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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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207 それぞれの目的

 やっぱり、宰相閣下も誘拐に関わったのかな。状況から見て、かなり怪しいのは確かなのだが――。

 とはいえ、誘拐を実行したのはクンツァイトなのだ。

 あの老人は、宰相閣下のことなど一言も口にしていなかった。むしろ、敵対するラズワルドの話を多くしていた。


「あの叔父上のことだ。直接、犯罪に関与するような真似はおそらくしないだろうな」と殿下は言った。

「クンツァイトの窮状を知り、うまく利用したのではないか――と思う」

 利用したって、どうやって?

「さあな。情報を流したか、あの家の中に、自分の手勢をまぎれ込ませたか。あるいは、何らかの圧力をかけたということも考えられる。今動かなければ、家が危ういと思わせるような――」


 元より、クンツァイトは追いつめられていた。

 分家筋との抗争によって信用を失い、頼みのラズワルドは凋落し、さらにはサギ事件の被害にあって、家計は火の車だった。


 そのクンツァイトに、たとえば「ハウライト殿下の即位も近い」とハッタリをかまし。

 長年、ラズワルドに味方してきたことを許さない、最高司祭の地位も取り上げるぞと脅しをかけて。

 多少、危ない橋でも渡らなければまずいと思わせる。

 あとは私がチャリティーバザーに参加するという情報を流し、わざと警備を手薄にするよう、護衛たちに命じた。


 自分は手を汚さず、てのひらの上で相手を転がした的な。

 言っては悪いが、すごく悪人っぽいやり口である。


 わからないのは、宰相閣下の目的だ。私をクンツァイトに誘拐させて、あの人に何の得があると?


「…………」

 殿下は無言だった。答えを思いついてはいるが、口にするのは気が進まない。そんな顔をして、じっと宙の一点を見つめている。

 まあ、1番可能性が高いのはアレだよね。

 殿下が言いにくいのならと、私は自分で答えを口にした。


「やっぱり、例の予告状のことがあったからでしょうか」

 殿下の命を狙うという予告状。『巨人殺し』の名前で、宰相閣下のもとに届いた脅迫文。

「宰相閣下は、私の父と『巨人殺し』の関係を突き止めていたんでしょうか?」

 私も、知ったのはついさっきなんだけど。

 王国一と言われる宰相閣下の情報網ならば、あるいはそれより早く事実をつかんでいたとしてもおかしくない気がする。


 宰相閣下はどう思っただろうか?

 ほんの数ヶ月前に、殿下のもとに現れた素性の怪しいメイドが、実は伝説の暗殺者と関係があったと知って。

 しかもその暗殺者から、自分の甥のもとに暗殺予告状が届いたのである。


 その状況で、「素性の怪しいメイド」を疑わない人間が居るとは思えない。

 宰相閣下だってもちろん疑ったはずだ。即座にとっ捕まえて取り調べたかったに違いない。

 少なくとも、殿下のもとからは今すぐ引き離したい。

 でも、肝心の殿下がそれに応じるかといったら――。


「……叔父上がどこまで知っていたかはわからん」

 殿下は浮かない顔でそう言った。

「俺はてっきり、叔父上があの男と接触を試みていたのではないかと思ったのだが……」

 最近、連絡をとろうとした者や仕事の依頼をした者は居るかという問いに対し、ゼオは否定していた。


「くわしいことは直接、本人に聞く。叔父上がおまえをどうするつもりだったのか。返答次第では――」

 その言葉の続きを、殿下は口にしなかった。

 自分の部下を大事にする人だから、かなり怒ってはいるのだと思う。

 けれども、その横顔には迷いがあった。宰相閣下が誰のために行動したのか、当然、わかっているはずだから。


「あの、できれば穏便に……」

と私は言った。

 自分のせいで、2人がギスギスするのは困る。

 王位継承問題を解決するため、協力しあわなければならない2人だからとか、そういうことじゃなくて。


 宰相閣下は、目的のために子供を見殺しにしようとしたこともあるくらいで、わりと手段を選ばない面がある。

 一般的に、そういう人を「善人」とは呼ばない。


 しかし、その行動原理は私利私欲ではない。

 国のためでも、全人類のためでもなく、倫理でも道徳でもない。

 私はそれを見た――正確にはのぞき見てしまったことがあるので、知っている。本来は知り得なかった、あの人の本音。

 カイヤ殿下が、笑って暮らせる場所を守ること。それが宰相閣下の「目的」なのである。


 殿下は滅多に笑わない人だ。出会ってから数ヶ月、私もほんの数回しか見たことがない。

 それでも、守りたくなる気持ちはわからなくもない笑顔だった。

 そのためなら、自分が危険な目にあわされても構わない、なんてことはもちろんない。……ないが。


 貴族の密偵だった父の手がかりを得るために、偉い人のコネがほしかった。

 そんな理由でカイヤ殿下に雇ってもらった自分に、果たして宰相閣下のことを責める資格がどれほどあるのだろうか。


 ――利用してるのはお互い様じゃない?


 って、あの人なら言いそうな気がする。


「いつまでくっちゃべってるんだい。夜が明けちまうよ」

 ふいに背後から投げかけられた声は、アイオラ・アレイズのものだった。酒瓶をぶら下げてこっちに近づいてくると、

「あたしはもう寝るよ。あんたらはどうするんだい。泊まっていくなら、特別に安くしてやるよ」

 タダで泊める、とは言わないところがこの人らしい。


「そうだな、休ませてもらうといい」

 殿下は私の方を見てそう言った。

 自分は休む気がないのかと聞いたら、これから騎士たちを連れて、宰相閣下のもとに行くつもりだと答えが返ってきた。

「こんな真夜中にですか?」

 気持ちが高ぶっているせいか、全然眠くもならないけど。

 普通ならとっくにベッドで横になっているはずの時間だ。今から王都に戻っても、話なんてできないんじゃ……。


「そうかもしれん。だが、叔父上も今夜は眠っていないかもしれん」

 話をするなら、早い方がいいと。迷いを振り払うように、殿下はそう言った。

 ならば私も、1人だけ寝てなどいられない。

「ご一緒してもよろしいでしょうか」

 2人がどんな話をするのか気になるし、それにクリア姫のことも心配だ。バザーで倒れた後、どうなったのか聞いてないし。


「クリアが倒れた?」

 殿下はそのこと自体、初耳だったらしい。

「本当か? いや、おまえがそんな嘘を言うわけがないな」

 なぜ倒れたのか、くわしい状況は、原因はと、立て続けに質問を投げてくる。


 私は別室に控えていたところを誘拐されたので、くわしいことは知らない。お医者様がどんな診断をしたかもわからない。

 そう答えると、殿下は「行き先を変える」と言い出した。

「まずはクリアの無事を確かめる」

 私の件で宰相閣下のことを問いつめるより、そっちの方が重要だったみたいだ。

 まあ、シスコンだしね。わかってましたよ、ええ。わかってましたとも。

「急ぐぞ」

と殿下に促され、私たちはバタバタとアイオラのもとを後にした。

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