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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第九章 新米メイド、九死に一生を得る
222/410

221 地下通路

※現在準備中の第四部ですが、まだしばらくお時間をいただくことになりそうです。

 なので、活動報告でもちらっと書いた通り、冒頭(3話)のみ、先に公開することにしました。

 本日から3日間、1日1話ずつ投稿予定です。


 ひんやりした空気。湿った土の匂い。

 背中に、冷たい石の感触。足元は柔らかい地面のようだ。


 目を開けても、何も見えない。真っ暗闇だ。

 ――ここはどこ?

 何だか、狭い、場所のような。


「だいじょうぶか」

 ふいにカイヤ殿下の声がしたかと思うと、暗闇の中に、オレンジ色の灯火ともしびが揺れた。

 ランプの光だった。


 目の前に、殿下の顔が……。だけど、よく見えない。

 視界がかすむ。息が苦しい。頭もぼうっとして……。


「こんな目にあわせてすまなかった」

 殿下はそっと手をのばし、すすで汚れた私の顔を濡れた布でふいてくれた。壊れ物でも扱うような、とても優しい手つきだった。

「少し待っていろ」

 そう言って、こちらに背中を向ける。

 何をしているのか、よく見えなかったけど……。やがてこっちを向くと、私の口元に何かを近づけてきた。

 オレンジ色のランプの灯の中に揺れているのは、水。――水だ!

 私は何も考えずに、その水をあおった。

 口の中に広がる冷たさ。飲み込もうとすると、切るような痛みが喉に走る。

 そういえば、喉を痛めていたんだっけ。でも、水だ。水なんだ。


「んぐ、ごく、んっ……」

 夢中で飲み干し、

「はああ……」

 思い切り息を吐いて、それから吸って。

 たった1杯の水に、自分の体が芯から癒やされていくのを感じる。


「……ん、あれ?」

 なんか、喉の痛みがひいてきたような。

 ぼやけた頭もすっきりして、視界も――。

「気分はどうだ」

 問われて、ぎょっとした。

 近い。黒曜石のような黒い瞳が、わずか数10センチの距離から私を見つめている。


「ちょ、近いです」

 とっさに後ずさりかけたが、背中には固い石の壁があたっている。

「仕方がないだろう。狭い場所だからな」

「……ここ、どこですか?」

 ついさっきまで、燃える庭園に居たはずだ。炎と煙に囲まれ、絶体絶命のピンチだったのに。

「地下だ」

 殿下は短く答えて、説明を付け加えた。

「城の抜け道のひとつだ。王城から、あの庭園までつながっている。……もっとも、そんなものがあること自体、俺も今日初めて知ったがな」

 はあ、と私は曖昧あいまいにうなずいた。

 それから、声を出しても痛みがないことに気づく。

「ん、ん? あれ?」

「どうした。どこか痛むか」

「いえ……」

 むしろ、痛みがないから変だなあ、って思ってるんですが。


 カイヤ殿下は、戸惑う私の顔をしげしげと見て、「どうやら、だいじょうぶそうだな」と小さくつぶやいた。「では、行こう。皆、心配しているだろうからな」

「あ、はい」

 殿下は1度腰を浮かせかけ、それから思い直したように私の顔を見下ろした。

「クリアは無事逃げた、と先程おまえは言ったが、間違いないのだろう?」

「はい! それはもちろん」

 クリア姫がダンビュラと共にお屋敷を脱出したことを、私は手早く説明した。

「そうか……。ダンビュラがついているなら」

 あらためて、殿下の瞳に浮かぶ安堵の色。「庭園が燃え上がっているのを見た時は、寿命が縮んだ気がした」

 そうだよなあ。そこに家族が居るって思ったら、誰でもそうだと思う。


 殿下は足もとからランプを持ち上げ、もう片方の手で私の手をとって立ち上がらせてくれた。

「天井が低いから、気をつけろ」

 確かに、ちょっと腰をかがめないと歩けそうもない。私より背の高い殿下は、さらに歩きにくそうだ。

「ランプ、私が持ちましょうか?」

「そうか、助かる」

とランプを手渡そうとして、殿下はふと気づいたように言った。「そういえば、薄着だな」

「まあ、寝巻きなんで……」

 あらためて言われると、ちょっと恥ずかしい。火事から逃げる時、着替える暇など当然なかったので、私は寝る時に着ていたパジャマのままなのである。


 殿下は「寒くないか」と聞いてきた。

「言われてみると少し……」

 地下の通路は、ひんやりと湿った空気で満ちている。


 殿下は例の暑苦しい外套を脱いで、「これを羽織れ」と私に押しつけてきた。

 寒いのも恥ずかしいのも嫌だから、実にありがたい申し出だ。「すみません」と受け取って、すぐに違和感に気づいた。

「殿下、この上着。なんかジャラジャラ音がするんですが……」

「隠し武器その他、仕込んでいるからな」

「しかも重い……」

「以下同文だ。それより、早く照らしてくれ」

 はいはいと答えて、私はランプを掲げた。

 その明かりが、殿下の姿を背中から照らし出し。

 私はどきりとした。

 殿下の首の後ろ――髪の生え際の辺りから背中の方へ。大きな傷痕があった。

 傷痕? ううん。

 やけどの痕、じゃないのかな。皮膚が黒っぽく変色して、ひきつれたようになっている。


 殿下はいつも例外なく厚着している。

 でも、今は夜中だし。寝室とかでくつろいでいるところだったのかもしれない。外套の下は、部屋着みたいなラフな服装だった。


「もう少し足もとの方を照らしてくれないか」

「あ、すみません」

 慌てて、ランプの灯を地面に向ける。

「では、行くぞ」

「……はい」

 歩き出した殿下の後についていきながら、私はそっと自分の胸を押さえた。

 どきどきという鼓動が、徐々に鎮まっていく。


 まあ、ね。

 薄々、気がついてはいた。少し変だな、と思ってはいたのだ。

 厚着しているのは暗殺防止のため、とか前に言ってたし、実際そういう理由がないわけでもないんだろうけど。他の王族の人は誰も、そんな格好してなかったし。

 クリア姫のお屋敷に遊びに来ている時でさえ、きっちり着込んでたし。常に長そで長ズボン、肌が出ているのは顔と両手くらいだった。

 と、いうことは、傷痕があるのは首だけじゃないのかも。

 ……他にもあるのかもしれない。


 ――おまえは昔に戻りたいの?


 なぜか宰相閣下の声が、私の耳元に蘇る。


 ――昔の自分と重ねているのか。


 ハウライト殿下の声もした。

 暗い通路にリフレインして、今そこに2人が居るような錯覚に陥る。

 私は小さく首を振った。

 殿下の「昔」に何があろうと、それはメイドの私が詮索するようなことじゃない。

 何も見なかった。そう思って忘れよう――。

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