214 王女の呪い1
昼食の後、私たちはもう1度、魔女の霊廟を調べてみることにした。
入り口以外に入れそうな場所や、何か仕掛けのようなものはないかと。
が、いくら見て回ったところで、それらしきものは見当たらず。
そもそも、ぐるりと1周するのに1分もかからないような小さな建物だ。すぐに調べる所もなくなってしまった。
のっぺりした石の壁を見上げながら、考える。
ゼオが何かを隠している様子だったから、それがこの霊廟と関係がありそうだったから、そんな理由で出向いてきたものの。
ここは白い魔女の霊廟だ。王家の所有する施設だ。
しかし私が知りたいのは、父のことなのである。この場所と父に、いったい何の関係があるというのか? 考えても答えは出ない。
「エル」
クリア姫のお声にハッとする。
「こっちに来てくれ。見てほしいものが――」
「何ですか?」
急いで駆けつけると、クリア姫は何もない石壁の前で足を止めていた。
その横には殿下とダンビュラも居て、クリア姫と同じように石壁を見つめている。
霊廟の裏手。ちょうど入り口があるのと正反対の場所だった。
「ここに顔のようなものが見える気がするのだが――」
顔? と私は首をひねった。
ぱっと見はよくわからない。一応、手入れがされているようではあるものの、やはり長い年別を経た建物は多少の汚れや、苔みたいな植物が表面にくっついている。
「確かに、何か彫られているな」
と言いつつ、殿下はいつも着ている暑苦しい外套の中から、ハンカチ――と呼ぶにはだいぶ大きな布を取り出し、ゴシゴシと壁を拭き始めた。
「こっちには動物みたいなのもあるぞ」
と前足で壁を指すダンビュラ。
私も、近づいて確かめてみた。
本当だ。目視はしにくいが、手でふれてみるとよくわかる。固い石壁に刻まれた溝が、何かの形を描いて――。明らかに自然にできたものではない。
「何か拭くもの……」
とポケットを探すが、お気に入りのハンカチしか入っていなかった。これを汚すのはちょっとな。
「ダンビュラさん、貸してもらえませんか?」
「はあ? 貸すって、何をだよ。俺はハンカチなんか持ってねえぞ」
「毛皮とか」
「……あのな。俺はモップか? 雑巾か?」
などとくだらないやり取りをしているうちに、クリア姫までもが自分のハンカチを取り出し、壁を拭き始めた。
仕方ない。メイドの身で黙って見ているわけにもいかないし……と前に出ようとしたら、殿下が「使うか?」と大きめの布を貸してくれた。
それもまた、外套の中から出てきたものである。いったい何枚持ってるんだ。便利な外套だな。
そうして3人がかりで壁をキレイにした結果、ほどなく姿を現す。
身の丈よりも長い杖を持ち、全身をローブで覆った美しい女性。その肩の上にはカラスが、足もとには猫が、頭上にはコウモリが舞っている。
「白い魔女と使い魔、だな」と殿下。
ああ、そうか。
入り口に彫られていたのが狼とトカゲで、他はどこに居るのかと思ったら、こんな所に。
「で? これが見つかったから何なんだよ?」
ただ見ていただけのダンビュラが、偉そうに突っ込みを入れる。
「そういう言い方はないでしょう」
まあ、白い魔女の霊廟なんだから、魔女の彫刻があっても別におかしくはない。これが見つかったからどうしたって話ではないんだけども。
「いや、白い魔女とは限らないな。あるいは黒い魔女、という可能性も……」
殿下はじっと石壁を見つめて考え込んでいる。
「白でも黒でも、大した違いはねえだろ」
ダンビュラがまた興ざめなことを言う。
抗議しようとして、ふと違和感を覚えた。こういう時、「ダン、失礼なのだ」と真っ先にたしなめるはずのクリア姫が、何だか静かなことに。
どうしたのかなと、そちらに視線を向けて。
私はさっと血の気が引くのを感じた。
クリア姫は震えていた。
凍りついたような瞳で、石壁を――そこに彫られた魔女の顔を見つめて。
それは、ほんの2日前にも見た光景。
大勢の人が行き交うバザーの会場で、切ないオルゴールの音色に耳を傾けながら、突然様子がおかしくなった時と全く同じ。
「似ている」
クリア姫の震え声に、殿下とダンビュラも異変に気づく。
「母様に、似ている……」
そして再び、その小さな体が膝から崩れ落ちた。
「姫様っ!」
「嬢ちゃん、どうした!?」
私とダンビュラの呼びかけにも、答えはなく。
受け止めた殿下の腕の中で、クリア姫はぐったりと目を閉じていた。