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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
214/410

213 魔女の霊廟

 王城の北。なだらかな丘がいくつも連なる丘陵地帯に、その建物はあった。

 高さは2階建てくらい。大きさも、普通の民家2軒分ほどしかない。それが国の重要な施設であることを考えれば、何ともささやかだ。

 外観は石造りのお堂という感じ。

 正面入り口は観音開きの分厚い石の扉で、白い魔女の使い魔である狼とトカゲの絵が彫ってある。


 周囲は森。人の気配はない。

 一応、人の手が入っている形跡はあるが――たとえば雑草がのび放題になっているとか、入り口に蜘蛛の巣がかかっているといったことはないが、衛兵の1人も見当たらず、ぱっと見は放置されているかのようだ。

 誰も居ないし、何もない。

 それが王国の祖、白い魔女を祀る「魔女の霊廟」であった。


 お城に戻った翌日。私はカイヤ殿下とクリア姫、それに護衛のダンビュラと共にこの場所を訪れていた。

 人数分のランチをバスケットにつめ、チャリティーバザーの時にも作ったベリーのジュースを水筒に、必要な食器類や敷物をダンビュラの背に乗せて。

 まるでピクニックにでも来たみたいだ。

 そして実際、私たちはそういう口実でここまで遠出してきていた。


「明日、『魔女の霊廟』に行こう」

と言われたところで、その場所には許可がなければ入れない。

 殿下は王妃様に手紙を書いてくれると言ったけど、それにはまだ時間がかかるはずだ。

 首をひねる私に、「まずは行くだけ行ってみよう」と殿下は言った。

 外から見ただけでも、何かわかることがあるかもしれないから、と。

「見張りも居ないと聞いているしな。運がよければ、中をのぞくこともできるかもしれん」

 いや、のぞくって。

 国の重要施設でしょ? 私が血迷って忍び込むとか言ったら、「死罪の可能性もあるからな」って止めたじゃん。


「これが……、伝説の白い魔女の霊廟……」

 魔女マニアのクリア姫は、ここに来てからずっと興奮気味だ。何の変哲もない石のお堂に、鳶色の瞳をキラキラさせている。

 ダンビュラは退屈そうだ。姫とは対照的な冷めた目で辺りを見回し、「何にもねえ所だな」とつぶやいている。


 なお、2人がこの場所に同行しているのは、姫自身の強い希望による。

 昨夜、私は、一通りの事情をクリア姫に説明した。

 クンツァイトのことや父のこと、それに「巨人殺し」のゼオのことも。

 クリア姫は熱心に話を聞いてくださった。

 そして私が最後に「魔女の霊廟」に行くことを告げると、自分も同行したいと申し出てくれたのだ。


 予告状の件があって以来、危険に巻き込まないために妹姫と距離を置いてきた殿下は、気乗りしない様子だったが。

 ひとまず本物の巨人殺しが出した予告状ではないとわかったわけだし、クリア姫はずっと寂しい思いをしてきたのだし。

 ちょっと一緒に出かけるくらいならだいじょうぶじゃないでしょうかと、私は殿下を説得した。

 もちろん万一のことがないよう、クロサイト様はじめ護衛の騎士たちも同行している。ここからだとその姿は見えないが、霊廟に続く道や周囲の森を守ってくれているはずだ。それこそ、蟻の這い出る隙もないくらい厳重に。


「しっかし、本当に誰も居ねえな」

 ダンビュラは太い前足で観音開きの扉にタッチして、「鍵もかかってなくねえ? これ、入ろうと思えば入れるんじゃねえか?」

 だから、だめだってば。いくら見てる人が居ないからって。王族のカイヤ殿下とクリア姫が同行しているからといって。

 ……まあ、別に悪さを働くつもりはないんだけど。

 ほんのちょっと中を見るだけでも、だめなのかな……。


「確かに、少し押せばひらきそうに見えるな」

とか言いつつ、殿下も分厚い石の扉に手をふれる。

「ん……? 見た目よりも重い、な……」

 ぐっと両足に力を込め、扉に体重をかける。明らかに「少し」とは言えない力で押しているが、扉はびくともしない。

 ダンビュラも一緒になって、広い背中をぐいぐい扉に押しつけるが、結果は同じ。


「実は、こう見えて引き戸なんじゃねえか?」

「あるいは、特殊な仕掛けでもあるのか……?」

「鍵穴らしきものも見当たりません。どうやって開けるのでしょう?」


 3人でああでもない、こうでもないと言い合っているのを、私は少し後ろで見守っていた。

 人数分のランチが入ったバスケットで、両手がふさがっていたせいだ。そうでなければ参加したかった。


 結局、扉を開ける方法は見つからず。

 霊廟の前の空き地に敷物を敷いて、私たちは早めの昼食をとることにした。

 持ってきたバスケットの中身は、フライドチキンや各種サラダにピクルス、カリッと焼いたベーコンとチーズなどだ。別に包んで持ってきたパンに、各自好きな物を挟んで食べてもらうことにする。


 8月の野外は暑い。しかし、この場所は涼しい。周囲の木々が頭上に枝葉をのばし、真夏の陽差しを遮ってくれているおかげだ。

 木漏れ日がちらちらと揺れて、さわやかな風が吹いて。

 外で食べるごはんって、なんでこんなにおいしいのかな。自作のシンプルなランチが、ご馳走みたいに感じられる。


「扉が開かないのは、魔法の力でしょうか」

 私が作ったポテトサラダをパンに挟んで上品に頬張りながら、クリア姫はまだ石造りの建物の方を見ている。

「そうだな。普通の方法では開けることができないから、見張りも置いていないのかもしれん」とカイヤ殿下。


 当たり前みたいにしゃべってるけど、「魔法の力」って何。お城には実は魔法使いが居たの?

「城には居ないが……」

 殿下は何やら複雑な顔をして、妹姫と視線を交わす。

 それから、硬く閉ざされたままの扉に目をやって、「かなり古い施設のようだからな。先祖の力が残っていてもおかしくないのではないか、と思っただけだ」

 先祖ってつまり、白い魔女?

「それはあくまで伝説だ。言い伝えであり、証拠はない」

 ただ、王家に古くから伝わる宝物の中には、それこそ魔女が作ったんじゃないかと思うほかないような、人智を超えた不思議な力を持つものがあるんだそうで。

「この遺跡も、そのたぐいかもしれん」

 だとすれば、中を見るのは難しいだろうと殿下は結論づけた。


「そうですか……」

 許可をもらって来たわけでもないのだから、中に入れないのは仕方ない。

 それよりも、「王家に古くから伝わる宝物」の話が私は気になった。

 魔女が作ったとしか思えないような、不思議な力を持つものって何だろう。まさか、魔法の杖とか空飛ぶホウキとか?

「ああ、それもあるな」

「あるんですか!?」

 冗談のつもりだったのに、本当にあるの? そんな、おとぎ話みたいな代物が。


「城の最奥にある宝物庫に安置されている。白い魔女が遺したといういわくつきの品で、『魔女の七つ道具』と呼ばれている」

 職人の七つ道具とかなら知ってるけど、魔女の七つ道具って何。初めて聞いた。

「兄様はご覧になったことがあるのですか?」

 クリア姫もくわしくは知らないみたいで、知的好奇心に輝く瞳を兄殿下に向ける。


「……幼い頃に、1度だけな」

 殿下は急にまずいものを食べたような顔をした。

 もしや、バスケットの中に虫でも入っていたかと思えば、そうではなく。

「まだ城で暮らしていた頃のことだ。滅多に姿を見せない親父殿が、珍しく俺の所に来て――」

 にこにこしながら、「おもしろいものを見せてあげるよ」と言って、幼い殿下の手を引き、どこかに連れて行こうとした。


「どこの誘拐犯だよ」

と顔をしかめるダンビュラ。確かに、絵面がヤバイな。美形の子供の手を引く怪しいおっさん。どっからどう見ても不審者だ。

「それは、あの、だいじょうぶだったのですか?」

 クリア姫も心配で青ざめている。

 殿下は「……あまりだいじょうぶではなかった」と答えた。


 父親に手を引かれるまま、長い長い廊下を歩いて、たどり着いたのは重厚な扉の前だった。

 重そうなかんぬきがかかっていて、鎧をまとった騎士が2人、番をしていたそうだ。

 王様は騎士2人に命じてかんぬきを外させると、懐から取り出した鍵で扉を開けた。


 中は奇妙な部屋だった。

 天井が高く、運動場のように広いのに、ほとんど物がない。

 あるのは古びた釜や天秤てんびん、古鏡、それに壁際に立てかけられたホウキと、ふしくれ立った木の杖などで。


『節くれ立った木の杖!』


 私とクリア姫は同時に声を上げた。

 それって、「2人の魔女のおはなし」で魔女たちが使ってたアレじゃない?


「その杖って、どんなでした?」

「実際に手をふれてみたりしたのですか?」


 口々に問われて、しかし殿下は首を横に振った。

「ふれていない。俺はホウキを選んだからな」

「何だよ、選んだ、って」

 ダンビュラが太い首をかしげる。


「親父殿がその時、俺に言った。これは魔女の七つ道具と呼ばれるもので、王家に古くから伝わる宝だと。本来なら門外不出の品だが、特別に、ひとつだけならさわってみてもいいと」


 殿下はまずいものを通り越して、毒でも口に含んだような顔をした。


「俺も、魔女の絵本を読み聞かされて育った。魔女の七つ道具などと聞けば、当然興味を引かれた」

 ぐっと無念そうに目を閉じて、

「親父殿がなぜそんなことをしたのか、その言葉の真意がどこにあるかなど、当時は考えもしなかった」

 そりゃ考えないでしょうよ。まだ小さな子供だったんでしょ?


 結果的に何が起きたのか。殿下はくわしく語ろうとはしなかった。

 ただ、そのホウキには確かに空を飛ぶ力があり、幼い殿下はホウキにつかまって空を飛んで――。

 塔の5階ほどの高さから地上に落下し、途中で木の枝に引っかかって九死に一生を得た、ということだけ教えてくれた。


「運が悪ければ死んでただろ、それ」

と突っ込むダンビュラ。もともと鋭いまなこを尖らせて、「あのクソ親父」と毒づいている。

「…………」

 クリア姫は言葉もない。最愛の兄殿下に幼い頃、命の危険があったと知って、ショックを隠せない様子だ。


 殿下はそんな妹姫の金髪をいたわるように撫でながら、

「その出来事があってから、俺は親父殿の言うこと、やることには特に気をつけるようにしてきた。だが、あの男は嘘がうまい。結局、その後も何度かだまされることになったな……」

 苦々しい顔で自身の過去を回想している。


 他人の嘘がわかる(と言われる)殿下ですら、王様の嘘は見抜けないんだな。


「今更言うまでもないことかもしれんが、おまえたちもあの男には気をつけてくれ。いつ気まぐれに屋敷に現れて、クリアに手を出そうとするかわからんからな」

「おう、任せとけ」

とダンビュラが言い、私も深くうなずいた。


 悪ふざけで、子供の命を危険にさらすような。

 本気でタチが悪い父親を、クリア姫に近づかせはしないと。

 私たちの気持ちは、ひとつだった。

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