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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第一章 主人公、求職中
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20 第二王子のお誘い1

 詰め所を出ると、日が傾きかけていた。

 今日の昼頃にシャバに出て、仕事を探そうと「魔女の憩い亭」に向かい、途中で事件に巻き込まれて、その後は事情聴取。

 で、今この時間か。

 なんという無為な1日だろう。

 私は疲れていた。肉体的にも、精神的にも。

 何より、空腹だった。

 今日の昼食は、アゲートがどこかの店から運ばせた豪勢なランチボックスをご相伴に預かったのだが、状況が状況だけに、あまり食べられなかったし。

 ――空腹だ。今にもお腹が鳴りそうである。


「だいぶ疲れた顔だな」

 カイヤ殿下が言う。

 おっと、いけない。つい気の抜けたところを見せてしまった。

「あの、それで。私に何の御用でしょうか?」

 姿勢を正して尋ねると、殿下はひたと私の顔を見つめた。


 怖いほどキレイな黒い瞳。見つめられると、なぜかそらせない。

 それでいて、どこか優しい。怖いほどキレイなのに、本当に怖くはないのだ。

 不思議な人だなあ、これが王族ってものなんだろうかと思っていたら。


「あれからずっと、おまえのことを考えていた」

 いきなり口説き文句みたいなセリフを言われて、私は固まった。

「こうしてまた会えたのも何かの縁というものだろう。俺はやはり、おまえを雇いたいと思うのだが――そちらの都合はどうだ?」

 とっさに手を上げて、殿下の視線を遮る。

 いくら好みのタイプじゃないからって、こんな女殺しの視線を至近距離から浴びせられてはたまらない。

「……殿下、前にも言ったでしょう。気安く女性と見つめ合ったらだめですってば」

 部下にも同じ警告をされているらしいのに、この人、わかってない。

「そうだったな、すまん」

 素直に謝ってくる王子様に、私はため息をひとつついてから、手をどけた。

「それで、私を雇いたいというのは、以前に仰っていた妹姫様のメイドとしてでしょうか?」

「ああ」

「……あの時はそちらから断ったはずですよね?」

 私の側に、簡単には明かせない事情があったから。


「あの後、気が変わった」

 がく。

「考えれば考えるほど、おまえが得がたい人材に思えてきてな。妹の世話役として、こちらがほしい条件を全て備えている」

「……条件?」

 気抜けした私に、殿下は指折り数えて説明してくれた。


 ひとつ。王都の人間ではないこと。

 ふたつ。王都の人間にコネがないこと。

「って、どういう意味ですか?」

 普通、王都の人間の方が信用できるものなんじゃないの?

 職安のセドニスも、コネがなければお偉いさんに雇われるのは難しいと言っていた。殿下の言葉は、それとは真逆だ。


「王城のメイドは、貴族の子女が行儀見習いのために働くケースが多い」

 10代、20代の年若い令嬢が、社会勉強と人脈づくりを兼ねて働くのだそうだ。

「それって花嫁修業みたいなものですか?」

と聞いたら、殿下は「そういう側面もある」と認めた。


 しかしながら、王都の政治情勢は不安定。貴族の中にもいろんな派閥があって、敵と味方が入り乱れている。

 特に今は、王様の後継者選びでゴタゴタしている真っ最中だ。

 カイヤ殿下の妹姫は、後継者候補筆頭の第一王子、ハウライト殿下の同腹の妹でもある。そのメイドに、まさか他の後継者を推す貴族の娘を雇うわけにはいかない。

 ならば味方と呼べる貴族の娘ならいいのかといえば、話はそう単純ではない。味方なら味方で、何らかの利害、何らかの思惑を持っているからだ。

 たとえば、自分の娘をクリスタリア姫のメイドにするなら、ついでに兄殿下ともお近づきになって、ゆくゆくは后候補に、とか。

「できるなら、妹には余計な気苦労をさせたくなくてな」

 だから前任のメイドも、「魔女の憩い亭」で平民の女性を探した。

 

 まだ幼い妹を、大人のゴタゴタに巻き込みたくないという理屈は、なるほど、わからなくもない。

 ただ、それなら別に、私でなくてもいいと思う。平民の女性なら誰でも。

「もうひとつの理由は――これが1番の決め手になったと言えるが」

 殿下は3本目の指を折り、「おまえが正直で裏表のない人間に見えたからだ」と言った。

「いやいやいや」

 勢いよく首を振る私。「前にお会いした時、私、思いっきり隠し事しましたよね?」

「それは確かにその通りだが、あの時は初対面だったからな」

 仕方ないだろうと殿下は言った。「いきなり腹を割って話せと要求するのは、よくよく考えてみれば無理のある話だった」

「…………」

 平然と前言を翻されて、けっこう本気で頭が痛くなった。


 この人って……、どう言えばいいんだろ。

 マイペースなのか、適当なのか。

 そういえばセドニスも、「朝令暮改を地で行く人だ」とか言ってたっけ。


「どうした、急病か」

 頭痛の原因が、真顔で問うてくる。

「いえ、違います」

 私は自分のこめかみから手をどけた。

 事情を明かさなくても雇ってもらえるというなら、私にとっては悪い話じゃないかもしれない。

 お姫様のメイドとして、お城で働けるのだ。普通に考えれば、かなりおいしい話である。

 が。

 即答はできない。この人に雇われて本当にいいのか、率直に言って不安だ。

 できれば、もう少しくわしく話を聞いてから、ゆっくり考えさせてもらいたい。


「なんだ、まだ居たのか?」

 声に振り向けば、詰め所の入口からカメオが顔を出していた。タメ語で話しかけてからカイヤ殿下の存在に気づいたんだろう、「……居たんですか」と言い直す。

「すまん。ここで立ち話もなんだな」

 カメオに謝ってから、殿下は私の顔を振り向いた。「ひとつ、提案がある」

「……なんですか?」

「今から俺の屋敷に来ないか」

「はい?」

 意味がわからずに聞き返すと、殿下はもう1度、同じ調子で同じ言葉を繰り返した。

「俺の屋敷に来ないか」

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