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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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215 王女の呪い2

 重苦しい沈黙が、リビングを支配していた。

 カイヤ殿下も、ダンビュラも、それに私も。

 誰1人、口をひらこうとしない。


 あの後、私たちはすぐにお城に戻り、お医者様を呼んで、クリア姫を診てもらった。

 下された診断は、「精神的なショックによる貧血」。バザーの会場で倒れた時と、やはり同じだった。

 しばらく休めば回復するだろうと言われて、深刻な事態ではなかったことに胸をなで下ろしつつ、頭の中では疑問が渦巻いていた。

 いったい何が、2度も意識を失うほどのショックをクリア姫に与えたというのか?


「なあ」

 沈黙を破ったのはダンビュラだった。

「あの魔女、似てたと思うか? 嬢ちゃんの母親に……」

 私は王妃様に会ったことがない。しかしダンビュラの視線は私と殿下、両方に向けられていた。


「…………」

 私は、向かいの席に座っている雇い主の顔を見た。

 その美貌が、母親の王妃様に生き写し、という噂が事実の通りなら、

「特に似てはいなかったかと……」

 あの彫刻の魔女は美しかった。

 でも、あの手の彫刻って、だいたい同じような顔じゃない? 特別誰かに似ていると言えるほど、特徴的な顔ではなかったと思う。


「そうだな」

 王妃様を直に見知っている殿下も同意し、「だよなあ」とダンビュラもうなずいた。

「そもそも、母親に似てたからって、倒れるほどショックを受ける意味がわからん」

 再び「そうだな」と同意する殿下。何か考えている時の癖で、視線を相手の顔ではなく、宙の一点に据えて、

「先程のクリアは、ひどく脅えている様子だった。母上は――人間性に色々と問題はあるかもしれんが、娘に危害を加えたことはないはずだ」

「だよな。単に無関心なだけで」


 ……ちょっと待って。

 王妃様って、そういう人なの? 人間性に色々と問題があって、娘のことに無関心なの?


「何を驚いてんだよ。あのクソ親父の連れ合いだぞ?」

 ……そうだけど。

 クリア姫とカイヤ殿下と、ハウライト殿下にとってはお母様でもあるわけで。

 それを言ったら、「クソ親父」は父親だけど。

 

 うーん、よくわからなくなってきた。


「母上の話は一旦いったん置いておこう」

 殿下の黒い瞳が、私の方を向く。

「エル・ジェイド。最初にクリアが倒れた時のことを聞かせてくれないか」

 それなら、殿下にはきのうも話している。

「もう1度頼む。それも可能な限り詳細に」

「……わかりました」


 私は話した。記憶をたどりながら、バザーの会場で起こった出来事を、できる限りくわしく。

 その場にギベオン家のマーガレット嬢とティファニー嬢が居たことや、彼らと交わした会話。それに、クリア姫が倒れた時、聞いていたオルゴールのことも。


「その、アルフが言った『王女の呪い』という曲についてだが――」


「2人の魔女のおはなし」をモチーフにした、歌曲集の中の1曲。

 ティファニー嬢は確かにそう言った。しかし叔母上様は、そんな曲はないはずだと話していた。

 殿下も文献等で調べてみたそうだが、該当する曲はやはり見当たらなかったらしい。


「ただ、似た名前で、『解けない呪い』という曲ならある」

「解けない呪い……」

「歌曲集の最後を飾る曲だ。妹との別れの場面で、黒い魔女が言うだろう。愛とは呪いのようなものだ、その呪いを解く魔法はない、と」

 それだと、ティファニー嬢の話と違う。

「王女の報われない愛を表現した曲だ、って仰ってましたよ」

「だとすれば、全く別の曲ということか……?」

 殿下はまた難しい顔で考え込んでしまった。


「あんた、どんな曲だったか覚えてねえのか?」

 ダンビュラに問われて、記憶にあるメロディを鼻歌で再現してみる。

 たった1度聞いただけの曲だ。思い出せるのはごく短いフレーズのみだったが、それでも何か手がかりになればと、繰り返し歌ってみた。


 じっと耳を傾けていた殿下が唸った。

「難解そうな曲だな。リズムも独特だ」

 そうかな? わりと切ない感じのキレイな曲だったんだけど……。

「…………」

 ダンビュラは何も言わない。なぜか生温かい目で私を見つめているだけだ。


 再び、リビングに沈黙が落ちて。

「ここで話していてもらちが明かんな」

 殿下はすっくと席を立ち、外套のすそひるがえしてリビングの出口に向かった。

「出かけてくる」

 って、いきなりどこへ。

「王室図書館だ。あそこは魔女に関する書物も多い。それにセレナに聞けば、何か手がかりが得られるかもしれん」

 セレナは王室図書館の司書を務める女性だ。魔女のことにもくわしい……というより、それ以外のことにも色々くわしい人だから、彼女の知恵を借りるというのは悪くないアイディアだ。


「2人とも、俺が戻るまでクリアのことを頼む」

 それはもちろん、言われるまでもない。

 でも、今すぐ行く必要はないんじゃないかな。クリア姫が目を覚ました時、殿下がそばに居た方がいいと思うし。

「そうかもしれんが……」

 殿下は一瞬ためらう様子を見せたものの、「いや、今は急いだ方がいい」ときっぱり言った。

「なんで急ぐ必要があるんだよ」

 怪訝けげんな顔で問うダンビュラに、

「根拠はない。ただそんな気がするだけだ」

とまたきっぱり。

 そう堂々と言われては、逆に反論の言葉も思い浮かばず。


 1度クリア姫の寝室に戻り、異常がないことを確かめてから、殿下は出かけていった。

 早足で。いや、駆け足で。もしくは、全力疾走で。

 どこからともなく現れたクロサイト様が、その後についていく。

 2人の姿は、すぐに庭園の木々に隠れて見えなくなってしまった。本当に本気で急いでいる。


「どうしちゃったんでしょうか、殿下」

 クリア姫が心配なのはわかるけど……、それにしても言っていることが変だった。

「…………」

 ダンビュラの返事はない。ひくひくと鼻を鳴らして、辺りの様子を警戒している。

「ダンビュラさん?」

 どうかしたのかと尋ねると、「別にどうもしねえよ」と答えが返ってきた。


「ただ、なんとなく嫌な感じがしただけだ。体の毛が逆立つみてえな、嵐の前みてえな」

「はあ? 何ですか、それ」

「だから、何でもねえって。……殿下と同じだ。ただそんな気がしたってだけだよ」


 意味がわからない。わからないけど……、何だか、私まで不安になってきた。

 これから、良くないことが起きるんじゃないか、って。


 根拠のない胸騒ぎにおののいていたら、妙に生ぬるい風が吹いて、私の首筋を撫でていった。

 さっきまでよく晴れていたのに、いつのまにか灰色の雲が頭上を覆っている。

 庭園の草木がざわざわと揺れて、遠くから雷鳴が響いて。

 なんだこれ。まるで不穏な空気を演出しているかのような。


 良くないことなら、もう間に合っている。つい数日前にも誘拐されて、不死身の巨人殺しと相対したばかりだ。


 どうか、何事も起きませんように――と私は祈った。

 その切なる祈りが、王国の守り神である白い魔女に届くことを信じて。

 ……しかし、神と呼ばれる存在は、往々にして残酷で気まぐれなもので……。

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