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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
211/410

210 自分勝手2

 何があったのかなんて、とても聞ける雰囲気じゃなかった。

 それからすぐに私たちはお城に戻ることになったが、帰りの馬車に揺られている間も、殿下はずっと上の空で。

「あの……」

 遠慮がちに声をかけてみても、返事がない。

「兄様」

 クリア姫が呼ぶと、ぴくりと反応はあるものの、やはり返事はない。

「どうしましょうか」

「……今は多分、そっとしておいた方が……」

とクリア姫が仰るので、ひとまず様子を見ることにする。


 殿下は何もない場所をじっと見つめている。

 つい先程見たような、ショックを受けて茫然としている、って顔じゃない。何か、難しいことを考えている時の顔だった。

 集中し、思考の海に深く沈んで、答えを探し求めている。

 それは余程の難題なのか、やがて私たちが乗った馬車が城門をくぐり、静かに停止しても、殿下は動かなかった。


 ここまで送ってくれた御者さんがうやうやしく馬車の扉を開け、「どうぞ、足もとにお気をつけて」と降車を促しても、全くの無反応。

「殿下、お城に着きましたよ」

 私は少し強めの声を出した。

 殿下は聞こえていない様子だったが、クリア姫が「兄様、参りましょう」と声をかけると、急に目が覚めたようになった。

「あ、ああ。そうだな」

 心配そうに見つめる妹姫の顔と、私の顔を見比べて――。

「……どこに行くんだ?」


 だめだ、この人。重症だ。


「私と姫様はお屋敷に帰りますよ」

「……そうか」

「そうか、じゃなくて、殿下も来てください」

 このまま1人で宰相閣下の所に行かせるのは心配だ。

 殿下はわかっているのかいないのか、素直にうなずいてついてきた。


 なお、クリア姫のお屋敷がある庭園には馬車が入れないため、まだそこそこの距離を歩いて帰らなくてはならない。

 城門を入ってすぐの広場のような場所を抜け、長い階段を上り、兵士が守る扉を抜けて。

 殿下はその間もずっと上の空だったので、はぐれて迷子になったりしないよう、私とクリア姫が気をつけていなければならなかった。


 庭園に戻り、木漏れ日が揺れる緑の小道を歩き、やっと懐かしのお屋敷が見えてきて、安堵したのもつかの間。

「……っ!」

 殿下は段差も何もない場所でいきなり転びそうになり、とっさに支えようとした妹姫を巻き込んで倒れ――。

 倒れ、はしなかった。

 さすがの運動神経というべきか、そこはどうにか踏みとどまってくれたけど。

「……すまない」

 妹姫の体を守るように抱えつつ、殿下は心底すまなそうな顔をしていた。

「今の俺は普通ではないようだ」

 あ、気づいてくれましたか。よかった。

「少し、頭を冷やしてくる」

 妹姫の体を放し、方向転換。すたすたと来た道を引き返していく。

「兄様――」

「しばらくしたら戻る」

 って、だいじょうぶ? 今1人にするのは心配だな……。


 その時、「よう、おかえり」と声がした。

 見れば、小道の脇のしげみに、虎じまの体が伏せていた。

「ダン!」

 クリア姫に呼ばれて、のそりと起き上がる。

「随分遅かったな。チャリティーバザーとかいうのはそんなに楽しかったのか?」

 彼が言う通り、昨日、私とクリア姫は、予定にはない外泊をしてお屋敷に戻らなかった。

 もっと大騒ぎされてもおかしくないのに、ダンビュラはけろりとしている。

 不思議に思っていたら、

「ダンにはきのうのうちに、叔母様から知らせを出してもらったのだ」

と、クリア姫が教えてくださった。


「本当に、簡単な知らせだけな。くわしいことは後で聞かせてくれや」

「わかった」

「それよりも――」

 ダンビュラは先程まで殿下が立っていた場所に視線を移動させると、「何かあったのか? あれ。どう見ても変だったな」

 問われて、私とクリア姫は顔を見合わせた。

「話すと長いです」

「手短に頼む」

 そう言われても。

 直接の原因はハウライト殿下に手を上げられたことだと思うが、2人のいさかいにはおそらく、宰相閣下のことも関わっている。それを説明しようとしたら、どうしても長くなってしまう。


「さては、嬢ちゃんとけんかでもしたか?」

 ダンビュラの推理は、微妙に惜しい。

「また馬鹿とか嫌いとか、殿下に言ったんだろ」

 その言い方だと、まるでクリア姫がしょっちゅう殿下にそんなセリフを言っているみたいだ。

 実際は違う。過去にたった1度だけ、それも数年ぶりの再会でつい甘えてしまっただけなのに。


「……言っていない」

 硬い表情で否定するクリア姫。ダンビュラは「本当かよ?」と疑わしそうにしている。

「殿下があんな風になるのは、だいたい嬢ちゃんが原因だろ」

「今回は、違う」

「?」

 ダンビュラはもともと鋭い目付きをすがめてクリア姫を見ていたが、やがて何かに気づいたような顔をした。

「ああ、そうか。もしかして兄貴の方か?」

「すごい、よくわかりましたね」

 私は本気で感心した。

「嬢ちゃんが原因じゃないなら、兄貴の方だろ。殿下もああ見えて重度のブラコンだからな」

「そうなんですか……」

 殿下がわりとブラコンなのは知っている。でも、「重度の」とつくレベルだというのは初めて聞いた。


「ダン、失礼なのだ」

「事実だろ」

「お2人の仲が良いのは事実でも、言い方というものがある」

「何だよ、ヤキモチか?」

「ダン――」

「あー、はいはい。わかったよ。殿下の1番は嬢ちゃん、その次が兄貴。これでいいか?」

 冷やかすような言い方に、クリア姫の瞳がすっと細められた。

「……逆だ」

「うん?」

と聞き返すダンビュラ。

 私も、意味がわからなかった。

「…………」

 クリア姫は黙っている。あいかわらず硬い表情で、今まで見たことがないほど冷たい目をして。

 やがてようやく口をひらいたかと思えば、

「ハウル兄様の方が先だ。私は2番目なのだ」

『は?』

 私とダンビュラの声がそろった。


 クリア姫が2番目って、あんなに可愛がってるのに?


「カイヤ兄様が私のことを可愛がってくださったのは、ハウル兄様と顔が似ているからなのだ」

「おいおい」

 あきれたように突っ込むダンビュラ。

 口にはしなかったけど、私も同じ気持ちだった。

 カイヤ殿下はクリア姫のことをとても大事にしている。それは見た目が誰に似ているからとか、そんな理由ではないと思う。

 ……だいたい、似ているっていうなら、ハウライト殿下もクリア姫も父親似だし。


 私が口には出さずに思ったことが、なぜかダンビュラには伝わったらしく。

「それ、殿下には絶対言うなよ」

と忠告された。

「言うとどうなるんですか?」

 怒るのだろうか。ショックを受けるのだろうか。まさか問答無用でクビにされるとか?


 ダンビュラの答えはどれでもなく、ただ「全力で否定される」というだけのものだった。

「カケラも似てないってな。別に認めたくないとかじゃなくて、殿下の目にはそう見えてるらしいぜ」

「はあ……」

 他者の目には見えるものが見えなくなるほど、嫌なのか。自分の兄と妹が父親似だという事実が。

 殿下はわりとさばさばした人なのに、王様のことになるとムキになる。


「実は隠れファザコン、とかじゃないですよね?」

『それはない』

 今度はクリア姫とダンビュラの声がそろった。

「兄様は、父様のことを考えるのも嫌なのだ」

「多分あんたが想像してる以上に、あのクソ親父にはひどい目にあわされてるからな」

 殿下が王様の話題になると拒否反応を示すのは、隠れファザコンでも何でもなく、ただ心底、あの人と関わり合いになるのが嫌だから、ということらしい。


 よかった。私もけっこう王様には辛辣な態度をとってきたけど、それは間違いではなかったようだ。今後もあのおっさんに会ったら、心おきなく冷たくすることにしよう。


「それで? なんでまた兄貴とケンカなんかしたんだよ?」

 再度の問いに、私とクリア姫は答えを返せない。

「それが、わからないんです……」

 2人が言い争っているのを見ただけで、会話の内容までは聞こえなかった。


 多分、宰相閣下のことが関係しているのは間違いないと思う。

 ハウライト殿下が叔父の味方をしたのか、それとも単に仲裁しようとしたのか。

 カイヤ殿下がそれに反抗して、怒ったハウライト殿下が手を上げた?

 や、違うな。

 あの時、ハウライト殿下は冷静だった。

 とても冷静に、弟に手を上げたのだ。

 まるで、慣れているかのように。……あれって、2人の間ではよくあることなのかな?


「兄様はだいじょうぶだろうか……」

 クリア姫は心配そうに殿下が去っていった方角を見つめている。

 率直に言って、だいじょうぶには見えなかった。

 でも、「しばらくしたら戻る」って本人は言ったし。


「私たちはお屋敷に帰りましょうか」

 ここでこうしていても仕方ない。クリア姫だって大変だったのだ。少しは休まなければ。

「しかし……」

とためらうクリア姫に、今度はダンビュラが言った。

「何があったのか、中で聞かせてくれや。ゆうべは探しに行こうかとも思ってたんだぜ?」

「……それは、すまなかった……」


 そんなわけで、お屋敷に移動。

 クリア姫はオレンジ色のワンピースが少し窮屈だったのか、自分の服に着替えてくると言って自室に向かい、ダンビュラもついていった。


「それじゃ私は、何か温かい飲み物でも淹れてきますね」


 台所に向かい、お湯をわかし、お茶の準備をする。

 何のお茶にしよう、やっぱり気持ちの休まるハーブティーかな……と思いつつ、ふと視線を上げて。

 私はのけぞりそうになった。台所の窓から、じっとこちらを見つめている漆黒の瞳と目が合ったからだ。

「……殿下?」

 私はこわごわ窓に近づいた。

 間違いない。そこに立っているのは、ついさっき「頭を冷やしてくる」と言ってどこかに行ったはずのカイヤ殿下だった。


「何してるんですか? そんな所で……」

「エル・ジェイド。すまない」

 唐突に謝られた。「非常に重大なことを伝え忘れていた」

「……何ですか?」

 問い返すと、殿下は言いにくそうに口ごもるでもなく、その「重大なこと」を告げてきた。

「あの男に逃げられてしまった」


 私の頭を、紫がかった闇色の瞳がよぎった。

 あの男に――「巨人殺し」のゼオに、逃げられた?

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