前、一応、鏡の前で顔のチェックもした。
寝起きでちょっと疲れた顔だが、許容範囲だと思っておく。ばさついた髪は軽く梳いてから、アイシェルの持ってきてくれた髪留めでまとめた。
――よし、行こう。
ドアの前に立った時、今更のようにどきどきした。
別に、台所に水を飲みに行くだけ。とはいえ、知らないお屋敷の中を歩き回るのだ。ちょっといけないことでもしているような、ささやかな冒険気分だった。
音をたてないよう、細心の注意を払い、私はドアを開けた。