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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第十章 新米メイド、お屋敷で働く
225/410

224 目を覚ますと

 目を覚ますと、見知らぬ場所に居た。

 お金持ちが使うような立派な寝台で、染みひとつない清潔なシーツにくるまれて、私は眠っていたようだ。

 ぼやけた視界にうつるのは、けして広くはないが立派な部屋。

 毛足の長いカーペットに、異国情緒あふれるタペストリー。アンティークの家具や調度品が飾られている。


「…………?」

 なんだ、何が起きた。

 ついさっきまで、国王陛下の執務室に居たはずである。

 ハッと自分の体を確かめる。

 着ているのは、あの時と同じ、地味なパジャマ。ただ、結んでいたはずの髪はいつのまにかほどかれていた。


 周囲を見回す。

 右手にある窓からは、赤い夕日の光が差している。


 ――え? 今は夕方?


 どのくらい時間がたったんだろう。いや、それ以前に、ここはどこ?


 ひたすら混乱していると、ふいに部屋のドアが開いた。

 現れたのは、見知らぬ女性だった。

 ややウエーブのかかった艶のある黒髪、透明感のある白い肌、黒目がちの瞳はまつげが長く、小柄でほっそりした体つき。

 全体として、どこかはかない印象を受ける美女だった。

 年齢は多分、私とそう変わらない。同い年か、少し上くらい。

 服装も似通っている。飾りの少ない上品なメイド服で、私がいつも着ているお城の支給品と似ている。


 見知らぬ美女は、私が起きているのを見て、驚いたように瞳を見開いた。それからすぐに安堵の表情に変わって、

「よかった……。気がついたんですね」

 ゆっくりと、寝台に歩み寄ってくる。

 彼女がその手に持っているお盆の上には、青い陶製の器が乗っていた。

 香炉だろうか? 何だか良い香りがする。


「あ、これ。気持ちがリラックスするお香なんですよ。オジロさんが調合してくれて……」

 そう言って、香炉が乗ったお盆を寝台の脇のテーブルに置く。

 直後、ぴしりと姿勢を正し、

「ごあいさつが遅れました。私はアイシェル・ラズリアと申します。カイヤ・クォーツ殿下にお仕えしている者です」

 折り目正しく一礼。着ているものはメイド服なのに、まるで騎士か何かみたいな完璧なお辞儀だった。


 状況が理解できず、ただ彼女の姿を見つめるばかりだった私は、そこでようやく我に返った。

「え、っと……、あれ? 殿下の、ってことは、あの?」

 我に返っても、あまり意味のある言葉は出てこなかった。結局ここはどこで、自分はなぜここに居るのだろうか。

「落ち着いて。ここはカイヤ殿下のお屋敷です。あなたが気を失ったまま連れて来られてから、およそ半日ほどが経過していますね」

「……気を失って……?」

「ええ。国王陛下の執務室でお倒れになったそうですよ。覚えていませんか?」

 アイシェルと名乗った彼女は、少し心配そうに私の顔を見つめてきた。


「ええと……。ちょっと待ってください」

 必死で記憶をたどる。

 執務室に居たことは覚えている。カイヤ殿下に助けられて、燃える庭園から脱出し、抜け道を通っていったら国王陛下の執務室で、クリア姫やダンビュラとも再会して……。

 でも、その後がさっぱりだ。

「すみません。何も覚えてないです……」

 ついさっきまでお城に居て、ちょっと意識が途切れたと思ったら、この部屋で寝ていた。私の感覚ではそんな感じである。


 アイシェルは私の答えに、深くうなずいて見せた。

「無理もないですよ。大変な目にあわれたんでしょう。カイヤ殿下からは、九死に一生を得たとお聞きしています。無事、助かったとわかって、気が抜けてしまわれたんじゃないでしょうか……」

「…………」

 私は彼女の言葉を頭の中で反芻はんすうした。

 九死に一生、はちょっと大げさな気も……しないか。

 もしも殿下が来てくれなかったら、私はあの庭園で、18年という短い生涯を終えていたはずだ。

 あらためてぞっとする。とっさに自分の体を抱きしめる。


「……もうだいじょうぶですよ」

 アイシェルはそっと私の肩に手を置いて、姉が妹をいたわるような、とても優しい声をかけてくれた。

「本当は、もう少し休んでくださいと言うべきなんでしょうけど……。あなたが目を覚まされたこと、カイヤ殿下にお伝えしてもよろしいでしょうか。随分、心配なさっていたので」

 それにクリスタリア姫と、護衛のダンビュラ殿にも、と続ける。

「……ここに居るんですか? 姫様たち」

「はい。皆さん、いらっしゃいますよ」

 わかりましたと私はうなずいた。


 では、とアイシェルが部屋を出て行く。

 それから間もなく。バタバタとあわただしい足音が近づいてきた。

 と、しまった。

 せめて顔ぐらい、洗わせてもらうんだった。

 寝起きのくたびれた顔を、殿下や姫様に見せたくない――と思った時には遅く。乱れた髪を手櫛で整えているところに、クリア姫が飛び込んできた。

「エル!」

 私の名前を呼んで、寝台に駆け寄ってくる。その後から、一足遅れてダンビュラも姿を見せた。

「落ち着けよ、嬢ちゃん。死人が目を覚ましたわけじゃあるまいし……。まあ、ここに運ばれた時には、真っ青で死体みたいだったけどな」

 クリア姫は護衛の失礼なセリフも聞いておらず、ベッドの上に身を乗り出すようにして私の顔をのぞき込み、

「だいじょうぶか? 気分は悪くないか?」

「だいじょうぶですよ、姫様」

 ひとまず、気分は悪くない。

 さっきアイシェルは、私がここに運ばれてから半日くらいたっていると言った。

 それは言い替えれば、半日ぐっすり寝ていたってことだ。おかげで体力も回復したんだろう。頭は少しぼんやりするけど、体の方は異常なしである。


「エル・ジェイド」

 開いたままのドアから、今度はカイヤ殿下の顔がのぞいた。慌しくこちらに歩み寄ってくると、

「だいじょうぶか? 気分は悪くないか」

 妹とそっくり同じセリフを言っている。

 だいじょうぶですよとこちらも同じセリフを返しつつ、私はさりげなく胸元のシーツを引き上げた。

 火事の時にもパジャマ姿を見られているから、今更だけど。それでも、寝ているところを男の人に見られて、全く気にしないっていうのもちょっとね。


「それより、殿下。その格好――」

 第二王子殿下は、いつもの分厚い外套の代わりに、青いエプロンと三角巾を身につけていた。

「夕食を作っていた」

 なぜ。王子みずから。

「食欲はどうだ? あるなら持ってくるが」

 なんか、前にもこんなことがあったような……。少しばかり体調を崩して、昼寝して起きたら殿下が居て、手作りの雑炊を食べさせてくれた。あれ、おいしかったな……。


 回想にふけっていたら、胃袋の方も思い出したようだ。ぐーっと音をたてて食事を催促してきた。

「そうか、わかった」

 ちょ、わかったって何が。私、何も言ってませんけど!?

 お腹を押さえて赤面する私を置いて、殿下は開いたままのドアから出て行こうとした。


 と、その時。

 ドアの向こうに、ひょっこり別の顔がのぞいた。

 ベッドで寝ている私を見て、「ああ、気がついたんだ。よかったね」と笑いかけてくる。

 私はぎょっと身を引いた。

 そこに居たのは、記憶の上ではついさっき会ったばかりの国王陛下だったのである。

 ドアに向かいかけていたカイヤ殿下が、「若い娘の寝室に入ってくるな!」と、王様の体を部屋の外に押し戻す。……ついでに、自分も部屋から出ていってしまった。

「えー、おまえは入ってるじゃん。なんで私はダメなの?」

 不満げな王様の声を残し、バタンと閉まる扉。


「え……。なんで、国王陛下がここに?」

「…………」

 私の疑問に、クリア姫が困ったような、心配そうな、何とも複雑な表情を浮かべて見せる。

「あんたが寝てる間に色々あってな」

 ダンビュラは複雑というより、はっきりと嫌悪の表情を浮かべていた。「聞くか? 別におもしろくもねえ話だが」

「……ええ。それは、まあ」

 自分が寝ている間に、何があったのか。どういった経緯でここに来ることになったのか、知りたい。……一応、国王陛下のことも含めて。

「だとよ。話してやれや、嬢ちゃん」

 そう言って、部屋の隅にうずくまるダンビュラ。

 姫様に説明を押しつけるとは、なんて奴。

 しかしクリア姫は怒るでもなく、素直に話し始めた。


「まずは、あの火事のことだが――」

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