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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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226 情報の対価

「さっきも思ったんですけど、なんで国王陛下がここに居るんですか?」

「それは……」

 私の疑問に、困った顔で口ごもるクリア姫。一方のダンビュラは、「殿下がお人よしだからだろ」とそっけなく言った。

「どういう意味ですか?」

「だから、礼の代わりだよ」

 礼? と首をかしげていたら、クリア姫が教えてくれた。

「カイヤ兄様は、父様と約束したのだ」

 クリア姫の暮らす庭園から、王様の執務室へと続く通路。その場所を教えた対価として、自分の屋敷に父親を招待する、と。


 言い出したのは王様だそうだ。

 どうも、王様はカイヤ殿下が今の場所に住み始めてからずっと、出入り禁止の扱いを受けていたらしく。

「1度くらいは招待してほしいなあ」とリクエストされて、殿下は嫌々ながら承知した。


「どうせ、あの親父には一生分の貸しがあるんだ。多少の借りなんざ、踏み倒しちまえばいいのによ」

 律儀に礼なんぞして、とダンビュラは毒づいている。

 そういや、執務室で気を失う直前、「礼はする」って言ってた気がするな。


「…………」

 クリア姫は何だか申し訳なさそうにしている。

 もともとカイヤ殿下は、妹を助けるためにその情報を王様から聞き出したのだ。多分、自分にも責任がある、とか思ってるんじゃないかな。

 しかし、実際に命拾いをすることになったのは私なのだから、取るべき責任もまた私にあるのではないだろうか。


 カイヤ殿下のお屋敷に王様を招く。

 その条件は、情報の対価として、果たして釣り合っているのか、いないのか。

 常識的に考えれば、「国王の執務室に続く抜け道の場所」という情報の対価が、その程度でいいのか? という気もするけど……。

 いや、違う。問題はそこじゃない。

 私のせいで、殿下が条件を呑まざるを得なくなったこと、それ自体が問題なのだ。


「クソ親父の話はもういいだろ」

 ダンビュラがうんざりした顔で言う。

「それより、冷めねえうちに食ったらどうだ? 殿下の飯はうまいぞ」

 自分も肉の煮込みがひとつ食いたいと言い、クリア姫に取り分けてもらっている。

 もう少しくわしい経緯を聞きたい気もしたが、仕方ない。

 せっかく用意してくれたし、お腹すいたし。


 クリア姫と一緒にお夕飯。煮込み料理も気になったけど、まずは雑炊の方から口にする。

「あったかい……」

 体の芯から温まって、心までポカポカする。

「殿下のお料理って、確か離宮のメイドさんたちに習ったんですよね?」

 だからこんなに家庭的でホッとする味なのだ。

「うむ、そうだ」

 自分も煮込み料理を味わいながら、うなずくクリア姫。


 王妃様の離宮、殿下とクリア姫も昔住んでいた離宮は、ノコギリ山のふもとにひっそりと建てられている。

 近くにある人里は、小さな村がひとつだけ。離宮で働くメイドは、そのほとんどが村で雇われた主婦たちだった。


「兄様は、その、退屈だったのかもしれない」

 そこは訪れる人もなく、のどかな場所で。

 隠居した老人ならばともかく、当時10代の少年だった殿下にとって、刺激的な場所とは言い難かった。

 王妃様のメイド長だった女性から学問を学び、剣の稽古も続けてはいたが、やはり田舎で学べることには限りがある。


「時間を無駄にしたくない」

と殿下は考えた。

 そこで自分の身近に居る人間から、学べることは全て学ぼうと思い立った。

 当時、殿下の身近に居たのは、前述のように隣村の主婦たちである。

 殿下は彼女たちから料理だけでなく、掃除や洗濯のコツ、縫い物やつくろい物、とにかく家事全般を習った。


「メイドたちからは、料理も掃除も免許皆伝だとほめてもらった」

「……すごいですね」

と私は言った。

 本心である。どんな環境でも、やれることをやる。そういう前向きさは賞賛に値する。

 ただ、「前向き」にも限度があると思う。

 王族が家事の「免許皆伝」になったからって、いったい何の役に立つんだろう。……今こうして役に立っているのかもしれないけど、殿下の立場なら、普通に人を雇えばいいだけだよね?


「まさか、このお屋敷の家事は、殿下が自分でやっているとか……?」

 おそるおそる尋ねると、

「さすがにそれはない」

とクリア姫は首を振った。「兄様はおいそがしいから」

「ですよね」

 仮にも「お屋敷」だ。そこそこの数の使用人が居るはずである。


「……そんなに多くは居ない。この屋敷に住んでいるのは、兄様を入れても5人だけだ」

 それは少ない。護衛1人にメイド1人の妹姫よりはマシかもしれないが、救国の英雄にして第二王位継承者のお屋敷とは思えない。

 私が昔、耳にした噂では、第二王子殿下はキラキラの御殿に美女や美形をはべらせて暮らしているとか言われてたのに。

 ……ああ、でも。さっき、美女なら1人見たな。

 殿下を入れて5人。ってことは、あのアイシェルという女性の他に、顔をあわせていない人間があと3人居ることになる。


「エルが元気になったらあいさつしたい、と言っていた」

 他の住人が姿を見せないのは、私がゆっくり休めるようにと気を遣ってくれたためだったらしい。

「そうですね。私もきちんとごあいさつしたいです」

 成り行きとはいえ、こうしてお世話になっているのだ。できるだけ早くそうしたいと思う。

「あいさつなんて明日でもできるだろ」

 ダンビュラがあきれ顔をする。「今日は寝とけよ。あんた、まだ顔色が悪いぜ?」

 そうなのだろうか。別に、気分は悪くないのだけど。

「ダンの言う通りだと思う」

 クリア姫も真摯な表情を浮かべて、「どうか、ゆっくり休んでほしい」と言った。

 せっかくのお心遣いだし、私は素直に聞くことにした。


「私とダンは隣の部屋に居る。何かあったら声をかけてくれ」

 夕食の後、ほぼ空になった台車を押しながら廊下に出て行く姫君の姿を見送って、私はベッドに横になった。

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