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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
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225 火事の夜

 天をも焦がすような炎がどうにか消えたのは、東の空がようよう白み始めた頃だったそうだ。

 幸い、王宮への延焼はまぬがれた。それは城の兵士たちが夜通し鎮火にあたってくれたおかげだと、クリア姫は言った。


 もちろん彼女は現場に居たわけではない。

 兄2人が火事の様子を見に行ってしまったので、クリア姫はお城の一角にあるハウライト殿下の執務室に移動し、ダンビュラと共に2人が戻るのを待った。

 仮眠をとるよう言われたものの、とても眠る気にはなれず――。それでも気がつけばうとうとしてしまったと、少しすまなそうな顔をする。


「えっと、私はどこに居たんでしょうか?」

 今の話の中には出てこなかった。確か、王様の執務室で倒れたんだよね?

「ああ、すまない。エルも一緒に居たのだ」


 クリア姫のお話によれば、私は何の前触れもなく、いきなりぶっ倒れたそうだ。

 ホッとして気が抜けたから? それにしても、少しくらい前後の記憶があってもよさそうなのに。

「俺の毛皮で受け止めてやったんだぜ。感謝しろよ」

 ダンビュラが恩着せがましく言う。

「ちょうどダンが後ろに居たのだ。おかげでケガもなくてよかった」

 クリア姫が笑う。

 つまり、意図的に助けてくれたわけじゃなくて、偶然そうなったというだけなんだな。


 それでも一応助けてもらったわけだから、「どうも、お世話様でした」とお礼を言っておく。

 あまり感謝されているようには聞こえなかったらしく、ダンビュラはいつもの憎まれ口を叩いた。

「真っ青で死体みたいだったぜ。殿下が心配してた」


 カイヤ殿下はすぐに医者を呼んでくれたそうだ。しかも、王宮御用達の侍医を。

 メイドの身には余る厚遇に、感謝より申し訳なさが先に立つ。


「そういやその時、アクアが来たんだよな」

 ふと思い出した、という風につぶやくダンビュラ。

「え。……アクア・リマですか?」

 王様の愛妾で、ルチル姫とフローラ姫の母親の。

「他にアクアが居るかよ。旦那が夜中に出てったきり戻らないんで、様子を見に来たらしいぜ」

 彼女も火事の騒ぎには気づいただろうし、様子を見に来たとしても別におかしくはない。


 ただ、今の発言には、気になる点がふたつ。

 ひとつは「旦那」という言い方。もうひとつは、「夜中に出て行った」ということ。

 王様とアクア・リマは、同じ寝室を使っているんだろうか。気のせいでなければ、クリア姫がちょっと微妙な表情を浮かべている。


 現れたアクアは、状況を一瞥いちべつし。

 そこに集まった顔ぶれを見て、「あら、珍しい。きょうだい勢ぞろいね」と言ったそうだ。

 きょうだいとは、ハウライト殿下とカイヤ殿下、それにクリア姫のことだろうけど。


「3人がそろうのって、そんなに珍しいんですか?」

「っていうより、親父の部屋に集まってることが、だろ」


 王妃様の子供たちが、そろって国王陛下の部屋に居る。

 それは王の愛妾で、自分の娘を次代の王に――と願う彼女にとってみれば、あまりおもしろくない光景だったのかもしれない。


「みんなで何をしていたの?」

とアクアは尋ねた。

 ちなみにその時、何をしていたかといえば、倒れた私を執務室の長椅子に寝かせ、医者を呼んで診てもらっているところだったそうで。


 メイド1人のために侍医を呼び寄せ、国王の執務室で診察させる。

 ……実に珍妙な光景じゃなかろうか。アクアじゃなくても、誰でも、変に思いそうだ。


 カイヤ殿下は悪びれもせず、「見ての通りだ」と答えた。

「見てもわからなかったから聞いたんだけどね」

とアクアは肩をすくめ、ダンビュラいわく、「嫌味なセリフをいくつか残して」去っていった。具体的な嫌味の中身は教えてくれなかったが、私も別に聞きたいとは思わなかった。


 ただ、その嫌味によってクリア姫たちは、「ひとまず場所を変えよう」ということにしたらしい。

「ここで休めばいいのに」

と、空気を読まない発言をかます王様を置いて、クリア姫をハウライト殿下の執務室で待たせて、兄2人は火災の様子を見に行って――そのついでに、気を失ったままの私を、執務室まで運んでくれた。


「ええええ……」

 私は思いっきり恐縮した。

 重ね重ね申し訳なくて、何と言えばいいのやら、だ。

「運んだのは俺だからな」

「あ、そうなんですか?」

 山猫もどきの柔らかそうな毛皮に乗せられて移動する自分を想像。ちょっと気が抜けた。

「なんだよ。殿下が抱っこして運んだとでも思ったのか?」

「……違いますよ」

 否定しつつも、頬が熱くなる。


 庭園の火災がおさまった後は、城の兵士たちによる現場検証が行われた。

 その場には国王陛下をはじめとして、お城の重鎮がそろって立ち合った。

 それも当然の話で、お城のど真ん中で、あんな火事が起きたのだ。もしも放火とかなら、大事件である。

 原因がわかるまで、詳細は国民に伏せておくそうだけど。

 真夜中に、お城の一角が赤く燃え上がる様子は、城下からも見えただろう。きっと大騒ぎになったはずだ。


 現場検証は今も続けられているという。

 ただ、クリア姫をいつまでも執務室で待たせておくわけにもいかず、私がなかなか目を覚まさないというのもあって。

 カイヤ殿下は後の始末を兄殿下に任せ、一旦、城を出て、自分の屋敷に戻ってきた。

 それが、今日の昼頃のこと。


「何かわかったら、兄上から知らせが来ることになっている」

 カイヤ殿下が戻ってきた。

 ガラガラと台車を押している。その上には、1人分にしては量が多い食事が乗っていた。

「俺とクリアの分も持ってきた。話が続いているなら、ここで食事にしようと思ってな」

 台車の上には、取り皿やパンの乗ったお皿、水差しやグラス等。

 それから、お鍋が2つ。一方には肉と野菜の煮込み料理、もう一方には柔らかそうな雑炊が入っていた。卵の黄色や、鮮やかな緑の野菜が彩りよく散って、とてもおいしそうな――うん、これこれ。前にも作ってくれたやつだよね。


 皆で食事を囲もうとした時、コンコンと扉がノックされた。

 誰かが返事をする前に扉が開いて、またしてもひょっこりのぞいたのは王様の顔。

「なーんだ、ここに居たの? 誰も食堂に居ないから、どこ行ったのかと思った」

「入るなと言っただろう」

 殿下が近づいていく。王様の進路を塞ぐように立ちふさがり、「何の用だ」


「や、何って。私もご飯食べたいなー、って思ったんだけど?」

「親父殿の分なら、食堂に用意してある」

 殿下の答えに、王様はわざとらしく嘆いて見せた。

「えー、そんな、仲間外れなんてひどいよ。一緒に食べよう?」

「…………」

「ねえ、坊や? 約束したよね?」

「…………」

「私はお客さんだよ? ちゃんともてなさないとダメだよね?」

 王様は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、無言を続ける殿下の頭を気安くなでようとした。


 その手を振り払い、深くため息をついて、殿下が私たちの方を向く。

「……すまない。適当に食べていてくれ」

 そう言って、王様と一緒に部屋から出て行ってしまう。

 残されたのは、温かい料理と、とても微妙な沈黙――。

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