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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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205 巨人殺し4

 本音や本性を隠すことを、俗に「仮面をかぶる」という。

 相手に嫌われないためとか、その場の空気を壊さないためとか、はたまた何かやましいことがある時とか。

 いろんな理由で、私たちは仮面をかぶる。


 小さな子供でもなければ、誰でも多少は身に覚えがあるだろう。

 人前で素の自分をさらすことなど滅多にない。よほど驚いた時か、よほど強いショックを受けた時でもない限りは。


 私は、見た。

 大の男の顔から、「仮面」ががれ落ちるその瞬間を。


「なんで……」

 ゼオがつぶやく。見開かれた瞳が、私をうつしている。

 茫然自失。そう表現するのがぴったりくる表情だった。

「どうして……」

 たった今聞いた言葉を、信じたくないというように声を震わせて。


「知ってるんですか!?」

 予想以上の手応えに、私は興奮して身を乗り出した。「教えてください、そこに何があるんですか!?」

「…………」

 すうっ……とゼオの瞳が冷えた。


「そこに何があるか?」

 私が口にした言葉を、確かめるように繰り返し、「つまり、知ってて聞いたわけじゃないのか。俺にカマをかけたんだな?」

 ゼオの瞳に、冷たい怒りが宿る。急に取りつく島のない態度になって、

「あいにく、俺は魔女の何とかなんて知らない。これ以上、おまえと話すことは何もない」

 出て行け、と最後に告げる。


 私は、自分が失敗したことを悟った。もっと慎重に、言葉を選ぶべきだったのに――。


「嘘だな」

 救いの手は、すぐそばから。

「貴公は彼女が知りたいことを知っている」

 殿下は落ち着いた口調でそう断言した。

「なぜ、偽りを口にする。今の会話の流れからすると、『魔女の霊廟れいびょう』に彼女を近づけたくない事情でもあるということか?」

「黙れ」

 ゼオが立ち上がった。「おまえ、それ以上しゃべるな」

 私はぎょっとして身を引いた。

 後ろ手にかせをはめられたままだというのに、とんでもない迫力だ。まるで檻から解き放たれた猛獣みたい。


 殿下は微動だにしなかった。牙をむく猛獣を前にしても、いつも通り淡々と、

「先程の話が全て真実なら、貴公は彼女の人生に対して、軽くはない責任を負っている。彼女が知りたいと言うことには、全て答える義務があるのではないか?」

「もう1度だけ言う。黙れ」

 あの「人殺しの目」が、殿下を見ていた。


 逃げてる場合じゃない。私は2人の間に割って入った。

「この人に何かしたら、許しませんよ」

 闇色の瞳がこっちを向く。ものすごく怖い。でも、ここは絶対に引くわけにはいかない。

「私があなたを――」

 どうしよう。普通の脅し文句じゃだめだよね。相手は殺しても死なない、不死身の暗殺者なのだし。

「えっと、お腹を切って、そこに石を詰めて、井戸に沈めますよ」


 昔話から丸パクリしたマヌケな脅しに、ゼオはどん引きだった。

「怖いこと言うな」

 怖いのは私じゃない、あんただ。

「エル・ジェイド。下がっていろ」

 背中から殿下の声が聞こえたが、私は動かなかった。なけなしの虚勢を張って、ゼオをにらみつける。


 ゼオは毒気を抜かれたらしく、「なあ」と緊張感のない声で問いかけてきた。

「第二王子って、色々と悪い噂がある奴だよな? 猟奇殺人犯だとか、父親以上の色魔だとか」

「親父殿の話はやめろ」

 殿下はこの状況ですら、王様を引き合いに出されるのは心底嫌らしい。


 ゼオは私と殿下の顔を見比べて、おそるおそるという風に聞いてきた。

「そんな、身を挺してかばうほど大事なのか? まさか――惚れてる、とかじゃないよな?」

「違います」

 きっぱり否定する私。「私が大事なのは姫様です」

「エル・ジェイド……」

 また背中から聞こえる、殿下のつぶやき。「そこまで迷いなく断言されると、何やら微妙な心もちになるのだが」

「あ、いえ。もちろん殿下のことも、全くどうでもいいというわけではなく」

「…………」

 ちゃんとフォローしたつもりだったのに、殿下は憮然としている。


 ゼオはもう1度、私たちの顔を見比べて――。

 唐突に壁の方を向いたかと思うと、手足を丸めてうずくまってしまった。

「俺は寝る」

 …………。

「って、はい?」

「俺は寝る。悪いが、出て行ってくれ」

 いきなり何を言い出すかな、この人。


 話はまだ終わってない。ちゃんと起きてくださいと言おうとしたら、殿下が後ろから私の手を引いてきた。

 振り返ると、無言で首を振って見せる。


 今はやめておけってことですか? これ以上刺激するのは危ないとか、また落ち着いてから話した方がいいとか?


 視線で問いかける私に、殿下はこくりとうなずいて見せた。


 うーん、どうしよう。

 正直、まだあきらめたくない気持ちはあるのだが。

 下手に怒らせて、また殿下に危害を加えられそうになっては困る。それは本当に困る。


 わかりましたとうなずきを返すと、殿下は安堵した様子だった。

 2人で酒蔵の出口に向かう。最後にちらりと振り向いてみたが、ゼオは壁の方を向いたまま、ぴくりとも動かなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは♪ 久々に参上です。やっぱり面白い~! >「えっと、お腹を切って、そこに石を詰めて、井戸に沈めますよ」 エルさんあなた…… 昔話丸パクリとはいえ、えげつねぇですね!! 笑っちゃ…
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