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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第一章 主人公、求職中
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21 第二王子のお誘い2

 何をしに行くのかという疑問より早く、頭に浮かんだのは、例の噂だった。カイヤ殿下のお屋敷というと、あの――。

「きれいどころを集めたケバケバの御殿……」

 つい口に出してしまってから、当人を目の前に失礼だったと気づき、慌てて口を押さえたが、遅い。あまり表情を動かさない殿下が、珍しく眉をひそめていらっしゃる。

「きれいどころ?」

「あ、ごめんなさい。噂で――」

「詫びる必要はない。……だが、その噂は初めて聞いたな」

 殿下はなぜか興味を引かれたように、「もう少し具体的に教えてくれないか」と言い出した。


 なんで、そんなこと聞きたがるかな。話の流れで、いい噂じゃないことくらいわかるだろうに。

 私は大変気まずかったが、自分から口に出してしまった手前、断ることもできず。

 第二王子殿下は王都の郊外に贅沢な御殿を建てて、美女や美形や美少年、さらにはひげのおっさんまでをはべらせて暮らしている――という話をするハメになってしまった。


 殿下は「なるほど」とつぶやいた。怒っているようには見えなかったが、それでも気まずいことに変わりない。

「ごめんなさい。こんな噂、間違ってますよね?」

 人の噂なんてアテにならない。特にカイヤ殿下に関する噂は、9割が誇張だってセドニスも言ってた。

 そうだな、と殿下はうなずいた。

「御殿と呼べるほど立派な屋敷ではない。中古で安く買ったものだ」

 って、そこ? 間違ってるの、そこなの?

 他は? 他の部分は?

「立派な屋敷ではないが、おまえ1人泊めるくらいの部屋はある」

 どうする? と聞かれて、私はさらに困惑した。

 泊めるって、殿下のお屋敷に、私を?


「えと、お仕事の話をするのでは……」

 別に、殿下が私ごときに妙な下心があって誘っているとか、そういう心配をしているわけじゃないので、念のため。いつまでもここで立ち話ってのも変だし、どこか落ち着ける場所に移動したいってことだよね? 

 ただ、それなら「魔女の憩い亭」でいいんじゃないかな。仕事の話をするなら、ちゃんと職安を通さないと、って前に言ってたし。まさか、それも気が変わった?


「理由のひとつは、食事と宿を提供しようと思ったからだ」

「食事と宿……」

「ああ。おまえは王都の人間ではないのだろう? 滞在費だけでもけっこうな額になると思うが、 所持金は十分か?」

 ストレートに問われて、言葉につまった。

 事実、懐具合はかなり心許ない。まともな宿を探すなら、王都に居られるのはあと1週間が限度だ。

 警官隊では、取調中の食事代も宿代も取られなかったけどね。「あんたは被害者だから払う必要はない」って。だったら誰が払うのかって聞いたら、警官隊の経費でまかなうんだってカメオは言ってた。


「仮に今すぐあの店に向かったとしても、今日中に仕事の話ができるかどうかはわからん」

 カイヤ殿下が言うには、「魔女の憩い亭」の職安は求職者に人気がある上、時間外には絶対、受け付けてくれない。……たとえ、相手が王族でも。

「ならば、今日はもう休んで、明日の朝一で出直してもいいのではないか、と思った」

 そりゃまた、随分と優しいお言葉である。……言葉通りに受け取っていいのなら。

 嘘をついているようには見えない、けど。普通、王子様のお屋敷に、そんな簡単に泊めてもらえるもの?


「もうひとつは、俺の個人的な事情だが……。俺の帰りが遅いと、屋敷の者たちが心配しているかもしれんと思ってな」

 アゲートの手紙を受け取って、殿下は急ぎお屋敷を飛び出した。

 一応、警官隊から自分のお屋敷に遣いを出して、簡単な事情は伝えてあるそうだが、詳細がわからないままでは、やはり心配しているだろうとのこと。


「殿下のお屋敷の人たちって、さっき言った美女と美形と美少年……」

「ああ」

 首肯する殿下。そこは否定してくれないかなあ。

「……あと、ひげのおじさんも居る?」

「居るぞ。ひげがどうかしたのか?」

「………………」


 常識の通じない第二王子殿下だが、人の気持ちが全く読めないわけではないらしい。

 私の困り顔を見て、「別に、無理強いする気はない」とつぶやき。

 それから少し考えて、「そうだな。おまえはあの店で待っていてくれ。俺は1度、屋敷に戻ってから行く。馬を使えば、1時間もかからずに戻ってこられるだろう」

「あ、あの――」

「では、また後でな」

 決めてしまうとこちらの話を聞かない殿下は、さっさと行ってしまった。


 その後ろ姿を見送りながら。

 今更のように、私は気づいたことがあった。

 殿下がお屋敷の人たちにろくに説明もせず、ここに来ることになったのはなぜか。

 それは、「情婦が人質にとられた」という、殿下にとってはまるで身に覚えのない、アゲートからの手紙が来たせいだ。


 別に無視したってよかっただろうに、殿下はそうしなかった。

 自ら現場までやってきて、無駄足になったことを怒りもせず、警官隊の詰め所までついてきてくれた。

 それは、私のことを妹の世話役に雇いたいと、ちょうど考えていたから?


 そうかもしれない。ただ、そうだとしても。

 仮にも王子様が、一般人の、1度会っただけの小娘のためにわざわざ足を運んでくれるのって、普通のことだろうか。


 …………そうではない気がする。


 お礼くらい、言うんだったかも。

 仕事を受けるかどうかは別として、殿下が帰ってきたらちゃんと伝えよう。

 ご迷惑おかけしました、とか。今日は来てくれてありがとうございました、とか。

 ささやかなお礼と、感謝の気持ちを。

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