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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第八章 新米メイドと不死身の暗殺者
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203 巨人殺し2

 ――そして、最初の1歩目で足を止めた。

 何だろう。このひやりとした空気、いや気配。

 酒蔵の中は暗かった。一応小さな照明は灯っているのだが、隅々まで明かりが届いていない。

 売り物なのかアイオラの私物なのか、大量の酒瓶、酒樽が並んでいて――。


 私は息を飲んだ。

 入り口から見て正面の位置。奥の壁に背中を預けて、あの男が座っていた。

 正確には、座らされていた。さっきはロープでぐるぐる巻きだったはずだが、今は後ろ手に手枷てかせをはめられている。


「貴公が『巨人殺し』か」

 殿下が問いかける。

「……何か用か」

と問い返すゼオ。その視線は私を無視して、殿下の方にだけ向けられている。


 本当に、何なのだろう。このプレッシャー。ひやりと冷たい空気。くらく不気味な声と目付きは。

 さっき2人で会った時はこうじゃなかった。もっと、普通の人だったはずだ。有名な暗殺者だなんて信じられないくらいだったのに。


「貴公に話があって来た」

 殿下は気負いも恐れもなくそう言った。

「気分はどうだ。傷ひとつ見当たらなかったと聞いているが、本当にそうか? どこか痛む所などは?」

「…………?」

 ゼオの瞳に浮かぶ、不理解の色。殿下の顔をじろじろと無遠慮に眺め、少し考えてから答えを口にする。

「別に、どこも悪くはないが……、喉が渇いた。酒がほしい」

「あいにく、ここにある酒はアイオラの所有物だ。頼めばわけてくれるかもしれんが、法外な値段をつけられる恐れがある」

 殿下の答えに、ゼオはまたしばし考え込むような素振りを見せて。


 そして初めて、私の方に視線を向けてきた。

「なあ。何がどうしてこうなってるのか、イマイチ理解できんのだが」

 ゼオの認識としてはそうだろう。

 奇妙な音がしたと思ったら意識が飛んで、気がついたら拘束されていた。そんなところか。


「多分、説明してもよくわからないと思いますよ」

「いいから教えてくれよ」

「でも……」

 空から竜が飛んできて、あなた踏みつぶされたんですよ。

 なんて言っても、常人には理解できないと思う。


「貴公は竜の下敷きになった。俺が知人に頼んで、乗ってきた竜だ。捕らわれた彼女を救出するため、馬より迅速な移動手段が必要だったものでな。狙ってやったわけではないが、悪いことをした」


 常人には理解できない話を、淡々と言葉にする殿下。

 思った通り、ゼオは聞き覚えのない外国語を聞かされたような顔をした。


「わかりましたか?」

「……いや、おまえさんの言う通りだったよ」

と認めてから、ゼオはあらためて殿下の整った顔立ちを見上げた。

「なあ、あんた。救国の英雄だとかいう第二王子だよな?」

 そう呼ばれることもある、と殿下はうなずいた。「国を救ったのは俺ではなく、兵士たちだが――」

 殿下の注釈をスルーして、

「なんでこの娘と一緒に居る?」

と問いを重ねるゼオ。


 聞きたいことがあるのはこっちだと怒るでもなく、殿下は律儀に答えを返す。

「彼女は、俺の妹のメイドだ。3ヶ月ほど前に雇用契約を交わした。今ここに連れてきた理由は、彼女もまた貴公に話があるというからだ」

 目線で話をするよう促されて、しかし私は首を横に振った。。

「こちらの用件は立て込んでおりますので、お先に殿下の話をどうぞ」

 立場的にも、話の重要度から言っても、まずはそっちを優先するのが筋だと思う。

「いいのか?」

「はい、どうぞ」

 わかったとうなずいて、ゼオに向き直る殿下。さあ、いよいよここからが本題だ。


「貴公は本当に『巨人殺し』なのか?」

「…………」

「南の国の魔女と戦い、巨人を葬ったという――」

「葬ってねえよ。あれはおとぎ話な」

「そう、おとぎ話だ。王国と南の国の争いをモチーフにしているというのが定説だが、元になった伝説、言い伝えもあるとされている」

 その伝説というのは、かつて不死身の戦士が戦場で活躍したという内容で、何百年も前から王国に伝わるものらしく。

「貴公の年齢を尋ねてもいいだろうか?」

「知らねえ、忘れた」

 殿下はそっけない返答にも構うことなく、

「俺の知人には、魔女に姿を変えられてから、三百年ほど生きているという人物――いや、虎のような生き物が居るのだが」

 虎? と眉をひそめてから、

「俺はそこまで長くない。ちゃんと数えてはねえが、多分、百五十かそこら……」

 言いかけて、ゼオは投げやりに首を振った。

「おい、何なんだよ。このやり取りは?」

 気持ちはわからなくもないけど、なんで私に聞くかな。


「あの、殿下。そんなことよりも、予告状の件は」

 仕方なく会話の軌道修正をはかると、殿下は若干バツが悪そうに詫びてきた。

「すまん。つい、興味深くてな」

 実は魔女の話とか好きだったのかな。妹のクリア姫は魔女マニアだが、殿下もそうだとは思わなかった。

 あるいは単に好奇心? 気になったことは、その場で確かめたくなるタイプなのかも。


「今からおよそ一月ひとつき前、我が叔父のもとに『巨人殺し』を名乗る者から文が届いた」

 その手紙が、自分の命を狙う暗殺予告状だったこと。具体的な予告の内容も含めて、殿下はくわしく説明した。

「…………」

 ゼオはどうでもよさそうに聞いていた。殿下が「貴公の仕業しわざか?」と尋ねても、

「知らねえ」

と乱暴に吐き捨てる。さすがに黙っていられなくて、

「あの。大事な話なので、もう少しちゃんと答えて下さい」

と私は言った。


 ゼオは露骨に不満そうな顔をしつつも、一応はちゃんと答えてくれた。

「俺は暗殺予告状なんて知らない。そもそも暗殺者はとうの昔に廃業してる。あんたの身内に手紙を送りつけた覚えもない」

「つまり、かたりか」

「そうだろうよ。今も昔も、勝手に『巨人殺し』を名乗る奴らは居たからな」

 殿下は小さくうなずいて、また違う質問をした。

「最近、貴公に何らかの仕事を依頼した者、あるいは連絡をとろうとした者は居るか?」

 ゼオは居ないと言った。

「本当ですか」

と念を押す私。

「本当に本当だ」

と答えるゼオ。


「…………」

 会話が途切れた。殿下は「なるほど」とも「そうか」とも言わずに、じっとゼオの目を見つめている。

 ちなみに私には、ゼオが嘘をついているようには見えなかった。

 予告状のことなんて初耳だし、別にどうでもいいと思っているようにしか見えなかった。


 果たして、殿下の判断はいかに?


 固唾を飲んで見守っていると、やがて殿下は唐突に私の顔を振り向き、こう言った。

「俺の用件は終わった。おまえの話を始めてくれていい」

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