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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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206 霊廟の管理者

 酒蔵を出ると、待ち構えていた近衛騎士たちに囲まれた。

「殿下!」

「おけがはありませんか!?」

 口々に叫ぶ騎士たちに、殿下は「問題ない」と繰り返した。

「用事はすんだのかい? なら、こっちの話をしようか」

 さっきよりさらに酔っ払った顔のアイオラが、「あの男の身柄、いくらで買い取るんだい?」と聞いてくる。


「すまん。その件は明日以降に話そう」

 殿下はアイオラの横を通り過ぎ、台所の出口に向かうと、後をついてこようとした騎士たちに「あの男の見張りを頼む」と言い残し、早足で出て行ってしまった。

「少し考えをまとめたい。1人にしてくれ」

 その間、わずか十数秒。


 あっけにとられた様子の騎士たちが、どうしたものかと顔を見合わせている。

 同じく置き去りにされた私も、どうしたものかと1人で考えていたら、「エル・ジェイド。来てくれ」と殿下の声がした。


 慌てて、廊下に出る。殿下の背中は、もうだいぶ先まで行ってしまっている。

「ちょ、待ってください」

 私は廊下を走った。


 殿下は止まらなかった。

 私が追いついても歩調を緩めることなく、すたすたと同じペースで歩いていく。

 廊下の角を曲がり、最初に入ってきた裏口から外に出て、そこでようやく足を止めた。ふうっと息を吐き出し、

「あれが巨人殺しか――」

 つぶやいて、深呼吸。その様子を見て、私は遅ればせながら悟った。


「もしかして、殿下も怖かったんですか?」

 殿下は意外そうにまばたきした。

「そう見えなかったか?」

 すごく平然としているように見えましたよ。でも、実はけっこうプレッシャーを感じていた?

「ああ。あれほどの圧力を感じたのは、以前クロサイトが本気で怒った時以来だな」

 救国の英雄並ですか。さすがは元・伝説の暗殺者――って、感心している場合じゃなかった。


「……すみませんでした」

 ゼオを怒らせたのは私なのに、一緒に居た殿下を危険にさらしてしまった。

「おまえが謝る必要はない」

 うん、そう言うだろうと思った。私への気遣いとかじゃなくて、多分本気でそう言ってるんだよね。


 それでも私は申し訳ないと思うから謝りたいし、殿下が味方してくれたことに感謝しているから、お礼だって言いたいのだ。

「さっきはありがとうございました。おかげで助かりました」

 殿下は困惑顔になった。

「礼を言われるほど、役には立っていないが……」

 そんなことはない。一緒に居てくれて心強かったし、私1人では聞き出せなかったことも、殿下が居てくれたからわかったのだ。たとえば、あの男が嘘をついていたことだって――。


「嘘、か」

 殿下は考える顔になった。

「そう言ってましたよね?」

 ゼオの言葉が事実ではないと、断言していた。

「『魔女の霊廟』の件では、確かにな。彼はその場所について、知っているのに知らないと言った」

 だが、それ以外の部分では。

「話がおまえの父君のことになると、どうもよくわからなかった。偽りを口にしているというより、まだ語っていない部分があるような――。それを補うために、つじつま合わせをしているような――」


 殿下はゼオと私のやり取りを思い出しているのか、しばし宙を見上げて考え込んでいた。

 やがて小さく首を振り、

「とにかく、彼はまだ何かを隠している。それは間違いない」

 同感であった。

「が、あの様子では、それを聞き出すのは容易ではないだろう」

 それもまた、認めたくはないが同感であった。

 あの取りつく島のない態度。冷たいまなざし。絶対に真相を口にはしないと決めているかのようなかたくなさ。


 何を隠しているのだろう。今更、何を隠す必要があるというのか。私がそれを知ったら、ゼオにとって不都合なことがあるとでも?


「まずは『魔女の霊廟』に行ってみよう」

と殿下は言った。

「そこに手がかりがあるはずだ。彼はその言葉を聞いて、ひどく動揺していた」

 簡単に「行ってみよう」とか言われて、私は戸惑った。

 クリア姫のお話によれば、そこは王族でも許可がなければ立ち入れない神聖な場所のはずだ。


「その通りだが、方法はなくもない」

 国が管理する施設だから、原則、立ち入りには正統な理由と手続きがいる。

 ただ、原則はあくまで原則であって。

「魔女の霊廟」の管理者に、「個人的に」頼んで入れてもらうという裏技があるらしい。


 その管理者とは?


「王家、クォーツ家だ」

というのが、殿下の答えだった。

「開祖の霊廟だからな。代々の当主が管理を引き受けることになっている」

「え。今の当主ってことは……」

 まさか、王様ですか?

「だめですよ、だめ。あの人に借りを作るとか、絶対だめです」

 殿下に頼み事なんてされたら、見返りにおかしな要求を突きつけてくるかもしれない。

 いや、絶対にするな。殿下が困るようなことを、嬉々として。


「落ち着け、エル・ジェイド」

「落ち着けません。だったら、私1人で行きます。立ち入りの許可がもらえないなら、こっそり忍び込みます」

 殿下は少しばかりあきれたようだった。

「念のため言っておくが、国の重要施設だからな。露見すれば死罪の可能性があるぞ」

 それでも、王様に借りを作るよりはずっとずっとマシだ。

「だから、落ち着け。管理者というのは親父殿のことではない」

「は?」

「クォーツを継いだのは、俺の母上だ。三十年前の政変後、本家の資産を全て相続した」


 王様は国のトップではあるけど、王家の当主ではないんだって。……何だか、ややこしいな。

 玉座を継いだ人と、王家を継いだ人。それって、どっちが偉いんだろう?


 私の疑問に、殿下は苦い顔をした。


「まさにそれこそが、この国が数十年前から抱える大問題だな」


 王と、王家の当主。その2つは本来、同じ人間が務めなければならないのだ。

 玉座を継ぐ時、クォーツ家の当主の座も継ぐ。玉座を譲る時には、当主の座も下りて隠居する。

 そうしなければ、国で1番偉いはずの王様よりも、偉い人が居ることになってしまうからだ。仕える臣下だって、当然ながら混乱する。


 そういう事態を避けるため、代々の当主はずっと慣例を守ってきた。

 だが、三十年前の政変で王位が簒奪され、王太子と息子2人が殺されたせいで、一時的にクォーツ家当主の座が空席となってしまった。

 政変後に、生き残った王妃様が一応は継いだものの、国政に関わるほどの意欲も体力もなく、分家筋のファーデン・クォーツが代わりに玉座についた。

 2人の間に生まれた子供に、いずれ王位も、当主の座も譲るという条件つきで。

 しかしその約束は、いまだ履行されていない。


「これまで問題が表面化しなかったのは、母上が政治に無関心だったせいだ。兄上が家を継げば、また状況は変わる。もしもその時までに王位の交替が実現しなければ――」


 国王に従う者と、王家に従う者とに分かれて、争いが起きかねない。下手をすれば内戦の危機だ。


「……すごく大変なことじゃないですか」

 私の大ざっぱな感想に、

「すごく大変なことだろう」

と生真面目に返す殿下。

「政治に興味がないなら、さっさと隠居してしまえばいいものを。中途半端な状況を続けて、国民を振り回す。つくづく迷惑な夫婦だ」


 その「迷惑な夫婦」が殿下のご両親のことだと理解するまでに、しばしの時を要した。

 や、だってね。殿下の口調が、「吐き捨てる」というのがまさにぴったりくる感じで。

 この人にしては、冷たい――と思ってしまったのだ。

 王様はともかく、離宮で病気療養をしているというお母上に対して、そんな風に言うのはどうなのかと。


「すまん。話が脱線したな」

と謝ってくる。

 その時にはもう、いつもの優しい殿下に戻っていた。さっきの冷たい口調が、私の聞き間違いだったんじゃないかと思えるほどに。


「『魔女の霊廟』には、母上の許可があれば立ち入りが可能だ。いずれ暇を見て、離宮に文を出しておく」


 離宮はノコギリ山のふもとにあるので、手紙のやりとりにはそれなりに時間がかかる。だから実際に「魔女の霊廟」に行けるようになるのがいつかはわからないけど。

 それでも、普通なら絶対入れない場所に、入れる目途めどがついたのだ。感謝の言葉を口にしようとしたら、なぜか「すまんな」と謝られてしまった。


「本当なら、すぐにでも確かめに行きたいところだろうが――」

 そんな贅沢な希望は持ってない。

「先に、叔父上と決着をつけておきたい」

 決着って何ですか、殿下。そんな穏やかじゃないセリフを、またちょっと怖い顔して。

「叔父上が、おまえの誘拐に関与したのか、黙認したのか。いずれにせよ、このまま放っておくわけにはいかないからな」

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