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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第九章 新米メイド、九死に一生を得る
223/410

222 再会

 通路は長かった。

 いや、長く感じただけだったのかもしれない。

 暗い通路を、ランプの明かりだけを頼りに、腰をかがめながら歩くという動作は思いのほかキツく、時間の感覚をも狂わせた。

 しかも直線じゃなくて、ぐねぐね曲がってるし。

 やがてようやく行き止まりになったかと思えば、目の前に木製のハシゴがぶら下がっていた。

 垂直な縦穴がのびている。ずっとずっと上の方から、わずかに光が差して――。


「この先は見ての通り、登りになるが」

 だいじょうぶか、と殿下が私を見る。

「…………」

 果ての見えない縦穴と、垂直のハシゴ。これを登るのは、女子にはちょっとつらい。

「無理なら無理と言え。何らかの対策を講じる」

 対策って何だろう。殿下が背負っていくの? それとも、ロープで吊って持ち上げるとか?


 私はハシゴに近づき、軽く揺すってみた。少し古びてはいるが、しっかりした造りだった。

「……行けると思います」

「本当か。無理はするなよ」

「だいじょうぶです。こういうの、初めてじゃないんで」

 私の答えに、殿下は驚いたみたいだった。

軽業かるわざの経験でもあるのか?」

「……いえ、そうではなく。故郷の村に、高い塔みたいな形の鐘つき堂がありまして。朝と夕方の2回、村の子供が時報代わりについてたんですよ。私もよくやりました」


 田舎の村では時計を持っていない人も多いので、時間を知らせるのは大事な役目だった。

 なぜ子供がやるのか。それは鐘つき堂の通路が狭く、大人は入れないからだ。……あと、鐘つき堂の管理をしていた司祭様が子供好きで、よくお駄賃をくれたから、というのも理由である。


「あ、でも。ランプ、どうしましょう?」

 持ったまま登るのは無理。でも、明かりがなければ何も見えなくなって、やっぱりハシゴを登るのは無理だと思う。

「貸せ」

 殿下が手を出してくる。

 言う通りに差し出すと、殿下はランプの持ち手の部分についている金具を自分の腰のベルトに引っかけ、先にハシゴを登り始めた。「ついてこい」


 急ぎ、ハシゴに駆け寄り、殿下の後を追いかけようとして。

 私は気づいた。殿下から借りた外套。当然サイズが合っていない。普通に歩く分には問題ないが、垂直なハシゴを登るのにはちょっと邪魔だ。

「どうした?」

「すみません、少し待ってください」

 私はすばやく外套のボタンを外し、1番上のボタンだけを止めて、長い外套をマントのように肩にかけた。

「お待たせしました。今行きます」

 殿下の後からハシゴを登っていくと、ちょうどランプの明かりが頭上から降ってきて、手元がよく見えた。


 縦穴もまた長かった。普通の建物の3階、いや5階分くらい登った気がするのに、まだ出口が見えてこない。

 これは故郷の鐘つき堂より断然高い。息が切れ、手足も重くなってきたけど、ここで休憩するわけにはいかないし。

 がんばれ自分、と鼓舞しつつ、私は一段一段、ハシゴを踏みしめていった。


 それからさらに、2階分くらいは登っただろうか。

 縦穴の中が明るくなってきた。

 頭上から差し込む光。縦穴の途中にぽっかり開いた穴から漏れているようだ。

「出口?」

「ああ、そうだ」

 カイヤ殿下がその穴に入っていくのを見て、私も後に続いた。


 短い横穴を抜け、たどりついた先は――。


 メチャクチャ豪華な、広い部屋であった。

 足が沈むくらいふかふかのじゅうたん、高い天井。立派なシャンデリアが室内を照らし、そこら中に飾られた絵画や彫刻、宝剣や儀礼用の鎧なんかが、その光を反射している。

 部屋の真ん中にでん、と座しているのは黒壇の机。

 大の男が数人がかりでも持ち上げられそうにない重厚な机の上には、書簡や書類の束が山積みになっている。

 誰か、すごく偉い人の執務室。

 私はそう思った。そして、その想像はどうやら間違ってはいなかったようで。

「やあ、だいじょうぶ?」

 穴から抜け出し、床に這いつくばったままの私に手を貸して立ち上がらせてくれたのは、この国で1番偉い人だった。

 つまり、ファーデン国王陛下だ。


「え、あれ……、ここって?」

「私の執務室だよ」

 国王陛下は、なぜか機嫌よくにこにこしていた。

 やはり寝ていたところを火事の騒ぎで起こされたのか、大柄な体に、ゆったりしたガウンをまとっている。戸惑う私を見て目を細め、

「あれ。君が羽織ってるコート、カイヤのだよね。その下に着てるの、もしかしてパジャマ?」

 いやあ、眼福だなあと破顔する。

「…………」

 私は無言で外套の前をかきあわせた。

 このおっさん、いちいちセクハラしないと気がすまないのか。

 しかも、この状況でふざけるって、どういう神経だ。

 国王陛下の背中側では、カイヤ殿下とクリア姫が、今まさに感動の再会を果たしているところだというのに。


「にいさま……。よかった、よかった……」

 泣きながらしがみつくクリア姫を、何も言わずに抱きしめるカイヤ殿下。

 2人のそばには、ちょっとすすで汚れて、毛先の焦げたダンビュラも居た。

 私の視線に気づくと、のしのしと大股で近づいてくる。

「よう、無事だったんだな。何よりだ」

「ダンビュラさんも。ちゃんと姫様を安全な場所まで運んでくれたんですね」

「当ったり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ?」

 王国一有能な護衛だぜ、と息巻くダンビュラに、私は「本当ですね」と笑って見せた。

 共に死地をくぐり抜けたからか。口の悪い山猫もどきに対して、戦友と再会したかのような親しみを感じていた。


 その時、執務室のドアがガチャリと音を立てて開いた。

 姿を現したのは、ハウライト殿下だった。こんな時間でも、彼だけはきっちり正装している。

「カイヤ、戻ったのか」

 カツカツカツと、足音も高く歩み寄ってくる。

「兄上」

「…………」

 ハウライト殿下はじっ、と厳しいまなざしで弟の顔を見下ろし、

「ケガは、ないようだな。よかった」

 無事を喜ぶ、しかしその表情に安堵の色はなく、むしろ強張っている。


「兄上、火はどうなった? どうにかおさまりそうか?」

「総出で鎮火にあたっている。これ以上燃え広がることはないと思うが……」

「そうか、わかった」

 カイヤ殿下はひとつうなずくとクリア姫を放し、「俺も手伝いに行ってくる。人手は多い方がいいだろうからな」

 そう言って、すぐにも部屋から飛び出していこうとする。

「兄様――!」

 クリア姫が止めようとしたが、それより早く。

 ハウライト殿下の手が、わし、と弟の肩をつかんだ。

「おまえはそんなことをしなくていい。……少しはじっとしていられないのか」

 その声は震えている。多分、怒りで。こらえようにもこらえきれないって感じだった。

「抜け道の件もそうだ。もう少し待っていれば、ダンビュラがクリアを無事連れてきたものを……」

 ダンビュラと共に庭園を脱出したクリア姫と、その妹を助けに抜け道に向かったカイヤ殿下とは、どうやら行き違いになっていた、ということらしい。


「もう少し待っていたら間に合わなかった」

 カイヤ殿下は若干不満そうな顔で、「エル・ジェイドは危うく煙に巻かれるところだった」と言った。

 そこでようやく、ハウライト殿下が私の方を見た。

「君は……、君も無事だったのだな。何よりだ」

 とってつけたようなセリフ。

 メイドの存在なんて、すっかり忘れてましたか、そうですか。


 ま、仕方ない。あの燃えさかる業火を、ハウライト殿下も見たんだろうし。

 そこに居るはずの妹のことを。

 あるいは、安全な抜け道を通ってとはいえ、火事の真っ只中に飛び込んでいってしまった弟のことを、心配するのは当然だ。

 赤の他人の心配までしていられないよね。正直、微妙な心境ではあるけど、そこは許そう。


「いやあ、本当に。みんな無事でよかったねえ」

 1人お気楽な、かつ空気を読まない王様が、「これもみんな私のおかげだよね?」と言って、同意を求めるように周囲の人々を見回した。


 私のおかげって、どういう意味だ?

 ハウライト殿下もカイヤ殿下も返事をしない。何とも複雑な顔で王様を見返しているだけだ。

 2人の代わりに、毒づいたのはダンビュラだった。

「あんたは何もしてねえだろ」

「えー、そうかなあ? 私が抜け道の場所を教えてあげなかったら、少なくとも全員は助かってないと思うけど?」

 そして意味ありげに私と、カイヤ殿下の顔を見比べる。

「だよね? カイヤ」

「それは……、その点は確かに感謝するが……」

「うん。だったら、お礼くらい言おう?」

「…………」

 カイヤ殿下は大変不本意そうではあったが、仕方なさそうに頭を下げた。

「助かった。礼を言う」

 王様は子供みたいに口を尖らせて、「えー、それじゃ全然お礼っぽくないよー」と駄々をこねて見せた。


 大の大人が、んなことしたら気持ち悪いぞと私は思ったが、それを口に出すことはできなかった。

 このおっさんが抜け道の場所を教えた……ってことは、つまり、私にとっては命の恩人ということになるわけで。

 ……悪夢だ。


「恩着せがましく言うんじゃねえよ」

 再度、ダンビュラが毒づく。「そもそも、あんたが抜け道の場所をもっと早くに教えておいてくれたら、俺の自慢の毛皮が焦げることもなかったんだからな」

 ――そう、そう、そうだ!

 あらかじめ教えておいてくれたら、ダンビュラの毛皮はともかくとして、クリア姫が危険な目にあうこともなく、もっと簡単に逃げられたはず。

「えー、それは内緒にしてて悪かったけどさあ」

 王様は、私とカイヤ殿下が通ってきた横穴を指さし、「国王の執務室直通の抜け道だよ? やっぱりそう簡単に教えられないでしょ」


 立派な執務室の壁に、忽然と黒い穴が開いている光景は、どこかシュールだった。

「私はいつもここで仕事してるしさ。暗殺者とか送りつけられたら、ひとたまりもないし」

「そんな姑息な手段は使わない。首をとるなら直接狙う」

 実の父親に暗殺者を送りつけるような真似はしないと、そんな常識的な反論をするカイヤ殿下ではなかった。

「それに、背後から狙われるのが不安だというなら、こちら側の出口をさっさとふさいでしまえばいいだけの話――」

 殿下のセリフに、王様はわざとらしく片方の眉を持ち上げて見せた。

「あれえ? ふさいじゃってよかったの? そしたら、エルちゃん助けるの、間に合ってなかったと思うけど」

 ぐっとカイヤ殿下がつまった。

 王様は満面の笑みを浮かべて、

「ね? 今回はパパ、役に立ったでしょ? おまえのお友達の命を助けたんだから、もっと感謝しなきゃ」

「だから、感謝はすると……」

「その言い方じゃだめー。『パパ、ありがとう』って言って?」

「……は?」

「だから、『パパ、ありがとう』。ついでにぎゅっとしてね。さっきクリアちゃんにしたみたいに」

 さあおいで、と両手を広げて見せる。

「!」

 弾かれたように飛びのくカイヤ殿下。そのまま、じりじりと後ずさる。逆におもしろがって、じりじり前に出る王様。

「とうさま……」

「父上、おたわむれはおやめください」

 娘と息子がそれぞれ制止しようとするが、王様は聞いちゃいなかった。にこにこと、心底楽しげに、逃げる息子を追いつめようとする。


 さすがに黙って見ているわけにもいかず、私は2人の間に割って入った。

「おやめください、国王陛下」

 王様は邪魔をされて、ちょっと興が冷めたみたい。

「あー、うん。君は下がっててね?」

「そうは参りません。お2人のおかげで助かったのは、私の命でございます」

 そう、2人のおかげで、だ。王様1人のおかげ、ではない。

 抜け道のことを教えてくれたのは王様だとしても、殿下が助けに来てくれなかったら、私は煙に巻かれて死んでいたのだから。


「えーと、何? 君が代わりにぎゅっとしてくれるの?」

 例によってのセクハラ発言に、ついげんこつが前に出そうになったが、こらえた。

「……お望みとあらば」

「エル・ジェイド。馬鹿なことを言うな」

 私の後ろで、殿下が声を上げる。

 王様も若干、引いたみたいだった。

「……冗談だよ。嫌がる女の子にそんなことしたら、私、ただの変態になっちゃうし」

「お言葉ですが、嫌がる息子に『そんなこと』をする方が、ある意味ではより変態的です」

「君は本当にはっきり物を言うね……。うっかり惚れそうだよ」

 ぽりぽりと頭をかきながら、王様はおとなしく引き下がって……はくれなかった。

「それはともかく、そこどいて?」

「どきません」

「んー、困ったなあ。どうしよう……」

 王様は腕を組んで考える姿勢を作った。次は何を言い出すのかと、身構える私。

「エル・ジェイド。いいから下がっていろ」

 殿下が私の前に出た。

「考えてみれば、親父殿には生まれてから今日まで、山ほど貸しがある。おとなしく従う必要など微塵もなかった」

 確かに、私が人づてに聞いた噂だけでも、殿下が王様にお礼などする義理はない気がする。


 しかし、当の王様は不満げだった。

「ってことは、何? お礼なんかしない、する必要はないって言いたいの?」

「いや――」

 殿下は一瞬、視線を泳がせ、「部下の命を救われたのは事実だ。相応の礼はするつもりだが……」

 途端に破顔して抱きしめようとする王様を押しのけ、「ただし!」と殿下は声を張った。「もっと他のことにしろ!」

 王様は尚も不満げだったが、「そうしてください、父上」とハウライト殿下が口を添えた。

「趣味の悪い遊びは、どうかもう、そのくらいで」

「えー、私は遊びのつもりはないよ?」

 まだ言うか、このおっさんは。いいかげん、力づくで黙らせてやろうか。

 腹に据えかねた私は、握りこぶしを固めて前に出ようとした。


「そうですか、では」

 一方、ハウライト殿下は、嘆息と共に言葉を吐き出した。

「どうしてもと仰るのでしたら、私がカイヤに代わってその『お礼』とやらを致しますが?」

「…………」

 王様は、しばし無言で長男の顔を見つめた。

 が、ハウライト殿下が冗談を言っているわけではなく、どうやら引き下がる気配がないこともわかると、ようやくあきらめたらしい。

「……わかったよ。さっきの希望は取り下げる……。何か他のお礼を考えることにするよ……」

「そう言っていただけたなら何よりです」

「…………」

 王様は尚も小声でぶつぶつ言っていたが、よく聞き取れなかった。


 はあ、よかった。

 私のせいで、殿下がひどい目にあわなくてすんだ。

 ホッとしたら、気が緩んだのかもしれない。何だか急に目の前が暗くなって、体がぐらりとかしいだ。

 ぐえっとカエルがつぶれたような声と、何か柔らかい物の上に倒れ込んだような感触。その記憶を最後に、私の意識は途切れた。

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